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右眼の手術の日が決まった。左眼の手術は成功しているので、今度は気が楽に受けられそうである。ドクターによると、左眼と同様に大手術になりそうである。緑内障の予防手術ということだが、予防なのに大手術というのもよく分からない。が、左眼の経験から安心してドクターに委ねられそうである。恐怖が全くないというと嘘になるが、手術そのものよりも術後が憂鬱なのである。眼帯を半月ほどしたまま生活しなければならないのも鬱陶しいが、最大の負荷は目薬なのである。えっ、目薬?。そうその目薬が厄介なのである。
術後、今日まで3ヶ月にわたって毎日、毎日目薬を点眼し続けている。一種類ではない、4種類もある。一度に点眼完了ならまだしも、種類ごとに5分余、間を置いて点眼しなければならない。一回で20~30分を要する。それを一日四回繰り返す。その鬱陶しさったらない。生活も思考も否応なく中断させられる。三日も続けたらうんざりの作業だ。
加えて、普段は粗雑で大雑把に出来上がっている私だが、こと薬となると、律儀に出来上がっている。処方どおり続行しないと薬の薬たるゆえんがなくなるような気がするからである。一日4回。4種類の、かつ、5分余を置いての点眼。この苦行にも似た行為をえんえんと3ヶ月余も続けなければならない。しかもこの先いつまで続けなければならないのか分からない。
以上、左眼のこの経験から、右眼の術後もこの点眼が待っているかと思うと、想像するだけで「頼むからやめてよ」と叫びたくなる。
右眼の手術は12月1日である。なんとか年内に眼帯はとれそうであるが、苦行にも似た長い長い点眼期間が待っている。
いったい4種類もの点眼薬がなぜ必要なのかは正確には知るよしもないが、手術そのものよりも私にとっては苦行に思われるのである。
(2015年11月7日)
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右眼の手術の日が決まった。左眼の手術は成功しているので、今度は気が楽に受けられそうである。ドクターによると、左眼と同様に大手術になりそうである。緑内障の予防手術ということだが、予防なのに大手術というのもよく分からない。が、左眼の経験から安心してドクターに委ねられそうである。恐怖が全くないというと嘘になるが、手術そのものよりも術後が憂鬱なのである。眼帯を半月ほどしたまま生活しなければならないのも鬱陶しいが、最大の負荷は目薬なのである。えっ、目薬?。そうその目薬が厄介なのである。
術後、今日まで3ヶ月にわたって毎日、毎日目薬を点眼し続けている。一種類ではない、4種類もある。一度に点眼完了ならまだしも、種類ごとに5分余、間を置いて点眼しなければならない。一回で20~30分を要する。それを一日四回繰り返す。その鬱陶しさったらない。生活も思考も否応なく中断させられる。三日も続けたらうんざりの作業だ。
加えて、普段は粗雑で大雑把に出来上がっている私だが、こと薬となると、律儀に出来上がっている。処方どおり続行しないと薬の薬たるゆえんがなくなるような気がするからである。一日4回。4種類の、かつ、5分余を置いての点眼。この苦行にも似た行為をえんえんと3ヶ月余も続けなければならない。しかもこの先いつまで続けなければならないのか分からない。
以上、左眼のこの経験から、右眼の術後もこの点眼が待っているかと思うと、想像するだけで「頼むからやめてよ」と叫びたくなる。
右眼の手術は12月1日である。なんとか年内に眼帯はとれそうであるが、苦行にも似た長い長い点眼期間が待っている。
いったい4種類もの点眼薬がなぜ必要なのかは正確には知るよしもないが、手術そのものよりも私にとっては苦行に思われるのである。
(2015年11月7日)