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昨日岐阜市の梅林公園に出かけた。これで3年連続の訪林である。3年連続かつ3年連続同一人と一緒にである。
さて、一昨年は3月10日、昨年は3月17日であるから、3月3日というのはかなり早く、梅がどの程度開花しているのか一抹の不安もあった。が、現地に到着して不安は取り越し苦労に終わった。確かに梅はまだ7分咲きほどでピークにはいまいちという印象だったが、園内を歩いている人は多かった。かつ、観光バスで乗り付けてきた団体客もあって、一昨年、昨年を上回る人出に思われた。
ポカポカ陽気に誘われて、老齢男女が多く、七、八割方は老齢男女であった。日曜日でもなく、平日の午後2時頃、老齢男女の多いのももっともかも知れなかった。
が、私の目にはやや異なった印象に写った。老齢者の数が増えたことと、元気なことだった。ひとことでいうと、日向ぼっこ人生からの脱却である。私の記憶しているお年寄りは縁側や庭の木にもたれて日向ぼっこに興じる姿だった。桜に比べて、きゅっと身の締まった小柄な花、それが梅の花である。時期も一足早く、まだ冬の内から開花する梅はお年よりにはきつい時節の花である。それが年々増えている兆しがあるのは喜ばしい。わざわざ梅林公園まで出かけてきて、観梅に及ぶとは、一昔前までは考えられない事態だ。今の人たちは日向ぼっこ人生からの脱却を果たしつつあると見ていい。
人生50年の時代から人生70年80年になろうとしている。科学者や大学教授等々頭脳労働者は研究生活や社会経験を経た人、すなわちもっと年齢のいった人を当てることに改め、その代わり、ほぼ終生勤めてよい制度にしたらどうか、などと思った。人口減少にもかかわらず、老齢人口が増加し、その活用が急務である。梅林を散策しながら、梅はそっちのけにしてこんなことをふっと思った次第である。
(2016年3月4日)
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昨日岐阜市の梅林公園に出かけた。これで3年連続の訪林である。3年連続かつ3年連続同一人と一緒にである。
さて、一昨年は3月10日、昨年は3月17日であるから、3月3日というのはかなり早く、梅がどの程度開花しているのか一抹の不安もあった。が、現地に到着して不安は取り越し苦労に終わった。確かに梅はまだ7分咲きほどでピークにはいまいちという印象だったが、園内を歩いている人は多かった。かつ、観光バスで乗り付けてきた団体客もあって、一昨年、昨年を上回る人出に思われた。
ポカポカ陽気に誘われて、老齢男女が多く、七、八割方は老齢男女であった。日曜日でもなく、平日の午後2時頃、老齢男女の多いのももっともかも知れなかった。
が、私の目にはやや異なった印象に写った。老齢者の数が増えたことと、元気なことだった。ひとことでいうと、日向ぼっこ人生からの脱却である。私の記憶しているお年寄りは縁側や庭の木にもたれて日向ぼっこに興じる姿だった。桜に比べて、きゅっと身の締まった小柄な花、それが梅の花である。時期も一足早く、まだ冬の内から開花する梅はお年よりにはきつい時節の花である。それが年々増えている兆しがあるのは喜ばしい。わざわざ梅林公園まで出かけてきて、観梅に及ぶとは、一昔前までは考えられない事態だ。今の人たちは日向ぼっこ人生からの脱却を果たしつつあると見ていい。
人生50年の時代から人生70年80年になろうとしている。科学者や大学教授等々頭脳労働者は研究生活や社会経験を経た人、すなわちもっと年齢のいった人を当てることに改め、その代わり、ほぼ終生勤めてよい制度にしたらどうか、などと思った。人口減少にもかかわらず、老齢人口が増加し、その活用が急務である。梅林を散策しながら、梅はそっちのけにしてこんなことをふっと思った次第である。
(2016年3月4日)