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万葉集読解・・・59(829~846番歌)

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     万葉集読解・・・59(829~846番歌)
0829   梅の花咲きて散りなば桜花継ぎて咲くべくなりにてあらずや (藥師張氏福子)
      (烏梅能波奈 佐企弖知理奈波 佐久良<婆那> 都伎弖佐久倍久 奈利尓弖阿良受也)
 作者は藥師張氏福子(くすしちやうじのふくじ)。藥師は現代の医師。
 「散りなば」は「散っても」という意味。「あらずや」は反語表現。
 「梅の花が散っても引き続いて桜花が咲き誇らないことがありましょうか」という歌である。

0830   万代に年は来経とも梅の花絶ゆることなく咲きわたるべし (筑前介佐氏子首)
      (萬世尓 得之波岐布得母 烏梅能波奈 多由流己等奈久 佐吉和多留倍子)
 作者は筑前介(つくしのみちのくちのすけ)佐氏子首(さじのこおびと)。介(すけ)は次官。長官(筑前守)は山上憶良。
 「万代(よろづよ)に」「未来永劫にわたって」、「年は来経(きふ)とも」は「年(季節)は繰り返されるだろうとも」という意味である。
 「この園の梅の花は未来永劫にわたって繰り返し咲き続けるだろう」という歌である。

0831   春なればうべも咲きたる梅の花君を思ふと夜寐も寝なくに (壹岐守板氏安麻呂)
      (波流奈例婆 宇倍母佐枳多流 烏梅能波奈 岐美乎於母布得 用伊母祢奈久尓)
 作者は壹岐守板氏安麻呂(いきのかみはんじのやすまろ)。壹岐守は壹岐国(長崎県壱岐市)長官。
「うべ」は「もっとも、当然」ということ。「春なれば」は「春が来て」という意味。「君を思ふと」の「君」は咲き誇る梅の花のこと。
 「春が来て梅の花が咲き誇るのはごもっとも。その梅の花を思うと、(壱岐ではまだ咲いていないので)夜も寝られないほどでした」という歌である。

0832   梅の花折りてかざせる諸人は今日の間は楽しくあるべし (神司荒氏稲布)
      (烏梅能波奈 乎利弖加射世留 母呂比得波 家布能阿比太波 多努斯久阿流倍斯)
 作者は神司荒氏稲布(かみづかさこうしのいなしき)。神司は神事官。
 「諸人(もろびと)は」は「大伴旅人の園に一同に会した人々」のことである。梅の小枝を折ってかざしてはしゃぎまわる姿が目に見えるような歌である。
 「梅の小枝を折ってかざすみなさん一同、きょう一日は何もかも忘れて楽しもうではありませんか」という歌である。

0833   年のはに春の来らばかくしこそ梅をかざして楽しく飲まめ (大令史野氏宿奈麻呂)
      (得志能波尓 波流能伎多良婆 可久斯己曽 烏梅乎加射之弖 多<努>志久能麻米)
 作者は大令史野氏宿奈麻呂(だいりゃうしやしのすくなまろ)。大令史は判事書記。
 「年のは」は「年の変わり目」。当時の正月(旧暦)。
 「春が来たのですからこうして梅をかざして楽しく大いに飲もうではありませんか」という歌である。

0834   梅の花今盛りなり百鳥の声の恋しき春来るらし (小令史田氏肥人)
      (烏梅能波奈 伊麻佐加利奈利 毛々等利能 己恵能古保志枳 波流岐多流良斯)
 作者は小令史田氏肥人(せうりゃうしでんじのこまひと)。大令史補佐役。
 「今盛りなり」の句は、820番歌にも繰り返し使われていて、春がやってきた喜びを爆発させている。この歌も同様で「梅の花今盛りなり」に春の喜びがあふれている。
 「梅の花は、今真っ盛り。様々な鳥のさえずりが聞こえる。ああ春が来たんだなあ」という歌である。

0835   春さらば逢はむと思ひし梅の花今日の遊びに相見つるかも (藥師高氏義通)
      (波流佐良婆 阿波武等母比之 烏梅能波奈 家布能阿素i尓 阿比美都流可母)
 作者は藥師高氏義通(くすしかうじのよしみち)。藥師は現代の医師。
 「春さらば」は「春になったら」の意。
 「春になったら見られると思っていた梅の花、きょうこうして一同ともども見られてうれしい」という歌である。

0836   梅の花手折りかざして遊べども飽き足らぬ日は今日にしありけり (陰陽師礒氏法麻呂)
      (烏梅能波奈 多乎利加射志弖 阿蘇倍等母 阿岐太良奴比波 家布尓志阿利家利)
  作者は陰陽師礒氏法麻呂(おんやうしぎしののりまろ)。陰陽師は占い師。
 「遊べども」は「はしゃいでも」という意味。
 「梅をかざしていくらはしゃいでもはしゃぎきれない日とは、きょうこの日のことなんですよね」という歌である。

0837   春の野に鳴くや鴬なつけむと我が家の園に梅が花咲く (笇師志氏大道)
      (波流能努尓 奈久夜汙隅比須 奈都氣牟得 和何弊能曽能尓 汙米何波奈佐久)
 作者は笇師志氏大道(さんししじのおほみち)。笇師は計算担当。
 「なつけむと」は「岩波大系本」や「伊藤本」のように「なつける」ないし「手なずける」のような意味にとれる。が、ウグイスは自然に寄ってくるのであるから、「中西本」のように「よび寄せようと」と解するのが適切かつ自然。「我が家の園」は、自分の家のことではなく、「我らが園」という意味である。この歌、梅を「汙米」と表記しているが、大部分の歌は「烏梅」と表記しているので珍しい例である。
 「春の野に鳴いているウグイス。呼び寄せるように、我らが園には梅の花が真っ盛り」という歌である。

0838   梅の花散り乱ひたる岡びには鴬鳴くも春かたまけて (大隅目榎氏鉢麻呂)
      (烏梅能波奈 知利麻我比多流 乎加肥尓波 宇具比須奈久母 波流加多麻氣弖)
 作者は大隅目(おほすみのさかん)榎氏鉢麻呂(かしのはちまろ)。大隅目は大隅国(鹿児島県)の主典(さかん)。古代地方官制では各国に国司が敷かれ、官職には守(かみ、長官)、介(すけ、次官)、掾(じょう、判官)、目(さかん、主典)の四等官が置かれるのが一般だった。
 「散り乱(まが)ひたる」は「散り乱れる」という意味。「岡び」は「岡辺」。「春かたまけて」は「春がやってきて」という意味。散り乱れる梅の花とウグイス。絵画のような光景。
 「梅の花が散り乱れる岡辺にはウグイスがさえずっている、ああ、春がやってきたんだなあ」という歌である。

0839   春の野に霧立ちわたり降る雪と人の見るまで梅の花散る (筑前目田氏真上)
      (波流能努尓 紀理多知和多利 布流由岐得 比得能美流麻提 烏梅能波奈知流)
 作者は筑前目(つくしのみちのくちのさかん)田氏真上(でんじのまかみ)。目(さかん)は前歌参照。
 「降る雪と人の見るまで」は「降っている雪と見間違えるほどに」という意味である。
 「春の野に霧が立ちこめてきて、真っ白な雪が降り注いできたかと見間違えるほど白梅が降り注いでいる」という歌である。

0840   春柳かづらに折りし梅の花誰れか浮かべし酒坏の上に (壹岐目村氏彼方)
      (流波(波流か?)楊那宜 可豆良尓乎利志 烏梅能波奈 多礼可有可倍志 佐加豆岐能倍尓)
 作者は壹岐目(いきのさかん)村氏彼方(そんじのをちかた)。目(さかん)は838番歌参照。
 春柳は、817番歌に「梅の花咲きたる園の青柳は蘰(かづら)にすべくなりにけらずや」と詠われているように、枝垂れ柳のことで、それを巻いて蘰(かづら)(髪飾り)にしたいほど美しかったらしい。酒杯は大型の杯で、朱塗りの杯だったに相違ない。
 「春の柳に梅の小枝を挿してかづらにしようとなさったどなたかの梅の花が、この酒杯に浮かんでいる」という歌である。
0841   鴬の音聞くなへに梅の花我家の園に咲きて散る見ゆ (對馬目高氏老)
      (于遇比須能 於登企久奈倍尓 烏梅能波奈 和企弊能曽能尓 佐伎弖知流美由)
 作者は對馬目(つしまのさかん)高氏老(かうじおゆ)。目(さかん)は838番歌参照。
 「聞くなへに」は「聞くにつれて」という意味。「我家の園」は「我らが園」のことである。「ウグイスの鳴く声がしているが、同時に、梅の花がこのわれらが園に咲いて散ってゆくのが見える」という歌である。

0842   我がやどの梅の下枝に遊びつつ鴬鳴くも散らまく惜しみ (薩摩目高氏海人)
      (和我夜度能 烏梅能之豆延尓 阿蘇i都々 宇具比須奈久毛 知良麻久乎之美)
 作者は薩摩目(さつまのさかん)高氏海人(かうじのあま)。目(さかん)は838番歌参照。
 「我がやどの」は「われらが庭(園)の」という意味である。ウグイスを擬人化した表現の歌。
 「われらが園の梅の下枝にウグイスが鳴き交わしている。まるで散りゆく梅を惜しむかのように」という歌である。

0843   梅の花折りかざしつつ諸人の遊ぶを見れば都しぞ思ふ (土師氏御道)
      (宇梅能波奈 乎理加射之都々 毛呂比登能 阿蘇夫遠美礼婆 弥夜古之叙毛布)
 作者は土師氏御道(はにしのみみち)。土器作り一族の長か?。平明歌。
 「梅の花をかざしてはしゃぐ人々の様子を見ていると奈良の都がしのばれる」という歌である。

0844   妹が家に雪かも降ると見るまでにここだも乱ふ梅の花かも (小野氏國堅)
      (伊母我陛邇 由岐可母不流登 弥流麻提尓 許々陀母麻我不 烏梅能波奈可毛)
 作者は小野氏國堅(をのうぢのくにかた)。官職不記載。この時無位だったか?。
 「妹が家に雪かも」は「彼女の家に行き」と「雪」をかけている。「ここだも乱(まが)ふ」は「しきりに散り敷く」という意味である。
 「彼女の家に行ったらというように降っている雪。雪かと見まごうばかりに、しきりに散り乱れる梅の花」という歌である。

0845   鴬の待ちかてにせし梅が花散らずありこそ思ふ子がため (筑前拯門氏石足)
      (宇具比須能 麻知迦弖尓勢斯 宇米我波奈 知良須阿利許曽 意母布故我多米)
 作者は筑前拯(つくしのみちのくちのじょう)門氏石足(もんじのいそたり)。拯(じょう)は筑前国の三等官。筑前守は山上憶良。
 「待ちかてにせし」は「待ちかねていた」という意味。問題は結句の「思ふ子がため」。「岩波大系本」は「私の思っている子のために」、「伊藤本」は「そなたを思う子、鶯のために」、としている。また「中西本」は「恋い慕う子らのために」としている。どこからこんな解釈が出てくるのか私には不可解。ここは大伴旅人の梅園で一同が会して楽しんでいる場。事実、前歌までその様子が詠われている。ここにいう「子」は我が子だの恋人だのではない。「われら一同」を親しみを込めて言った「子」なのである。
 「ウグイスも待ちかねていた梅の花、どうか散らないでおくれ、今愛でているわれらがために」という歌である。

0846   霞立つ長き春日をかざせれどいやなつかしき梅の花かも (小野氏淡理)
      (可須美多都 那我岐波流卑乎 可謝勢例杼 伊野那都可子岐 烏梅能波那可毛)
 作者は小野氏淡理(をのうぢのたもり)。官職不記載。
 「霞んでいる春の長い一日をめいめい梅の小枝をかざして遊んでいるけれど、いやあ梅花は飽きないですね」という歌である。
 以上で梅花32首は終了である。
           (2013年11月10日記、2018年1月3日記)
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