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万葉集読解・・・135(2025~2040番歌)

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     万葉集読解・・・135(2025~2040番歌)
 1996番歌から続く七夕歌の続き(2093番歌まで)
2025  万代に照るべき月も雲隠り苦しきものぞ逢はむと思へど
      (万世 可照月毛 雲隠 苦物叙 将相登雖念)
 本歌は七夕にこと寄せた歌の一環である。「雲隠り」は「雲に隠れていると」という意味である。
 「永遠に照り続けている月も雲に隠れていると辛い。逢おうと思っても逢えない二人はさぞかし辛かろう」という歌である。

2026  白雲の五百重に隠り遠くとも宵去らず見む妹があたりは
      (白雲 五百遍隠 雖遠 夜不去将見 妹當者)
 本歌は牽牛の立場から詠った歌。「宵去らず」の「~去らず」はこれまで1057番歌の「~朝去らず」や1372番歌の「~夕去らず」に出てきている。「宵去らず」は「宵のないことはなく」、つまり「毎夜毎夜」という意味である。
 「幾重にも白雲に遮られて見えない遠くの彼女。その辺りを毎夜毎夜見やっています」という歌である。

2027  我がためと織女のその屋戸に織る白栲は織りてけむかも
      (為我登 織女之 其屋戸尓 織白布 織弖兼鴨)
 「白栲(しろたへ)」は真っ白な布。「屋戸(やど)」は家。「織りてけむかも」は「織り終わっただろうか」という意味である。
 「私のためにと織女が家で織っていたあの白布はもう織り終わっただろうか」という歌である。

2028  君に逢はず久しき時ゆ織る服の白栲衣垢付くまでに
      (君不相 久時 織服 白栲衣 垢附麻弖尓)
 「垢(あか)付くまでに」は「とっくに織り終わって手あかが付くまでになっています」という意味である。
 「あなたにお逢いできない長い時間をかけて織り上げた真っ白な着物はとっくに吊してあります。けれども、それからなお久しくなるので手あかが付くまでになっています」という歌である。

2029  天の川楫の音聞こゆ彦星と織女と今夜逢ふらしも
      (天漢 梶音聞 孫星 与織女 今夕相霜)
 読解不要の平明歌。
 「天の川に舟こぐ楫の音が聞こえる。彦星と織女が今宵逢うらしい」という歌である。

2030  秋されば川霧立てる天の川川に向き居て恋ふる夜ぞ多き
      (秋去者 川霧立 天川 河向居而 戀夜多)
 「川霧立てる」は「川霧がたちこめる」という意味。
 「秋がやってくると(七夕の日が近づくにつれ)、霧が立ちこめる天の川。その天の川に向かっていると、あの人が恋しく待ち遠しい夜が多くなりました」という歌である。

2031  よしゑやし直ならずともぬえ鳥のうら嘆げ居りと告げむ子もがも
      (吉哉 雖不直 奴延鳥 浦嘆居 告子鴨)
 「よしゑやし~とも」の形で使われる「たとえ~とも」という意味。「ぬえ鳥の」は1997番歌にも出てきたが、トラツグミだが、枕詞説もある。「直(ただ)ならずとも」は「直に逢うことがかなわぬとしても」という意味。結句の「告げむ子もがも」は「使いにたって告げてくれる子がいたらなあ」という意味である。
 「たとえ直接逢うことがかなわぬとも、せめて、私がトラツグミのような悲しい声で嘆き悲しんでいることを、使いにたってあの人に告げてくれる子がいたらなあ」という歌である。

2032  一年に七日の夜のみ逢ふ人の恋も過ぎねば夜は更けゆくも [一云 尽きねばさ夜ぞ明けにける]
      (一年邇 七夕耳 相人之 戀毛不過者 夜深徃久毛 [一云 不盡者 佐宵曽明尓来])
 「一年(ひととせ)に七日の夜のみ逢ふ人の」とは、七月七日の一夜だけ逢うことが許されている牽牛と織り姫のことである。少し分かり辛いのが「恋も過ぎねば」。これを、「恋の心も(満足して)消え去ることもないのに」(「岩波大系本」)とか「恋の苦しさもまだ晴れないうちに」(「伊藤本」)などと訳したのではぴんと来ない。第4句と第5句が倒置表現になっていることさえ理解出来れば歌意を取るのはさほど難しくない歌。原文に「戀毛不過者」とあるように「恋も過ぎないのに」すなわち「名残惜しいまま」という意味である。これにより、異伝歌の「尽きねばさ夜ぞ明けにける」は「名残が尽きない」ということを意味している。
 「一年で七月七日の一夜だけ逢うことが許されている牽牛と織り姫。その一夜も別れなければならない夜が更けてきて名残惜しくてならない」という歌である。

2033  天の川安の川原にとどまりて心はやれば待つ間もどかし
      (天漢 安川原 定而神競者磨待無)
 本歌は古来難訓として「岩波大系本」も「伊藤本」も口語訳を載せていない。難訓とされる句は原文に「定而神競者磨待無」とある下三句。この三句を諸書がどう訓じているか紹介してみると次のとおりである。
   崢蠅泙蠅匿清ゼ塰畭毀機ΑΑ峇簀搬膩亘棔
  ◆崢蠅泙蠅匿清ァ覆むつきほひ)は時待たなくに」・・「佐々木本」
  「定まりて神競(こころきほへば)磨(と)ぎて待たなく」・・「中西本」
  ぁ崢蠅泙蠅匿世袈ァ覆ほ)へば年待たなくに」・・「全註釈」
  ァ崢蠅泙蠅匿清ァ覆むつきほひ)は時待たなくに」・・「註釈万葉集」
  Α崢蠅泙蠅匿澄覆む)つ集(つど)ひは時待たなくに」・・「万葉集総釈」
  А崢蠅泙蠅匿世袈ァ覆ほ)へば麻呂も待たなく」・・「万葉集大成」
  ─崟鼎泙蠅匿澄覆海海蹇砲ほへば時待たなくに」・・「私注」
  「定而神競者磨待無」(原文のまま)・・「伊藤本」

 以上の内、ぁ銑┐蓮峇簀搬膩亘棔廚補注を設けて紹介しているものである。
 さて、┐鉢を別にすれば第三句は「定まりて」で一致している。こういう難解歌の読解は、訓も大事だが、一義的には歌意が通るか否かで判断しなければならない。次に大事なのは他歌の用例に当たってみることが大切。歌の状況や背景も大切である。最終的にはこれらを総合的に判断して歌意を把握する必要がある。
 歌の状況や背景はまぎれがない。天の川及び七夕に関連した歌であり、それからはずれた歌意は除外してよい。次に「安の川原」。長歌だが一例だけ詠われている。2089番長歌に「~妻恋ひに 物思ふ人 天の川 安の川原の あり通ふ 出の渡りに~」とある。牽牛が妻の織り姫に逢いに「(いで)の渡り」(船着き場)から出航する際の歌である。また、「安の川原」そのままの記述ではないが、実質的には全く同様と考えてよい歌がある。2000番歌の「天の川安の渡りに舟浮けて秋立つ待つと妹に告げこそ」がそれである。これら長短歌は両者とも牽牛の出航にかかる歌である。。
 以上から考えて第三句は「定(とど)まりて」としか考えられない。第4句は七夕の日が来て出航直前の様子を記した句とすれば、「神競」は「神競(こころはやれば)」に相違ない。そして結句の「磨待無」、「待つ間もなしに」あるいは「待つ間もどかし」という意味である。磨はマ、すなわち間という意味。以下のような歌と考えられる。
 「天の川の安の川原で舟出を待っているが、心がはやって待つ間ももどかしい」という歌である。
 左注に「此歌一首庚辰年に作られ、柿本朝臣人麻呂歌集に出ている」とある。庚辰年は天武9年(680年)と天平12年(740年)説とがある。人麻呂歌集は万葉集に数多く採録されていてかなり大きな歌集と推定される。墨書の時代、各種の資料を整理して歌集を編むにはかなりの年月を要すると見られ、天平12年(740年)としておくのが妥当だろう。なお、本文に言及した2089番長歌も人麻呂歌集から採録されているので、離れてはいるが本歌は2089番長歌の反歌かもしれない。

2034  織女の五百機立てて織る布の秋さり衣誰れか取り見む
      (棚機之 五百機立而 織布之 秋去衣 孰取見)
 五百機(いほはた)はたくさんの機織り機。「秋さり衣」は七夕用の着物。反語表現で牽牛のために一生懸命織っていることを強調している。
 「織り姫がたくさんの機織り機を立てて布を織っているが、その布で縫った七夕用の着物を誰が手にとって見るというのでしょう」という歌である。

2035  年にありて今か巻くらむぬばたまの夜霧隠れる遠妻の手を
      (年有而 今香将巻 烏玉之 夜霧隠 遠妻手乎)
 「年にありて」は「一年ぶりに」という意味。第三者の立場からの歌。典型的な倒置表現歌。
 「夜霧にこもって見えないが、今頃は遠妻(織り姫)を手枕にして共寝しているでしょうか牽牛は。一年ぶりに」という歌である。

2036  我が待ちし秋は来りぬ妹と我れと何事あれぞ紐解かずあらむ
      (吾待之 秋者来沼 妹与吾 何事在曽 紐不解在牟)
 「何事あれぞ」は強調表現。「何事があろうとも」という意味。「紐解かずあらむ」は「紐を解かずにおくものか」という意味である。
 「待ちに待った七夕の秋がやってきた。何事があろうともわが妻と共寝をしないでおくものか」という歌である。

2037  年の恋今夜尽して明日よりは常のごとくや我が恋ひ居らむ
      (年之戀 今夜盡而 明日従者 如常哉 吾戀居牟)
 「年の恋」は「一年待ち続けた恋」のこと。「常のごとくや我が恋ひ居らむ」は「普段通りひとり恋し続けるのだろうか」という意味で、変則倒置表現とでも呼べる表現。
 「一年待ち続けた恋情を今宵一晩思う存分果たし尽くし、明日からは普段通りひとり恋し続けることになるのだろうか」という歌である。

2038  逢はなくは日長きものを天の川隔ててまたや我が恋ひ居らむ
      (不合者 氣長物乎 天漢 隔又哉 吾戀将居)
 前歌と相似した心情を詠ったもの。「日(け)長きものを」は「日々は長かったのに」という意味である。「日(け)」は「日々」のこと。
 「逢わないできた日々は長かったのに逢う瀬は一夜にして終わり、天の川を隔ててまた恋い焦がれ続けなければならないのでしょうか」という歌である。

2039  恋しけく日長きものを逢ふべくある宵だに君が来まさずあるらむ
      (戀家口 氣長物乎 可合有 夕谷君之 不来益有良武)
 「日(け)長きものを」は前歌参照。結句の「来まさずあるらむ」は解し方によって二様にとれる。一つは「ひょっとしていらっしゃらないのじゃないだろうか」という不安を述べたという解。二つは「いらっしゃらないなんてことがあるのでしょうか」という解。字面上は前者に思われるが、歌意は後者。すなわち「必ずいらっしゃるに相違ない」という意味だと思われる。
 「逢わないできた日々は長かった。逢う日と定められた今宵だもの、いらっしゃらないなんてことがあるでしょうか」という歌である。

2040  彦星と織女と今夜逢ふ天の川門に波立つなゆめ
      (牽牛 与織女 今夜相 天漢門尓 浪立勿謹)
 「天の川門(かわと)に」は「二人が出会う川が狭まった所に」という意味である。「~なゆめ」は「ゆめゆめ~するな」という強い禁止形。
 「天の川よ。今宵は彦星と織女とが逢うと定められた七夕の夜。二人の立つ川門に、波よ決して立たないでおくれ」という歌である。
           (2015年1月22日記、2018年9月14日記)
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