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年末を迎えて節目となる行事なり風物詩は人さまざまに相違ない。Xマス、大掃除、年越しそば等々実にさまざまだろう。そんな風物詩のうち、有馬記念というのが私にとってのひとつの節目である。競馬界最大の祭典レースといってよい。五年ほど前まで私はちらほら競馬を楽しんでいたが、近年はとんとご無沙汰している。
が、たった一レース、年に一度わざわざ場外馬券売り場に足を運んで楽しむレースがある。それが有馬記念である。ダービー、ジャパンカップ、菊花賞、エリザベス女王杯等々有名な大レースは数々あれどそれらには目を向けず、唯一有馬記念だけは出かけるのである。なぜか?理由は特にない。年も押し詰まったこの時期に行われるので年の節目を意識させられるからかも知れない。
昨年もそうであったが、今年も、五階建ての大きな場外馬券売り場は一階から五階までびっしり人混みで埋まり、息苦しいほどだった。そんな中で、レース画面に釘付けになり、一斉に絶叫し、ため息をつく人々の姿は、少し離れた地点から見れば、恐ろしく幼稚で異様に映ずるに相違ない。数千円しか投じない私にとって、的中するに越したことはないが、はずれたところであまり痛みや悔しさを覚えない。それよりも周りの人々と、あーでもないこうでもないと甲論乙駁を展開し、各々の予想を述べ合うことが楽しいのである。昨日も、同行した相棒と話すより、話しかけられた方々と甲論乙駁していた時間の方が長かった。発馬すれば3分もしない内に決着がつくたった一レースのために4時間も前に駆けつけた。これほどひどい時間の空費はあるまい。が、その空費こそ人生最大の贅沢のひとつなのかもしれない。私が有馬記念に駆けつける理由、それは、ひょっとすると、ひどすぎる時間の空費をとって、ごったがえす人々のまっただ中に浸ってみたいだけなのかもしれない。これで、年を越す節目はひとつクリアーしたのかな?
(2014年12月29日)
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年末を迎えて節目となる行事なり風物詩は人さまざまに相違ない。Xマス、大掃除、年越しそば等々実にさまざまだろう。そんな風物詩のうち、有馬記念というのが私にとってのひとつの節目である。競馬界最大の祭典レースといってよい。五年ほど前まで私はちらほら競馬を楽しんでいたが、近年はとんとご無沙汰している。
が、たった一レース、年に一度わざわざ場外馬券売り場に足を運んで楽しむレースがある。それが有馬記念である。ダービー、ジャパンカップ、菊花賞、エリザベス女王杯等々有名な大レースは数々あれどそれらには目を向けず、唯一有馬記念だけは出かけるのである。なぜか?理由は特にない。年も押し詰まったこの時期に行われるので年の節目を意識させられるからかも知れない。
昨年もそうであったが、今年も、五階建ての大きな場外馬券売り場は一階から五階までびっしり人混みで埋まり、息苦しいほどだった。そんな中で、レース画面に釘付けになり、一斉に絶叫し、ため息をつく人々の姿は、少し離れた地点から見れば、恐ろしく幼稚で異様に映ずるに相違ない。数千円しか投じない私にとって、的中するに越したことはないが、はずれたところであまり痛みや悔しさを覚えない。それよりも周りの人々と、あーでもないこうでもないと甲論乙駁を展開し、各々の予想を述べ合うことが楽しいのである。昨日も、同行した相棒と話すより、話しかけられた方々と甲論乙駁していた時間の方が長かった。発馬すれば3分もしない内に決着がつくたった一レースのために4時間も前に駆けつけた。これほどひどい時間の空費はあるまい。が、その空費こそ人生最大の贅沢のひとつなのかもしれない。私が有馬記念に駆けつける理由、それは、ひょっとすると、ひどすぎる時間の空費をとって、ごったがえす人々のまっただ中に浸ってみたいだけなのかもしれない。これで、年を越す節目はひとつクリアーしたのかな?
(2014年12月29日)