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そ の 218 へ
万葉集読解・・・217(3446~3460番歌)
3446 妹なろが使ふ川津のささら荻葦と人言語りよらしも
(伊毛奈呂我 都可布河泊豆乃 佐左良乎疑 安志等比登其等 加多理与良斯毛)
「妹なろ」は東国訛りの「ろ」。親愛の「ら」に同じ。「使ふ川津の」は「川辺の物洗い場」。「ささら萩」は「細かい萩」のことで、ここまで「葦(あし)」を導く序歌という。「岩波大系本」 は「萩は葦(あし)に似ているから萩を葦に代用した」という。序歌なら萩で代用させなくとも直接「葦」を当て、「悪し」で受ければよさそうだ。本当に第三句までを序歌と解してよいのだろうか。私は序歌ではなく実景だと解している。従って「葦」は「悪し」を導くのではなく、そのまま「葦」である。
「あの子が使う川辺の洗い場に細かい萩が生えている。いや萩ではなくしっかり者の葦さ、と人々は言っているよ」という歌である。
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万葉集読解・・・217(3446~3460番歌)
3446 妹なろが使ふ川津のささら荻葦と人言語りよらしも
(伊毛奈呂我 都可布河泊豆乃 佐左良乎疑 安志等比登其等 加多理与良斯毛)
「妹なろ」は東国訛りの「ろ」。親愛の「ら」に同じ。「使ふ川津の」は「川辺の物洗い場」。「ささら萩」は「細かい萩」のことで、ここまで「葦(あし)」を導く序歌という。「岩波大系本」 は「萩は葦(あし)に似ているから萩を葦に代用した」という。序歌なら萩で代用させなくとも直接「葦」を当て、「悪し」で受ければよさそうだ。本当に第三句までを序歌と解してよいのだろうか。私は序歌ではなく実景だと解している。従って「葦」は「悪し」を導くのではなく、そのまま「葦」である。
「あの子が使う川辺の洗い場に細かい萩が生えている。いや萩ではなくしっかり者の葦さ、と人々は言っているよ」という歌である。
3447 草蔭の安努な行かむと墾りし道安努は行かずて荒草立ちぬ
(久佐可氣乃 安努奈由可武等 波里之美知 阿努波由加受弖 阿良久佐太知奴)
「草蔭(くさかげ)の」はもう一例あって、3192番歌に「草蔭の荒藺の崎の笠島を見つつか君が山道越ゆらむ」とある。「荒れた草陰」という意味。「安努(あぬ)」は未詳。
「荒れた草陰(くさかげ)を通して安努への道を開拓しようとしたが、安努(あぬ)には達せず、草が荒れ放題になっている」という歌である。
(久佐可氣乃 安努奈由可武等 波里之美知 阿努波由加受弖 阿良久佐太知奴)
「草蔭(くさかげ)の」はもう一例あって、3192番歌に「草蔭の荒藺の崎の笠島を見つつか君が山道越ゆらむ」とある。「荒れた草陰」という意味。「安努(あぬ)」は未詳。
「荒れた草陰(くさかげ)を通して安努への道を開拓しようとしたが、安努(あぬ)には達せず、草が荒れ放題になっている」という歌である。
3448 花散らふこの向つ峰の乎那の峰のひじにつくまで君が代もがも
(波奈治良布 己能牟可都乎乃 乎那能乎能 比自尓都久麻提 伎美我与母賀母)
「花散らふ」は「桜の花が散っている」という意味だが、通常、目前の桜の散る様を言う。当たり前である。少し離れて桜を見れば散りつつあるか否かなど分からない。「向つ峰(を)の乎那(をな)の峰(を)の」は「向かいの山の乎那の峰の」という意味だが、桜の花が散っている様子など分かりようがない。「ひじにつくまで」は「州(ひじ)につくまで」ないし「泥(ひぢ)につくまで」と解釈され、浜名湖のことと想定されている。このままでは解しがたいので「花散らふ」は「花が散る季節」と季節を補って解してみる。目前の「花散らふ」に結びつきにくい。本当に歌意が取りづらい歌だ。ひょっとしてこの歌は主人(君)が重態に陥った際の歌ではなかろうか。そう思って全体の歌意を考えるとなんとか自然に歌意が通った。
「桜の散る季節が向かいの山の乎那(をな)の峰にやってこようとしている。その花が散って湖面に流れ込むまで、せめて主人が無事であってほしい」という歌である。
(波奈治良布 己能牟可都乎乃 乎那能乎能 比自尓都久麻提 伎美我与母賀母)
「花散らふ」は「桜の花が散っている」という意味だが、通常、目前の桜の散る様を言う。当たり前である。少し離れて桜を見れば散りつつあるか否かなど分からない。「向つ峰(を)の乎那(をな)の峰(を)の」は「向かいの山の乎那の峰の」という意味だが、桜の花が散っている様子など分かりようがない。「ひじにつくまで」は「州(ひじ)につくまで」ないし「泥(ひぢ)につくまで」と解釈され、浜名湖のことと想定されている。このままでは解しがたいので「花散らふ」は「花が散る季節」と季節を補って解してみる。目前の「花散らふ」に結びつきにくい。本当に歌意が取りづらい歌だ。ひょっとしてこの歌は主人(君)が重態に陥った際の歌ではなかろうか。そう思って全体の歌意を考えるとなんとか自然に歌意が通った。
「桜の散る季節が向かいの山の乎那(をな)の峰にやってこようとしている。その花が散って湖面に流れ込むまで、せめて主人が無事であってほしい」という歌である。
3449 白栲の衣の袖を麻久良我よ海人漕ぎ来見ゆ波立つなゆめ
(思路多倍乃 許呂母能素悌乎 麻久良我欲 安麻許伎久見由 奈美多都奈由米)
「白栲(しろたへ)の」は「真っ白な」という意味。「麻久良我(まくらが)よ」は地名だという。「よ」は「ゆ」(~より)の東国訛り。その麻久良我は「巻く良我」と見ると、「~袖を」までは「巻く良我」を導く序歌。1093番歌に「三諸のその山なみに子らが手を巻向山は継ぎしよろしも」とあり、その「巻向山」と同じ趣向。「なゆめ」は強い禁止。
「白栲の着物の袖を巻くではないが、麻久良我(まくらが)から海人がこちらに向かって漕いでくるのが見える。決して波立つなよ、ゆめゆめ」という歌である。
(思路多倍乃 許呂母能素悌乎 麻久良我欲 安麻許伎久見由 奈美多都奈由米)
「白栲(しろたへ)の」は「真っ白な」という意味。「麻久良我(まくらが)よ」は地名だという。「よ」は「ゆ」(~より)の東国訛り。その麻久良我は「巻く良我」と見ると、「~袖を」までは「巻く良我」を導く序歌。1093番歌に「三諸のその山なみに子らが手を巻向山は継ぎしよろしも」とあり、その「巻向山」と同じ趣向。「なゆめ」は強い禁止。
「白栲の着物の袖を巻くではないが、麻久良我(まくらが)から海人がこちらに向かって漕いでくるのが見える。決して波立つなよ、ゆめゆめ」という歌である。
3450 乎久佐男と乎具佐受家男と潮舟の並べて見れば乎具佐勝ちめり
(乎久佐乎等 乎具佐受家乎等 斯抱布祢乃 那良敝弖美礼婆 乎具佐可知馬利)
「乎久佐男(をくさを)」は「乎久佐部落の若い衆」という意味。同様に「乎具佐受家男(をぐさずけを)」は「乎具佐受家部落の若い衆」という意味。
「乎久佐(をくさを)部落の若い衆と、乎具佐受家(をぐさずけ)部落の若い衆とを潮舟のように並べてみれば乎具佐受家衆が勝つだろうよ」という歌である。
(乎久佐乎等 乎具佐受家乎等 斯抱布祢乃 那良敝弖美礼婆 乎具佐可知馬利)
「乎久佐男(をくさを)」は「乎久佐部落の若い衆」という意味。同様に「乎具佐受家男(をぐさずけを)」は「乎具佐受家部落の若い衆」という意味。
「乎久佐(をくさを)部落の若い衆と、乎具佐受家(をぐさずけ)部落の若い衆とを潮舟のように並べてみれば乎具佐受家衆が勝つだろうよ」という歌である。
3451 左奈都良の岡に粟蒔き愛しきが駒はたぐとも我はそとも追じ
(左奈都良能 乎可尓安波麻伎 可奈之伎我 古麻波多具等毛 和波素登毛波自)
左奈都良(さなつら)は所在不詳。「愛(かな)しきが駒」は「愛(いと)しい馬」のこと。「たぐとも」は「食ぶとも」の東国訛りと思われる。「そとも追(は)じ」は「しっ、しっと追い立てる」という意味である。
「左奈都良(さなつら)岡に粟を蒔いて育てるけれど、あの愛しい馬(男の馬か)が食べるようにと、しっ、しっと追い立てたりしませんわ」という歌である。
(左奈都良能 乎可尓安波麻伎 可奈之伎我 古麻波多具等毛 和波素登毛波自)
左奈都良(さなつら)は所在不詳。「愛(かな)しきが駒」は「愛(いと)しい馬」のこと。「たぐとも」は「食ぶとも」の東国訛りと思われる。「そとも追(は)じ」は「しっ、しっと追い立てる」という意味である。
「左奈都良(さなつら)岡に粟を蒔いて育てるけれど、あの愛しい馬(男の馬か)が食べるようにと、しっ、しっと追い立てたりしませんわ」という歌である。
3452 おもしろき野をばな焼きそ古草に新草交り生ひは生ふるがに
(於毛思路伎 野乎婆奈夜吉曽 布流久左尓 仁比久佐麻自利 於非波於布流我尓)
「おもしろき」は「趣のある」という意味。「な焼きそ」は「な~そ」の禁止形。
「趣のあるこの野は焼き払わないでおくれ。古草に新草が混じって生えて来るのも趣があるから」という歌である。
(於毛思路伎 野乎婆奈夜吉曽 布流久左尓 仁比久佐麻自利 於非波於布流我尓)
「おもしろき」は「趣のある」という意味。「な焼きそ」は「な~そ」の禁止形。
「趣のあるこの野は焼き払わないでおくれ。古草に新草が混じって生えて来るのも趣があるから」という歌である。
3453 風の音の遠き我妹が着せし衣手本のくだりまよひ来にけり
(可是能等能 登抱吉和伎母賀 吉西斯伎奴 多母登乃久太利 麻欲比伎尓家利)
「風の音(と)の」。「風の音」は3例あるが、そのままどんぴしゃり「風の音」の意味で十分。本歌の場合は消息という意味である。「手本のくだり」は「袖口」のこと。「まよひ来にけり」は「綻びにけり」という意味である。
「風の便りに聞くしかない遠くの妻が、着せてくれた着物の袖口が綻んできた」という歌である。
(可是能等能 登抱吉和伎母賀 吉西斯伎奴 多母登乃久太利 麻欲比伎尓家利)
「風の音(と)の」。「風の音」は3例あるが、そのままどんぴしゃり「風の音」の意味で十分。本歌の場合は消息という意味である。「手本のくだり」は「袖口」のこと。「まよひ来にけり」は「綻びにけり」という意味である。
「風の便りに聞くしかない遠くの妻が、着せてくれた着物の袖口が綻んできた」という歌である。
3454 庭に立つ麻手小衾今夜だに夫寄しこせね麻手小衾
(尓波尓多都 安佐提古夫須麻 許余比太尓 都麻余之許西祢 安佐提古夫須麻)
「麻手小衾(こぶすま)」の小は美称。衾は上布団、すなわち「麻で作った上ぶとん」。
「庭に植えた麻で作った麻の上ぶとん。出来たての今夜は夫が寄ってきてくれないかな、この麻の上ぶとんに」という歌である。
以上、3438~3454番歌までは雑歌。
(尓波尓多都 安佐提古夫須麻 許余比太尓 都麻余之許西祢 安佐提古夫須麻)
「麻手小衾(こぶすま)」の小は美称。衾は上布団、すなわち「麻で作った上ぶとん」。
「庭に植えた麻で作った麻の上ぶとん。出来たての今夜は夫が寄ってきてくれないかな、この麻の上ぶとんに」という歌である。
以上、3438~3454番歌までは雑歌。
相聞歌(3455~3566番歌)
3455 恋しけば来ませ我が背子垣つ柳末摘み枯らし我れ立ち待たむ
(古非思家婆 伎麻世和我勢古 可伎都楊疑 宇礼都美可良思 和礼多知麻多牟)
「垣つ柳」は「垣根の柳」のこと。「末摘み枯らし」は「枝先の芽を摘み摘みしながら」という意味である。
「私が恋しかったらいらして下さい。あなた。垣根の柳の枝先の芽を摘み摘みしながら立ってお待ちしますわ」という歌である。
3455 恋しけば来ませ我が背子垣つ柳末摘み枯らし我れ立ち待たむ
(古非思家婆 伎麻世和我勢古 可伎都楊疑 宇礼都美可良思 和礼多知麻多牟)
「垣つ柳」は「垣根の柳」のこと。「末摘み枯らし」は「枝先の芽を摘み摘みしながら」という意味である。
「私が恋しかったらいらして下さい。あなた。垣根の柳の枝先の芽を摘み摘みしながら立ってお待ちしますわ」という歌である。
3456 うつせみの八十言のへは繁くとも争ひかねて我を言なすな
(宇都世美能 夜蘇許登乃敝波 思氣久等母 安良蘇比可祢弖 安乎許登奈須那)
「うつせみの」は「この世の」ないし「世間の」という意味。「八十言(やそこと)のへ」は「八十言の葉」の訛り。「言(こと)なすな」は「口に出さないでね」という意味。
「世間の噂は激しいでしょうが、それに負けて私のことを口に出さないでね」という歌である。
(宇都世美能 夜蘇許登乃敝波 思氣久等母 安良蘇比可祢弖 安乎許登奈須那)
「うつせみの」は「この世の」ないし「世間の」という意味。「八十言(やそこと)のへ」は「八十言の葉」の訛り。「言(こと)なすな」は「口に出さないでね」という意味。
「世間の噂は激しいでしょうが、それに負けて私のことを口に出さないでね」という歌である。
3457 うちひさす宮の我が背は大和女の膝まくごとに我を忘らすな
(宇知日佐須 美夜能和我世波 夜麻登女乃 比射麻久其登尓 安乎和須良須奈)
「うちひさす」は枕詞。「大和女(やまとめ)」は宮仕えの女。
「宮に仕える私の彼は、大和の女性の膝を枕にすることもありましょう。でも私のことは忘れないでね」という歌である。
(宇知日佐須 美夜能和我世波 夜麻登女乃 比射麻久其登尓 安乎和須良須奈)
「うちひさす」は枕詞。「大和女(やまとめ)」は宮仕えの女。
「宮に仕える私の彼は、大和の女性の膝を枕にすることもありましょう。でも私のことは忘れないでね」という歌である。
3458 汝背の子や等里の岡道しなかだ折れ我を哭し泣くよ息づくまでに
(奈勢能古夜 等里乃乎加恥志 奈可太乎礼 安乎祢思奈久与 伊久豆君麻弖尓)
「汝背の子や」は二人称ではなく一人称で、「私のあなた」といったニュアンス。「等里(とり)」は所在不詳。「岡道(ぢ)しなかだ折れ」は強意の「し」。「道が中だるみしているように」という意味である。
「私のあなた、等里(とり)の岡道が中だるみしているように最近熱意がないわね。泣けてきてため息が出てくるわ」という歌である。
(奈勢能古夜 等里乃乎加恥志 奈可太乎礼 安乎祢思奈久与 伊久豆君麻弖尓)
「汝背の子や」は二人称ではなく一人称で、「私のあなた」といったニュアンス。「等里(とり)」は所在不詳。「岡道(ぢ)しなかだ折れ」は強意の「し」。「道が中だるみしているように」という意味である。
「私のあなた、等里(とり)の岡道が中だるみしているように最近熱意がないわね。泣けてきてため息が出てくるわ」という歌である。
3459 稲つけばかかる我が手を今夜もか殿の若子が取りて嘆かむ
(伊祢都氣波 可加流安我手乎 許余比毛可 等能乃和久胡我 等里弖奈氣可武)
「かかる我が手を」は「赤くひび割れた私の手を」という意味である。他は平明歌。
「稲をつくので赤くひび割れた私の手を、今夜もまた御殿の若様がお取りになって可哀想にとお嘆きになるのでしょうか」という歌である。
(伊祢都氣波 可加流安我手乎 許余比毛可 等能乃和久胡我 等里弖奈氣可武)
「かかる我が手を」は「赤くひび割れた私の手を」という意味である。他は平明歌。
「稲をつくので赤くひび割れた私の手を、今夜もまた御殿の若様がお取りになって可哀想にとお嘆きになるのでしょうか」という歌である。
3460 誰れぞこの屋の戸押そぶるにふなみに我が背を遣りて斎ふこの戸を
(多礼曽許能 屋能戸於曽夫流 尓布奈未尓 和<我>世乎夜里弖 伊波布許能戸乎)
「誰れぞこの屋の戸押そぶる」は「誰れなの、この家の戸をがたぴしと押すのは」という意味である。「にふなみ」は新嘗(にひなめ)の東国訛り。新嘗は神に新穀を捧げる神事。「斎(いは)ふこの戸を」は「家内にこもって身を清める」こと。
「誰れなの、この家の戸をがたぴしと押すのは。新嘗祭を迎えて夫を外に遣り、家内にこもって身を清めているこの私なのに」という歌である。
(2016年4月29日記、2019年3月27日)
(多礼曽許能 屋能戸於曽夫流 尓布奈未尓 和<我>世乎夜里弖 伊波布許能戸乎)
「誰れぞこの屋の戸押そぶる」は「誰れなの、この家の戸をがたぴしと押すのは」という意味である。「にふなみ」は新嘗(にひなめ)の東国訛り。新嘗は神に新穀を捧げる神事。「斎(いは)ふこの戸を」は「家内にこもって身を清める」こと。
「誰れなの、この家の戸をがたぴしと押すのは。新嘗祭を迎えて夫を外に遣り、家内にこもって身を清めているこの私なのに」という歌である。
(2016年4月29日記、2019年3月27日)