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万葉集読解・・・218(3461~3475番歌)

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     万葉集読解・・・218(3461~3475番歌)
3461  あぜと言へかさ寝に逢はなくにま日暮れて宵なは来なに明けぬしだ来る
      (安是登伊敝可 佐宿尓安波奈久尓 真日久礼弖 与比奈波許奈尓 安家奴思太久流)
 「あぜ」は「何故(など)」の東国訛り。「言へか」も東国訛りっぽい。「あぜと言へか」は「なんてことでしょう」という意味。「さ寝」のさは強意。「宵(よひ)なは」は本例のみ。「宵なかは」の東国訛り。「来なに」は「来ぬに」の東国訛り。「明けぬしだ」もやはり東国訛りだろう。
 「なんてことでしょう。共寝するために逢うのではなく、日が暮れて宵中は来ないで夜が明けてから来るなんて」という歌である。

3462  あしひきの山沢人の人さはにまなと言ふ子があやに愛しさ
      (安志比奇乃 夜末佐波妣登乃 比登佐波尓 麻奈登伊布兒我 安夜尓可奈思佐)
 「あしひきの」はおなじみの枕詞。「山沢人(やまさはびと)の」は「山や沢に住む人々の」という意味。「人さはに」は「人の多くが」という意味。「まな」は「かわいい」という意味と「駄目」という意味の二通りある。「まな」は通常「まなご(愛子)」と使われるので、ここは意味が通りにくい。
 「山沢人たちの多くが「駄目」という子がむしょうにいとしくてならない」という歌である。

3463  ま遠くの野にも逢はなむ心なく里のみ中に逢へる背なかも
      (麻等保久能 野尓毛安波奈牟 己許呂奈久 佐刀乃美奈可尓 安敝流世奈可母)
 「ま遠く」のまは強意の「ま」。「逢はなむ」は「逢いたかったのに」という願望。「背なかも」はむろん「我が背かも」という意味。
 「人目のつかない遠くの野で逢いたかったのに、配慮がないことね。こんな人里のまん中で逢おうというあなたは」という歌である。

3464  人言の繁きによりてまを薦の同じ枕は我はまかじやも
      (比登其登乃 之氣吉尓余里弖 麻乎其母能 於夜自麻久良波 和波麻可自夜毛)
 「繁きによりて」は「うるさいからといって」という意味。「まを薦(こも)の」の原文は「麻乎其母能」。「まを」は「真小」のことで、親愛や丁寧を意味する接頭語という説もある。が、「まを」と接頭語を二つ重ねた例は珍しく、原文からしてもイラクサ(苧麻)で編んだ薦(こも)のことであろう。「まかじやも」は「共寝しないということがあろうか」という反語表現。
 「人の噂が激しいからといってイラクサの薦(こも)の枕を、二度と共寝に使わないなんてことがあろうか(噂をものともしないであなたに逢いにくる)」という歌である。

3465  高麗錦紐解き放けて寝るが上にあどせろとかもあやに愛しき
      (巨麻尓思吉 比毛登伎佐氣弖 奴流我倍尓 安杼世呂登可母 安夜尓可奈之伎)
 「高麗錦(こまにしき)」は2090番歌に「高麗錦紐解きかはし天人の妻問ふ宵ぞ我れも偲はむ」と詠われている。朝鮮半島から伝わってきた華麗な紐のことである。『続日本紀』霊亀2年(716年)の条に、甲斐・駿河・相模・上総・下総・常陸・下野の七カ国の高麗人1799人を集めて武蔵国に移し、高麗郡を置いたことが記されている。その高麗郷は現在に至るまで埼玉県日高市高麗川にその名を留めている。「あどせろ」は「どうしろ」という意味で、東国訛りっぽい。「あやに愛(かな)しき」は3462番歌の結句に「あやに愛しさ」という形で出てきたばかりである。
 「華麗な高麗錦の紐を解き放って共寝をしたけれど、この上どうしろというのだ。本当に可愛い子だよ」という歌である。

3466  ま愛しみ寝れば言に出さ寝なへば心の緒ろに乗りて愛しも
      (麻可奈思美 奴礼婆許登尓豆 佐祢奈敝波 己許呂乃緒呂尓 能里弖可奈思母)
 「ま愛(かな)しみ」は強意の「ま」で、「み」は「~ので」の「み」。「言(こと)に出」は「噂に立ち」という意味。「さ寝なへば」は語調を整える「さ」。「寝なければ」という意味。「緒(を)ろに」は東国訛りの「ろ」。
 「可愛くてたまらないので共寝をすると噂に立つ。さりとて共寝をしなければ心に長く緒を引いて恋しくてならない(共寝をせずにいられない)。」という歌である。

3467  奥山の真木の板戸をとどとして我が開かむに入り来て寝さね
      (於久夜麻能 真木乃伊多度乎 等杼登之弖 和<我>比良可武尓 伊利伎弖奈左祢)
 「真木(まき)」の真は美称。「とどとして」は「とどと押して」の省略、ないしは東国方言。「ごとごと押して」という意味。
 「奥の山の真木で作った板戸をごとごと押して私が開けますので、入ってきて寝ましょう」という歌である。

3468  山鳥の尾ろのはつをに鏡懸け唱ふべみこそ汝に寄そりけめ
      (夜麻杼里乃 乎呂能波都乎尓 可賀美可家 刀奈布倍美許曽 奈尓与曽利鶏米)
 「山鳥の尾ろの」の「尾ろ」は東国訛り。「はつを」は「はつほ」の東国訛りで、稲の初穂のことだろう。初穂祭すなわち新嘗祭は地方各地で色々な形で行われた。初穂を稲架(はさ)に垂らして掛ける。山鳥のしだり尾にそっくりだ。稲架(はさ)は鏡をかけるのに具合がいい。「唱(とな)ふべみこそ」は「唄を唄うことになったので」という意味。「汝(な)に寄そりけめ」は「あなたと一対だろう」という意味。すなわち、彼女は唄い、男は舞うという男女一対の華やかな祭りだったに相違ない。
 「稲架(はさ)にかけた初穂は山鳥の尾に似ている。稲架(はさ)に鏡をかけ、私は唱う役目なんですが、あなたと一対になって行う祭りなので、どうしても注目されてしまいます」という歌である。

3469  夕占にも今夜と告らろ我が背なはあぜぞも今夜寄しろ来まさぬ
      (由布氣尓毛 許余比登乃良路 和賀西奈波 阿是曽母許与比 与斯呂伎麻左奴)
 東国訛りの多い歌である。「告(の)らろ」は「告りし」の、「我が背な」は「我が背」の、「あぜぞも」は「なども」の、「寄しろ」は「寄らし」の、それぞれ東国訛りと考えてよいだろう。
 「夕占いに(今夜)と出たのに、あの人はその今夜になってもどうして逢いに来て下さらないのだろう」という歌である。

3470  相見ては千年やいぬる否をかも我れやしか思ふ君待ちがてに
      (安比見弖波 千等世夜伊奴流 伊奈乎加<母> 安礼也思加毛布 伎美末知我弖尓)
 「千年やいぬる」は「千年も経ってしまったのだろうか」という意味である。「否(いな)をかも」は「いや、そうではないのかな」という意味。
 「お逢いしてからもう千年も経ってしまったのだろうか。いや、そうではないのかな。私だけがそう思っているだけなのかな。あなたを待ちかねて」という歌である。
 左注に「柿本朝臣人麻呂歌集に登載されている」とある。

3471  しまらくは寝つつもあらむを夢のみにもとな見えつつ我を音し泣くる
      (思麻良久波 祢都追母安良牟乎 伊米能未尓 母登奈見要都追 安乎祢思奈久流)
 「しまらくは」は「しばらくは」、「もとな」は「しきりに」ないし「やたら」という意味。
 「しばしなりとぐっすり寝たいと思うのに、(あなたは)夢にしきりに出てきて私を泣かせる」という歌である。

3472  人妻とあぜか其を言はむ然らばか隣の衣を借りて着なはも
      (比登豆麻等 安是可曽乎伊波牟 志可良<婆>加 刀奈里乃伎奴乎 可里弖伎奈波毛)
 女性を着物にたとえた戯(ざ)れ歌。「あぜか」は「などか」の東国訛り。
 「人妻だから駄目となぜそれを言うの。でも隣の人の着物を借りて着ることがあるではないか」という歌である。

3473  左努山に打つや斧音の遠かども寝もとか子ろが面に見えつる
      (左努夜麻尓 宇都也乎能登乃 等抱可騰母 祢毛等可兒呂賀 於<母>尓美要都留)
 「左努山(さのやま)」は「佐野山」のことで、群馬県高崎市山名町の丘陵がその山だという。「子ろ」は東国訛りの「ろ」。親愛の「ら」と同じ。
 「佐野山で打つ斧の音のように遠いけれど、面影に現れて、共寝してもいいわよ、とあの子が言っているような気がする」という歌である。

3474  植ゑ竹の本さへ響み出でて去なばいづし向きてか妹が嘆かむ
      (宇恵太氣能 毛登左倍登与美 伊R弖伊奈婆 伊豆思牟伎弖可 伊毛我奈氣可牟)
 「本さへ響(とよ)み」は「根本までとどろかせて」という意味。本歌は「岩波大系本」が名訳を披露しているのでそのまま紹介しておこう。
 「あわただしく私が旅に出て行ってしまったら吾妹子は見当もつかずどっちを向いて嘆くことであろうか」という歌である。

3475  恋ひつつも居らむとすれど木綿間山隠れし君を思ひかねつも
      (古非都追母 乎良牟等須礼杼 遊布麻夜万 可久礼之伎美乎 於母比可祢都母)
 木綿間山(ゆふうまやま)は所在不詳。3191番歌に「よしゑやし恋ひじとすれど木綿間山越えにし君が思ほゆらくに」とある。似ているが、本歌は「隠れし」とある。「隠れし」に焦点を当てれば挽歌とも取れる。「思ひかねつも」は「思いに耐え難い」という意味。
 「恋いこがれながらじっと耐えていようと思うけれど、木綿間山の向こう側に去っていったあの方への思いに耐え切れません」という歌である。
           (2016年5月3日記、2019年3月27日)
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