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そ の 244 へ
万葉集読解・・・243(3838~3854番歌)
頭注に「心をなさない歌二首」とある。「心をなさない」とは「ナンセンス」という意味。
3838 我妹子が額に生ふる双六のことひの牛の鞍の上の瘡
(吾妹兒之 額尓生流 雙六乃 事負乃牛之 倉上之瘡)
「我妹子」は「うちのかかあ」。「双六の」は目のことか。「ことひの牛の」は「雄牛」のこと。額を牛鞍に見立てた。
「うちのかかあのおでこに生えた双六のさいではないが雄牛の角。鞍の上に盛り上がったできもの」という歌である。
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万葉集読解・・・243(3838~3854番歌)
頭注に「心をなさない歌二首」とある。「心をなさない」とは「ナンセンス」という意味。
3838 我妹子が額に生ふる双六のことひの牛の鞍の上の瘡
(吾妹兒之 額尓生流 雙六乃 事負乃牛之 倉上之瘡)
「我妹子」は「うちのかかあ」。「双六の」は目のことか。「ことひの牛の」は「雄牛」のこと。額を牛鞍に見立てた。
「うちのかかあのおでこに生えた双六のさいではないが雄牛の角。鞍の上に盛り上がったできもの」という歌である。
3839 我が背子が犢鼻にするつぶれしし吉野の山に氷魚ぞ下がれる [懸有反云 佐我礼流]
(吾兄子之 犢鼻尓為流 都夫礼石之 吉野乃山尓 氷魚曽懸有 [懸有反云 佐<我>礼流])
「我が背子」は色々。旦つく、ボケなす、すかたん等々。「犢鼻(たふさき)」はふんどしのこと。第3句「つぶれしし」の原文は「都夫礼石之」。石も之も万葉仮名は「し」。「つぶれしし」そのままである。氷魚(ひお)は鮎の稚魚というが、思い切って記せば、「氷魚ぞ下がれる」は「精子が流れる」という意味ではなかろうか。前歌のボロカス歌に対する歌にやり返したものだろう。「吉野の山」は「オッパイないしおなか」か?。あっけらかんとした万葉歌らしい表現。
「なによすかたん、ふんどしにしているそのつぶれた布。そこからはみ出てあんたのいい子ちゃんがあたいのおなかに流れているよ」という歌である。
左注に大略こうある。「舎人親王(とねりのみこ)が無意味歌を作る者がいたら褒美をやろうとおっしゃった。すると安倍朝臣子祖父(あべのあそみこおほぢ)は即座に作って献上した。親王は金二銭文を給された」。舎人親王は天武天皇の皇子。
頭注に「池田朝臣(名は不明)が大神朝臣奥守(おほみわのあそみおきもり)を嗤へる歌一首」とある。
3840 寺々の女餓鬼申さく大神の男餓鬼賜りてその子産まはむ
(寺々之 女餓鬼申久 大神乃 男餓鬼被給而 其子将播)
「女餓鬼(めがき)」は仏教にいう「痩せ細った女」という意味。「男餓鬼(をがき)」は男。池田が奥守(おきもり)を揶揄していう。「賜(たば)りて」は「いただいて」。
「寺々の女餓鬼どもが申すには、大神(おほみわ)から男餓鬼をいただいて、その子らを産み散らかしてやろうかしら」という歌である。
3841 仏造るま朱足らずは水溜まる池田の朝臣が鼻の上を掘れ
(佛造 真朱不足者 水渟 池田乃阿曽我 鼻上乎穿礼)
前歌に対する返しか?。「ま朱(そほ)」のまは美称。朱は赤土。「水溜まる池田」はたんに池田の修辞か、あるいは水っ鼻を揶揄したものか?。池田の鼻は赤っ鼻だったんだろう。 「仏様を造る朱が足らなければ、あの水っ鼻の池田の朝臣の鼻の上を掘れ」という歌である。
(吾兄子之 犢鼻尓為流 都夫礼石之 吉野乃山尓 氷魚曽懸有 [懸有反云 佐<我>礼流])
「我が背子」は色々。旦つく、ボケなす、すかたん等々。「犢鼻(たふさき)」はふんどしのこと。第3句「つぶれしし」の原文は「都夫礼石之」。石も之も万葉仮名は「し」。「つぶれしし」そのままである。氷魚(ひお)は鮎の稚魚というが、思い切って記せば、「氷魚ぞ下がれる」は「精子が流れる」という意味ではなかろうか。前歌のボロカス歌に対する歌にやり返したものだろう。「吉野の山」は「オッパイないしおなか」か?。あっけらかんとした万葉歌らしい表現。
「なによすかたん、ふんどしにしているそのつぶれた布。そこからはみ出てあんたのいい子ちゃんがあたいのおなかに流れているよ」という歌である。
左注に大略こうある。「舎人親王(とねりのみこ)が無意味歌を作る者がいたら褒美をやろうとおっしゃった。すると安倍朝臣子祖父(あべのあそみこおほぢ)は即座に作って献上した。親王は金二銭文を給された」。舎人親王は天武天皇の皇子。
頭注に「池田朝臣(名は不明)が大神朝臣奥守(おほみわのあそみおきもり)を嗤へる歌一首」とある。
3840 寺々の女餓鬼申さく大神の男餓鬼賜りてその子産まはむ
(寺々之 女餓鬼申久 大神乃 男餓鬼被給而 其子将播)
「女餓鬼(めがき)」は仏教にいう「痩せ細った女」という意味。「男餓鬼(をがき)」は男。池田が奥守(おきもり)を揶揄していう。「賜(たば)りて」は「いただいて」。
「寺々の女餓鬼どもが申すには、大神(おほみわ)から男餓鬼をいただいて、その子らを産み散らかしてやろうかしら」という歌である。
3841 仏造るま朱足らずは水溜まる池田の朝臣が鼻の上を掘れ
(佛造 真朱不足者 水渟 池田乃阿曽我 鼻上乎穿礼)
前歌に対する返しか?。「ま朱(そほ)」のまは美称。朱は赤土。「水溜まる池田」はたんに池田の修辞か、あるいは水っ鼻を揶揄したものか?。池田の鼻は赤っ鼻だったんだろう。 「仏様を造る朱が足らなければ、あの水っ鼻の池田の朝臣の鼻の上を掘れ」という歌である。
頭注に「或いはいう。平群朝臣(へぐりのあそみ)が嗤へる歌一首」とある。
3842 童ども草はな刈りそ八穂蓼を穂積の朝臣が腋草を刈れ
(小兒等 草者勿苅 八穂蓼乎 穂積乃阿曽我 腋草乎可礼)
「な刈りそ」は「な~そ」の禁止形。「八穂蓼{やほたで)」のの「八穂」は「多くの」という意味で、蓼はタデ科の辛い草。「蓼食う虫も好き好き」のタデ。「腋草」は「腋毛」のこと。「蓼草」と「腋の臭い」にかけている。
「子らよ。草は刈らなくていいぞ。いっぱい生えているあの穂積のおやじの腋草を刈ったらいい」という歌である。
3842 童ども草はな刈りそ八穂蓼を穂積の朝臣が腋草を刈れ
(小兒等 草者勿苅 八穂蓼乎 穂積乃阿曽我 腋草乎可礼)
「な刈りそ」は「な~そ」の禁止形。「八穂蓼{やほたで)」のの「八穂」は「多くの」という意味で、蓼はタデ科の辛い草。「蓼食う虫も好き好き」のタデ。「腋草」は「腋毛」のこと。「蓼草」と「腋の臭い」にかけている。
「子らよ。草は刈らなくていいぞ。いっぱい生えているあの穂積のおやじの腋草を刈ったらいい」という歌である。
頭注に「穂積朝臣(ほづみのあそみ)が応えた歌一首」とある。
3843 いづくにぞま朱掘る岡薦畳平群の朝臣が鼻の上を掘れ
(何所曽 真朱穿岳 薦疊 平群乃阿曽我 鼻上乎穿礼)
「ま朱(そほ)」は前々歌参照。薦畳(こもたたみ)は薦製のむしろ。言い返した歌。池田氏と穂積氏は仲間ないし同族か?。
「どこにあるのかその朱を掘る丘は。じゃなくて、薦畳のような平群の朝臣の鼻の上を掘れ」という歌である。
3843 いづくにぞま朱掘る岡薦畳平群の朝臣が鼻の上を掘れ
(何所曽 真朱穿岳 薦疊 平群乃阿曽我 鼻上乎穿礼)
「ま朱(そほ)」は前々歌参照。薦畳(こもたたみ)は薦製のむしろ。言い返した歌。池田氏と穂積氏は仲間ないし同族か?。
「どこにあるのかその朱を掘る丘は。じゃなくて、薦畳のような平群の朝臣の鼻の上を掘れ」という歌である。
頭注に「黒色を嗤へる歌一首」とある。
3844 ぬばたまの斐太の大黒見るごとに巨勢の小黒し思ほゆるかも
(烏玉之 斐太乃大黒 毎見 巨勢乃小黒之 所念可聞)
「ぬばたまの」はお馴染みの枕詞。斐太(ひだ)や(こせ)は人名。。大黒、小黒は両人の顔色。次歌の左注を参照。
「真っ黒な斐太(ひだ)の大黒顔を見るたびに巨勢正月麻呂(こせのむつきまろ)の小黒い顔が思い浮かぶなあ」という歌である。
3844 ぬばたまの斐太の大黒見るごとに巨勢の小黒し思ほゆるかも
(烏玉之 斐太乃大黒 毎見 巨勢乃小黒之 所念可聞)
「ぬばたまの」はお馴染みの枕詞。斐太(ひだ)や(こせ)は人名。。大黒、小黒は両人の顔色。次歌の左注を参照。
「真っ黒な斐太(ひだ)の大黒顔を見るたびに巨勢正月麻呂(こせのむつきまろ)の小黒い顔が思い浮かぶなあ」という歌である。
答歌一首。
3845 駒造る土師の志婢麻呂白くあればうべ欲しからむその黒色を
(造駒 土師乃志婢麻呂 白<久>有者 諾欲将有 其黒色乎)
駒は埴輪づくりの馬。土師(はに)氏は埴輪づくりの家系なのでこう言った。「うべ」は「なるほどもっとも」という意味。
「埴輪の馬づくりの土師(はに)の志婢麻呂(しびまろ)は白かろうから、なるほどその黒色が欲しいだろうな」という歌である。
左注に大略こうある。「大舎人土師宿祢水通(はにしのすくねみみち)の志婢麻呂(しびまろ)あり。時に大舎人巨勢朝臣豊人(こせのあそみとよひと)の正月麻呂(むつきまろ)と巨勢斐太朝臣(こせのひだのあそみ)の名は忘る、の両人の顔が黒かった。土師志婢麻呂がこれを嗤う歌を作り、これを聞いた巨勢朝臣正月麻呂が返歌」。
3845 駒造る土師の志婢麻呂白くあればうべ欲しからむその黒色を
(造駒 土師乃志婢麻呂 白<久>有者 諾欲将有 其黒色乎)
駒は埴輪づくりの馬。土師(はに)氏は埴輪づくりの家系なのでこう言った。「うべ」は「なるほどもっとも」という意味。
「埴輪の馬づくりの土師(はに)の志婢麻呂(しびまろ)は白かろうから、なるほどその黒色が欲しいだろうな」という歌である。
左注に大略こうある。「大舎人土師宿祢水通(はにしのすくねみみち)の志婢麻呂(しびまろ)あり。時に大舎人巨勢朝臣豊人(こせのあそみとよひと)の正月麻呂(むつきまろ)と巨勢斐太朝臣(こせのひだのあそみ)の名は忘る、の両人の顔が黒かった。土師志婢麻呂がこれを嗤う歌を作り、これを聞いた巨勢朝臣正月麻呂が返歌」。
頭注に「法師を戯れて嗤へる歌一首」とある。
3846 法師らが鬚の剃り杭馬繋ぎいたくな引きそ法師は泣かむ
(法師等之 鬚乃剃杭 馬繋 痛勿引曽 僧半甘)
「鬚の剃り杭」は「そり残した杭のような髭」。「な引きそ」は「な~そ」の禁止形。
「お坊さんがそり残した杭のような髭に馬を繋いで強く引きなさんな。お防さんが泣きなさるからさ」という歌である。
3846 法師らが鬚の剃り杭馬繋ぎいたくな引きそ法師は泣かむ
(法師等之 鬚乃剃杭 馬繋 痛勿引曽 僧半甘)
「鬚の剃り杭」は「そり残した杭のような髭」。「な引きそ」は「な~そ」の禁止形。
「お坊さんがそり残した杭のような髭に馬を繋いで強く引きなさんな。お防さんが泣きなさるからさ」という歌である。
法師の応えた歌一首
3847 壇越やしかもな言ひそ里長が課役徴らば汝も泣かむ
(檀越也 然勿言 <五十>戸<長>我 課役徴者 汝毛半甘)
「壇越(だんをち)や」は「檀家の衆や」という意味。「な言ひそ」は「な~そ」の禁止形。里長は五十戸を単位とする里の長。「課役徴らば」は「えつきはたらば」と読み、課税や労役のこと。
「檀家の衆や、そんなこと言いなさんな。里長が課役をなしにきたらあんたがたも泣かねばならぬだろう」という歌である。
3847 壇越やしかもな言ひそ里長が課役徴らば汝も泣かむ
(檀越也 然勿言 <五十>戸<長>我 課役徴者 汝毛半甘)
「壇越(だんをち)や」は「檀家の衆や」という意味。「な言ひそ」は「な~そ」の禁止形。里長は五十戸を単位とする里の長。「課役徴らば」は「えつきはたらば」と読み、課税や労役のこと。
「檀家の衆や、そんなこと言いなさんな。里長が課役をなしにきたらあんたがたも泣かねばならぬだろう」という歌である。
頭注に「夢の内に作れる歌一首」とある。
3848 新墾田の鹿猪田の稲を倉に上げてあなひねひねし我が恋ふらくは
(荒城田乃 子師田乃稲乎 倉尓擧蔵而 阿奈干稲<々々>志 吾戀良久者)
新墾田(あらきた)は文字通り「新たに開墾した田」。鹿猪田(ししだ)は3000番歌に「~小山田の鹿猪田守るごと母し守らすも」とあるように、「鹿や猪に狙われた田」のことである。「あなひねひねし」は「ああ、古びてしまった」という意味である。「ひねて」は今でも使う地域がある。 「新たに開墾した田の稲、鹿や猪に狙われので刈り取って高床の倉に上げておいた所、ああ、すっかり古びてしまった、私の恋は」という歌である。
左注に「この歌は忌部首黒麻呂(いむべのおびとくろまろ)が夢の中で作って友に贈った。目覚めて、その友に暗唱させてみるとその通りであった」とある。
3848 新墾田の鹿猪田の稲を倉に上げてあなひねひねし我が恋ふらくは
(荒城田乃 子師田乃稲乎 倉尓擧蔵而 阿奈干稲<々々>志 吾戀良久者)
新墾田(あらきた)は文字通り「新たに開墾した田」。鹿猪田(ししだ)は3000番歌に「~小山田の鹿猪田守るごと母し守らすも」とあるように、「鹿や猪に狙われた田」のことである。「あなひねひねし」は「ああ、古びてしまった」という意味である。「ひねて」は今でも使う地域がある。 「新たに開墾した田の稲、鹿や猪に狙われので刈り取って高床の倉に上げておいた所、ああ、すっかり古びてしまった、私の恋は」という歌である。
左注に「この歌は忌部首黒麻呂(いむべのおびとくろまろ)が夢の中で作って友に贈った。目覚めて、その友に暗唱させてみるとその通りであった」とある。
頭注に「世の無常を厭(いと)える歌二首」とある。
3849 生き死にの二つの海を厭はしみ潮干の山を偲ひつるかも
(生死之 二海乎 ?見 潮干乃山乎 之努比鶴鴨)
「偲(しの)ひつるかも」は「思い描いている」という意味である。
「生と死の二つの海が厭(いと)わしいので、潮が干上がった山をいつも思い描いている」という歌である。
3849 生き死にの二つの海を厭はしみ潮干の山を偲ひつるかも
(生死之 二海乎 ?見 潮干乃山乎 之努比鶴鴨)
「偲(しの)ひつるかも」は「思い描いている」という意味である。
「生と死の二つの海が厭(いと)わしいので、潮が干上がった山をいつも思い描いている」という歌である。
3850 世間の繁き刈廬に住み住みて至らむ国のたづき知らずも
(世間之 繁借廬尓 住々而 将至國之 多附不知聞)
「繁き刈廬(かりほ)に」は「煩(わずら)わしい仮の宿」という意味。「たづき」は「手段」ないし「手がかり」。
「世の中という煩わしい仮の宿に住みながら、そうでない国に至ろうと思うけれど、どうしていいか分からない」という歌である。
左注に「この二首は河原寺の佛堂の中にある倭琴(やまとごと)の面に記されている」とある。
(世間之 繁借廬尓 住々而 将至國之 多附不知聞)
「繁き刈廬(かりほ)に」は「煩(わずら)わしい仮の宿」という意味。「たづき」は「手段」ないし「手がかり」。
「世の中という煩わしい仮の宿に住みながら、そうでない国に至ろうと思うけれど、どうしていいか分からない」という歌である。
左注に「この二首は河原寺の佛堂の中にある倭琴(やまとごと)の面に記されている」とある。
3851 心をし無何有の郷に置きてあらば藐孤射の山を見まく近けむ
(心乎之 無何有乃郷尓 置而有者 藐狐射能山乎 見末久知香谿務)
「心をし」は強意のし。「無何有(むかう)の郷(さと)」は「虚無自然の世界」のこと。「藐孤射(ばこや)の山」は「仙人の住む山」。両方とも、中国の荘子が説いた世界。「心を無何有(むかう)の郷(虚無自然の世界)に置いていれば、藐孤射(ばこや)の山(仙人の住む山」)を見るのも近いだろう」という歌である。
(心乎之 無何有乃郷尓 置而有者 藐狐射能山乎 見末久知香谿務)
「心をし」は強意のし。「無何有(むかう)の郷(さと)」は「虚無自然の世界」のこと。「藐孤射(ばこや)の山」は「仙人の住む山」。両方とも、中国の荘子が説いた世界。「心を無何有(むかう)の郷(虚無自然の世界)に置いていれば、藐孤射(ばこや)の山(仙人の住む山」)を見るのも近いだろう」という歌である。
3852 鯨魚取り海や死にする山や死にする死ぬれこそ海は潮干て山は枯れすれ
(鯨魚取 海哉死為流 山哉死為流 死許曽 海者潮干而 山者枯為礼)
本歌は五七七五七七の形の旋頭歌。「鯨魚(いさな)取り」は、この旋頭歌始め十二例あるが、不思議なことに短歌は一例しかない、枕詞。「海や死にする」は疑問形。
「鯨魚(いさな)取り海は死ぬだろうか、山は死ぬだろうか。死ぬからこそ海は干上がり、山は枯れる」という歌である。
(鯨魚取 海哉死為流 山哉死為流 死許曽 海者潮干而 山者枯為礼)
本歌は五七七五七七の形の旋頭歌。「鯨魚(いさな)取り」は、この旋頭歌始め十二例あるが、不思議なことに短歌は一例しかない、枕詞。「海や死にする」は疑問形。
「鯨魚(いさな)取り海は死ぬだろうか、山は死ぬだろうか。死ぬからこそ海は干上がり、山は枯れる」という歌である。
頭注に「痩せた人を嗤える歌二首」とある。
3853 石麻呂に我れ物申す夏痩せによしといふものぞ鰻捕り食せ [賣世反也]
(石麻呂尓 吾物申 夏痩尓 <吉>跡云物曽 武奈伎取<喫> [賣世反也])
平明歌。
「石麻呂(いしまろ)さんに物申しましょう。夏痩せによいというウナギを捕まえてお食べなさい」という歌である。
3853 石麻呂に我れ物申す夏痩せによしといふものぞ鰻捕り食せ [賣世反也]
(石麻呂尓 吾物申 夏痩尓 <吉>跡云物曽 武奈伎取<喫> [賣世反也])
平明歌。
「石麻呂(いしまろ)さんに物申しましょう。夏痩せによいというウナギを捕まえてお食べなさい」という歌である。
3854 痩す痩すも生けらばあらむをはたやはた鰻を捕ると川に流るな
(痩々母 生有者将在乎 波多也波多 武奈伎乎漁取跡 河尓流勿)
「痩す痩すも」は「痩せに痩せる」という意味。「はたやはた」は「万が一にも」、すなわち「まちがっても」という意味である。
「痩せに痩せても生きていればいいのだから、まちがっても鰻を捕ろうとして川に流されないでおくれよ」という歌である。
左注に大略こうある。「吉田連老(きちだのむらじおゆ)の石麻呂(いしまろ)という人がいた。多く食べ飲んでも痩せ細っていた。そこで大伴家持が戯れにこの歌を作った」。
(2016年8月23日記、2019年4月5日)
(痩々母 生有者将在乎 波多也波多 武奈伎乎漁取跡 河尓流勿)
「痩す痩すも」は「痩せに痩せる」という意味。「はたやはた」は「万が一にも」、すなわち「まちがっても」という意味である。
「痩せに痩せても生きていればいいのだから、まちがっても鰻を捕ろうとして川に流されないでおくれよ」という歌である。
左注に大略こうある。「吉田連老(きちだのむらじおゆ)の石麻呂(いしまろ)という人がいた。多く食べ飲んでも痩せ細っていた。そこで大伴家持が戯れにこの歌を作った」。
(2016年8月23日記、2019年4月5日)