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前回はマロニエの花について一文を弄したが、今回は大永寺(だいえいじ)について記そう。去年の秋以降、私は名古屋市内の名刹(名のある寺)をポツポツと廻り歩いている。機会があれば訪問記をと考えていたが、なかなか実施に移せそうにない。撮ってきた写真はその都度整理してあるが、本エッセイと万葉集の読解で手一杯の私。訪問記にまでなかなか手が回らない。が、最大の理由は、尾張式内社巡りの場合と異なって、記事化してお目に掛けるだけの材料を手中にしていない点にある。単なる観光記と割り切れば記事化は容易。が、多少なりとも一読に値する一文にするには各寺の由緒を始め、その評判や見方等ある程度文献資料に当たる必要がある。
そんなことを言っていては、記事化は不発になり、永久に沙汰やみになりかねない。なので、せめて本エッセイの中で取り上げ、寸感なりを記すつもりになった。
大永寺はそもそもの創建をたどれば建久元年(1190年)と伝えられているので、平安時代にまで遡る名古屋屈指の古刹と考えてよかろう。現在の堂宇は平成8年改築のものというから、非常に新しい部類に入る。が、屈指の古刹がそうさせるのか、境内を取り囲む塀は長大で名刹の趣を宿していた。象徴的なのは樹齢490年と掲示されたラカンマキだ。掲示が改築時の平成8年になされたものと仮定すると、現在、ゆうに500年を越える古木ということになる。500年余の生きたラカンマキ、この木一本だけでも本寺は名古屋屈指の古刹と知らしむるに十分ではなかろうか。
もとより、単なる観光スポットの一つとして所在地を頼りに訪れたに過ぎない私。樹齢ゆうに500年を越えるラカンマキが存在するとは思いも及ばなかった。現地に足を踏み入れてみて初めて知った事実だ。一種のハプニングである。現地におもむくとなにがしかの発見を体験する。うーむ、発見!これだから名刹巡りっていいですね。
(2015年5月13日)
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前回はマロニエの花について一文を弄したが、今回は大永寺(だいえいじ)について記そう。去年の秋以降、私は名古屋市内の名刹(名のある寺)をポツポツと廻り歩いている。機会があれば訪問記をと考えていたが、なかなか実施に移せそうにない。撮ってきた写真はその都度整理してあるが、本エッセイと万葉集の読解で手一杯の私。訪問記にまでなかなか手が回らない。が、最大の理由は、尾張式内社巡りの場合と異なって、記事化してお目に掛けるだけの材料を手中にしていない点にある。単なる観光記と割り切れば記事化は容易。が、多少なりとも一読に値する一文にするには各寺の由緒を始め、その評判や見方等ある程度文献資料に当たる必要がある。
そんなことを言っていては、記事化は不発になり、永久に沙汰やみになりかねない。なので、せめて本エッセイの中で取り上げ、寸感なりを記すつもりになった。
大永寺はそもそもの創建をたどれば建久元年(1190年)と伝えられているので、平安時代にまで遡る名古屋屈指の古刹と考えてよかろう。現在の堂宇は平成8年改築のものというから、非常に新しい部類に入る。が、屈指の古刹がそうさせるのか、境内を取り囲む塀は長大で名刹の趣を宿していた。象徴的なのは樹齢490年と掲示されたラカンマキだ。掲示が改築時の平成8年になされたものと仮定すると、現在、ゆうに500年を越える古木ということになる。500年余の生きたラカンマキ、この木一本だけでも本寺は名古屋屈指の古刹と知らしむるに十分ではなかろうか。
もとより、単なる観光スポットの一つとして所在地を頼りに訪れたに過ぎない私。樹齢ゆうに500年を越えるラカンマキが存在するとは思いも及ばなかった。現地に足を踏み入れてみて初めて知った事実だ。一種のハプニングである。現地におもむくとなにがしかの発見を体験する。うーむ、発見!これだから名刹巡りっていいですね。
(2015年5月13日)