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そ の 108 へ
万葉集読解・・・107(1560~1580番歌)
1560 妹が目を始見の崎の秋萩はこの月ごろは散りこすなゆめ
(妹目乎 始見之埼乃 秋芽子者 此月其呂波 落許須莫湯目)
作者は大伴坂上郎女。跡見田庄(とみのたどころ)での作歌二首。1549番歌にあったように跡見(とみ)は奈良県桜井市内の地名ではないかと見られている。「始見(はつみ)の崎」は跡見田庄内の崎なのだろうが場所は不明。
「妹が目を」は枕詞(?)。「始見の崎に咲いている秋萩よ。今月いっぱいは散らないでおくれ、決して」という歌である。
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万葉集読解・・・107(1560~1580番歌)
1560 妹が目を始見の崎の秋萩はこの月ごろは散りこすなゆめ
(妹目乎 始見之埼乃 秋芽子者 此月其呂波 落許須莫湯目)
作者は大伴坂上郎女。跡見田庄(とみのたどころ)での作歌二首。1549番歌にあったように跡見(とみ)は奈良県桜井市内の地名ではないかと見られている。「始見(はつみ)の崎」は跡見田庄内の崎なのだろうが場所は不明。
「妹が目を」は枕詞(?)。「始見の崎に咲いている秋萩よ。今月いっぱいは散らないでおくれ、決して」という歌である。
1561 吉隠の猪養の山に伏す鹿の妻呼ぶ声を聞くが羨しさ
(吉名張乃 猪養山尓 伏鹿之 嬬呼音乎 聞之登聞思佐)
桜井市の長谷寺近辺に吉隠(よなばり)という地区があるが、猪養(ゐかひ)の山はその東北方の山だという。「伏す鹿の」は「根城にしている鹿」のこと。「猪養の山に住んでいる鹿が妻を呼んで鳴く声を聞くとうらやましい」という歌である。
(吉名張乃 猪養山尓 伏鹿之 嬬呼音乎 聞之登聞思佐)
桜井市の長谷寺近辺に吉隠(よなばり)という地区があるが、猪養(ゐかひ)の山はその東北方の山だという。「伏す鹿の」は「根城にしている鹿」のこと。「猪養の山に住んでいる鹿が妻を呼んで鳴く声を聞くとうらやましい」という歌である。
1562 誰れ聞きつこゆ鳴き渡る雁がねの妻呼ぶ声の羨しくもあるか
(誰聞都 従此間鳴渡 鴈鳴乃 嬬呼音乃 乏蜘在可)
作者は巫部麻蘇娘子(かむなぎべのまそをとめ)。雁の歌。
「誰(た)れ聞きつ」は「どなたかお聞きでしょうか」、「こゆ鳴き渡る」は「ここを鳴き渡っていく」という意味である。結句の「羨しくもあるか」は字余り句だが、別訓もあろう。が、歌意に差し支えないとみてこのままにしておきたい。「どなたかお聞きでしょうか。空を鳴き渡っていく、雁の妻を呼ぶ声を。羨ましいことです」という歌である。
(誰聞都 従此間鳴渡 鴈鳴乃 嬬呼音乃 乏蜘在可)
作者は巫部麻蘇娘子(かむなぎべのまそをとめ)。雁の歌。
「誰(た)れ聞きつ」は「どなたかお聞きでしょうか」、「こゆ鳴き渡る」は「ここを鳴き渡っていく」という意味である。結句の「羨しくもあるか」は字余り句だが、別訓もあろう。が、歌意に差し支えないとみてこのままにしておきたい。「どなたかお聞きでしょうか。空を鳴き渡っていく、雁の妻を呼ぶ声を。羨ましいことです」という歌である。
1563 聞きつやと妹が問はせる雁が音はまことも遠く雲隠るなり
(聞津哉登 妹之問勢流 鴈鳴者 真毛遠 雲隠奈利)
前歌に大伴家持が応えた歌。
読解不要であろう。「聞いたかいとあなたがお尋ねになった雁の鳴き声はもうずっと遠くに去って雲に隠れてしまいました」という歌である。
(聞津哉登 妹之問勢流 鴈鳴者 真毛遠 雲隠奈利)
前歌に大伴家持が応えた歌。
読解不要であろう。「聞いたかいとあなたがお尋ねになった雁の鳴き声はもうずっと遠くに去って雲に隠れてしまいました」という歌である。
1564 秋づけば尾花が上に置く露の消ぬべくも我は思ほゆるかも
(秋付者 尾花我上尓 置露乃 應消毛吾者 所念香聞)
作者は日置長枝娘子(へきのながえをとめ)。
尾花はススキの穂。「秋づいてきて尾花についた露が消えかかりそうに思われてなりません」という歌である。
(秋付者 尾花我上尓 置露乃 應消毛吾者 所念香聞)
作者は日置長枝娘子(へきのながえをとめ)。
尾花はススキの穂。「秋づいてきて尾花についた露が消えかかりそうに思われてなりません」という歌である。
1565 我が宿の一群萩を思ふ子に見せずほとほと散らしつるかも
(吾屋戸乃 一村芽子乎 念兒尓 不令見殆 令散都類香聞)
前歌に大伴家持が応えた歌。
「我が宿の一群(ひとむら)萩を」は「我が庭に咲いている萩の花を」という意味である。「ほとほと」は「すんでのことに」の意。「庭に咲いている萩の花を恋しい人に見せないまますんでのことに散らしてしまうところでした」という歌である。
(吾屋戸乃 一村芽子乎 念兒尓 不令見殆 令散都類香聞)
前歌に大伴家持が応えた歌。
「我が宿の一群(ひとむら)萩を」は「我が庭に咲いている萩の花を」という意味である。「ほとほと」は「すんでのことに」の意。「庭に咲いている萩の花を恋しい人に見せないまますんでのことに散らしてしまうところでした」という歌である。
1566 久方の雨間も置かず雲隠り鳴きぞ行くなる早稲田雁がね
(久堅之 雨間毛不置 雲隠 鳴曽去奈流 早田鴈之哭)
大伴家持の秋の歌四首(1566~1569番歌)。
「久方の」はおなじみの枕詞。「雨間(あまま)も置かず」は「雨と雨の間」という意味と「雨の間中」と二様に取れる。第四句の「鳴きぞ行くなる」がポイント。「鳴きつつ飛んでいく」という意味だが、「雨と雨の間」すなわち「晴れ間」という意味には解し辛い。晴れ間に飛ぶのは当然。「早稲田」は早場米の田。「雨が降っている間も雲に隠れるほど高く遠く鳴きつつ飛んでいく、早稲田の雁」という歌である。
(久堅之 雨間毛不置 雲隠 鳴曽去奈流 早田鴈之哭)
大伴家持の秋の歌四首(1566~1569番歌)。
「久方の」はおなじみの枕詞。「雨間(あまま)も置かず」は「雨と雨の間」という意味と「雨の間中」と二様に取れる。第四句の「鳴きぞ行くなる」がポイント。「鳴きつつ飛んでいく」という意味だが、「雨と雨の間」すなわち「晴れ間」という意味には解し辛い。晴れ間に飛ぶのは当然。「早稲田」は早場米の田。「雨が降っている間も雲に隠れるほど高く遠く鳴きつつ飛んでいく、早稲田の雁」という歌である。
1567 雲隠り鳴くなる雁の行きて居む秋田の穂立繁くし思ほゆ
(雲隠 鳴奈流鴈乃 去而将居 秋田之穂立 繁之所念)
「行きて居(ゐ)む」は「飛んでいって居着く」という意味である。「雲の上で鳴いている雁が飛んでいって居着く秋の田の稲穂のことがしきりに思われる」という歌である。
(雲隠 鳴奈流鴈乃 去而将居 秋田之穂立 繁之所念)
「行きて居(ゐ)む」は「飛んでいって居着く」という意味である。「雲の上で鳴いている雁が飛んでいって居着く秋の田の稲穂のことがしきりに思われる」という歌である。
1568 雨隠り心いぶせみ出で見れば春日の山は色づきにけり
(雨隠 情欝悒 出見者 春日山者 色付二家利)
「雨隠り」は「雨にとじこめられ」の意。「心いぶせみ」は「心はれやらず」。「雨にとじこめられて気が晴れないので、外に出てみたら、春日の山はすっかり色づいていた」という歌である。
(雨隠 情欝悒 出見者 春日山者 色付二家利)
「雨隠り」は「雨にとじこめられ」の意。「心いぶせみ」は「心はれやらず」。「雨にとじこめられて気が晴れないので、外に出てみたら、春日の山はすっかり色づいていた」という歌である。
1569 雨晴れて清く照りたるこの月夜またさらにして雲なたなびき
(雨晴而 清照有 此月夜 又更而 雲勿田菜引)
「なたなびき」は「な~」の禁止形。「雨が上がって清く照り渡ったこの月夜。雲よ、どうかこのままたなびかないでおくれ」という歌である。
左注に「以上四首は天平八年(736年)丙子秋九月作」とある。
(雨晴而 清照有 此月夜 又更而 雲勿田菜引)
「なたなびき」は「な~」の禁止形。「雨が上がって清く照り渡ったこの月夜。雲よ、どうかこのままたなびかないでおくれ」という歌である。
左注に「以上四首は天平八年(736年)丙子秋九月作」とある。
1570 ここにありて春日やいづち雨障み出でて行かねば恋ひつつぞ居る
(此間在而 春日也何處 雨障 出而不行者 戀乍曽乎流)
藤原朝臣八束(ふぢはらのやつか)の歌二首。
「ここにありて」は「ここ家にこもっているが」、「雨障(あまつつ)み」は「雨に妨げられて」の意。「家にこもっているが、春日はどちらの方向だろう。雨に妨げられて出かけるに出かけられず、じっと恋いこがれているばかりです」という歌である。
(此間在而 春日也何處 雨障 出而不行者 戀乍曽乎流)
藤原朝臣八束(ふぢはらのやつか)の歌二首。
「ここにありて」は「ここ家にこもっているが」、「雨障(あまつつ)み」は「雨に妨げられて」の意。「家にこもっているが、春日はどちらの方向だろう。雨に妨げられて出かけるに出かけられず、じっと恋いこがれているばかりです」という歌である。
1571 春日野に時雨降る見ゆ明日よりは黄葉かざさむ高円の山
(春日野尓 <鍾>礼零所見 明日従者 黄葉頭刺牟 高圓乃山)
春日野は平城京の東方に広がる野。高円(たかまど)山は春日山の南、大文字焼きが行われる山。「黄葉かざさむ」はいうまでもなく、高円山自体が黄葉化することである。「春日野にしぐれが降っているのが見える。明日は高円山は黄葉に覆われるだろう」という歌である。
(春日野尓 <鍾>礼零所見 明日従者 黄葉頭刺牟 高圓乃山)
春日野は平城京の東方に広がる野。高円(たかまど)山は春日山の南、大文字焼きが行われる山。「黄葉かざさむ」はいうまでもなく、高円山自体が黄葉化することである。「春日野にしぐれが降っているのが見える。明日は高円山は黄葉に覆われるだろう」という歌である。
1572 我がやどの尾花が上の白露を消たずて玉に貫くものにもが
(吾屋戸乃 草花上之 白露乎 不令消而玉尓 貫物尓毛我)
作者は大伴家持。白露の歌。
「我がやどの」はたびたび出てくるように「我が家の庭の」である。「消たずて」は「消えてしまわないで」すなわち「そのまま」という意味である。「我が家の庭のススキの穂に白露がいっぱい付いている。白玉(真珠)のようにそのまま緒に通して飾りにすることができればなあ」という歌である。
(吾屋戸乃 草花上之 白露乎 不令消而玉尓 貫物尓毛我)
作者は大伴家持。白露の歌。
「我がやどの」はたびたび出てくるように「我が家の庭の」である。「消たずて」は「消えてしまわないで」すなわち「そのまま」という意味である。「我が家の庭のススキの穂に白露がいっぱい付いている。白玉(真珠)のようにそのまま緒に通して飾りにすることができればなあ」という歌である。
1573 秋の雨に濡れつつ居ればいやしけど我妹がやどし思ほゆるかも
(秋之雨尓 所沾乍居者 雖賎 吾妹之屋戸志 所念香聞)
作者は大伴利上(としかみ)。
「いやしけど」は「粗末な」という意味だが、「我妹(わぎも)がやど」にかかっているので「彼女の家の庭」の形容である。「秋雨に濡れて佇んでいると、粗末ながらもかわいい彼女の家の庭が目に浮かぶ」という歌である。
(秋之雨尓 所沾乍居者 雖賎 吾妹之屋戸志 所念香聞)
作者は大伴利上(としかみ)。
「いやしけど」は「粗末な」という意味だが、「我妹(わぎも)がやど」にかかっているので「彼女の家の庭」の形容である。「秋雨に濡れて佇んでいると、粗末ながらもかわいい彼女の家の庭が目に浮かぶ」という歌である。
1574 雲の上に鳴くなる雁の遠けども君に逢はむとた廻り来つ
(雲上尓 鳴奈流鴈之 雖遠 君将相跡 手廻来津)
右大臣橘家で開かれた宴会の歌七首(1574~1580番歌)。
結句の「た廻(もとほ)り来つ」は1256番歌と同様「回り道をしてやってきました」という意味。「雲の上で鳴いている雁のように私は遠いところに住んでいますが、あなた様にお会いしたいと思って回り道をしてやってきました」という歌である。
(雲上尓 鳴奈流鴈之 雖遠 君将相跡 手廻来津)
右大臣橘家で開かれた宴会の歌七首(1574~1580番歌)。
結句の「た廻(もとほ)り来つ」は1256番歌と同様「回り道をしてやってきました」という意味。「雲の上で鳴いている雁のように私は遠いところに住んでいますが、あなた様にお会いしたいと思って回り道をしてやってきました」という歌である。
1575 雲の上に鳴きつる雁の寒きなへ萩の下葉はもみちぬるかも
(雲上尓 鳴都流鴈乃 寒苗 芽子乃下葉者 黄變可毛)
「寒きなへ」の「なへ」は1535番歌や1540番歌に出てきたばかりだが「折りもおり」という意味である。「「雲の上で鳴いている雁の声が寒々と聞こえるが、折しもこの庭の萩の下葉はもう色づいていますね」という歌である。
左注に「右二首」とあって作者は書かれていない。
(雲上尓 鳴都流鴈乃 寒苗 芽子乃下葉者 黄變可毛)
「寒きなへ」の「なへ」は1535番歌や1540番歌に出てきたばかりだが「折りもおり」という意味である。「「雲の上で鳴いている雁の声が寒々と聞こえるが、折しもこの庭の萩の下葉はもう色づいていますね」という歌である。
左注に「右二首」とあって作者は書かれていない。
1576 この岡に小鹿踏み起しうかねらひかもかもすらく君故にこそ
(此岳尓 小牡鹿履起 宇加埿良比 可聞可聞為良久 君故尓許曽)
本歌の左注に「作者は長門守巨曽倍朝臣津嶋(ながとのかみこそべのつしま)」とある。
「かもかもすらく」は965番歌に「凡ならばかもかもせむを畏みと振りたき袖を忍びてあるかも」という形で出てきたが、「ああもしようこうもしよう」という意味である。「うかねらひ」は「窺い狙う」の意。「この岡に牡鹿を踏み起こしあれこれ窺い狙うのもあなたゆえのことです」という歌である。が、なぜ君故なのか不明。歌意不明。
(此岳尓 小牡鹿履起 宇加埿良比 可聞可聞為良久 君故尓許曽)
本歌の左注に「作者は長門守巨曽倍朝臣津嶋(ながとのかみこそべのつしま)」とある。
「かもかもすらく」は965番歌に「凡ならばかもかもせむを畏みと振りたき袖を忍びてあるかも」という形で出てきたが、「ああもしようこうもしよう」という意味である。「うかねらひ」は「窺い狙う」の意。「この岡に牡鹿を踏み起こしあれこれ窺い狙うのもあなたゆえのことです」という歌である。が、なぜ君故なのか不明。歌意不明。
1577 秋の野の尾花が末を押しなべて来しくもしるく逢へる君かも
(秋野之 草花我末乎 押靡而 来之久毛知久 相流君可聞)
次歌の左注から本歌と次歌の作者は阿倍朝臣蟲麻呂(あべのむしまろ)。
「押しなべて」は「踏み倒して」、「来(こ)しくもしるく」は「来た甲斐あって」という意味である。「秋の野のススキの先を押し倒してやってきた甲斐あってあなたにお会いできました」という歌である。
(秋野之 草花我末乎 押靡而 来之久毛知久 相流君可聞)
次歌の左注から本歌と次歌の作者は阿倍朝臣蟲麻呂(あべのむしまろ)。
「押しなべて」は「踏み倒して」、「来(こ)しくもしるく」は「来た甲斐あって」という意味である。「秋の野のススキの先を押し倒してやってきた甲斐あってあなたにお会いできました」という歌である。
1578 今朝鳴きて行きし雁が音寒みかもこの野の浅茅色づきにける
(今朝鳴而 行之鴈鳴 寒可聞 此野乃淺茅 色付尓家類)
「寒みかも」の「~み」はたびたび登場するように「~ので」の意。「今朝鳴いて飛んでいった雁の鳴き声が寒々としていた。この野の浅茅も色づいてきました」という歌である。
(今朝鳴而 行之鴈鳴 寒可聞 此野乃淺茅 色付尓家類)
「寒みかも」の「~み」はたびたび登場するように「~ので」の意。「今朝鳴いて飛んでいった雁の鳴き声が寒々としていた。この野の浅茅も色づいてきました」という歌である。
1579 朝戸開けて物思ふ時に白露の置ける秋萩見えつつもとな
(朝扉開而 物念時尓 白露乃 置有秋芽子 所見喚鶏本名)
「もとな」は618番歌等にあるように、「心もとない」ないしは「しきりに」という意味。「朝、戸を開けて物思う時、白露が降りた萩が見えるがそれを見ていると寒々とした思いに駆られる」という歌である。
(朝扉開而 物念時尓 白露乃 置有秋芽子 所見喚鶏本名)
「もとな」は618番歌等にあるように、「心もとない」ないしは「しきりに」という意味。「朝、戸を開けて物思う時、白露が降りた萩が見えるがそれを見ていると寒々とした思いに駆られる」という歌である。
1580 さを鹿の来立ち鳴く野の秋萩は露霜負ひて散りにしものを
(棹壮鹿之 来立鳴野之 秋芽子者 露霜負而 落去之物乎)
倒置表現の歌。「すでに野の萩の花は露霜を受けて散ってしまったのに、なにゆえ牡鹿はやってきて鳴くのだろう」という歌である。
左注に「右二首は文忌寸馬養(あやのいみきうまかひ)の歌、天平十年戊寅年(738年)秋八月廿日」とある。
(2014年9月15日記)
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(棹壮鹿之 来立鳴野之 秋芽子者 露霜負而 落去之物乎)
倒置表現の歌。「すでに野の萩の花は露霜を受けて散ってしまったのに、なにゆえ牡鹿はやってきて鳴くのだろう」という歌である。
左注に「右二首は文忌寸馬養(あやのいみきうまかひ)の歌、天平十年戊寅年(738年)秋八月廿日」とある。
(2014年9月15日記)