Quantcast
Channel: 古代史の道
Viewing all articles
Browse latest Browse all 1223

古寺慈眼寺

$
0
0
日々つれづれ-12トップへ
 前回慈眼寺を訪れた際、丁寧に場所探しをしていただいたご夫婦に出合って感激したことを述べた。肝心の慈眼寺だが、別途機会を設けて記事化するつもりでいたが、なかなか出来そうにないので、ここで感想だけでも記しておきたい。
 同寺は名古屋市内の名刹中でも屈指の名刹である。私がいう名刹とは創建年が古いというのを第一条件にしているので、やや片寄っているかもしれない。伝承によれば、創建は大同4年(809年)というから滅法古い。延喜式式内社が発表された頃よりも百年ほども古い。遠州秋葉山の三尺坊尊が創建し、永禄三年(1560年)織田信長が桶狭間の戦いの折、中興したと伝えられる由緒深い寺である。
 創建が大同4年以前に遡る寺は、守山区の竜泉寺、中区の長福寺、中川区の荒子観音と宝珠院、中村区の願成寺、南区の笠寺観音、北区の成願寺くらいしか記憶にない。有名な昭和区の興正寺は1686年、千種区の日泰寺は1904年が創建年だから慈眼寺の創建が際だって古いことが分かる。
 さて、正門をくぐるとすぐ本堂かと思ったが、参道がかなり急坂になっていて、結構距離がある。気管支炎気味の私には結構きつかった、が、きつい思いをして境内にたどり着くと、本堂はさらに石段を登らないといけない。寺といいながら神社のような雰囲気を醸し出していた。木立に包まれ、森閑としたたたづまいの本堂だった。村社針名神社を擁しているので、あるいはそのせいかもしれない。
 いずれにしろ、具体的にはっきりしたものはないが、古い名刹に相応しい寺であった。こうしたちょっとした背景を頭に入れていたためか、本当に気分が落ち着き、合掌するときは、そこはかとなく神妙な気分に包まれた。京都ほどではないにしろ、ここ名古屋にもこうした寺があって、有り難い気分になった。
           (2015年10月8日)
イメージ 1

イメージ 2


Viewing all articles
Browse latest Browse all 1223

Trending Articles