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右眼の手術が一ヶ月ほど延びたので、その間に少しでも万葉集の読解を進めておこうと暇をみては進めている。現在巻12にとりかかっているが、恋の歌がえんえんと続いている。これに接していて思ったのは人間の思うことは今も昔もあまり変わらないな、ということである。このことは多くの人が抱く思いだろうが、とりわけ恋の歌に接していると、強く意識させられる。
たとえば万葉集2944番歌に「人言を繁みと妹に逢はずして心のうちに恋ふるこのころ」という歌がある。「人の口が激しいので彼女には逢わないようにし、心の中で恋い焦がれているばかりのこのごろです」という歌である。
しかもどの一つとして同じものはなく、老若男女多くの人々の多くの時間を費やし続けている。こういうことを考えると、古代に生きた万葉の人々の日常の悩みも苦しみも喜びも「ほれたはれた」の世界であったらしいことがうかがえる。全く現代と何ら変わることのない日常だったのである。万葉集、それは現代と変わらぬ日常の喜怒哀楽を表現しているのだ。古代の人々にも「ほれたはれた」の世界があったことを証拠立てる世界的遺産、それが万葉集だと思われてならないのである。
(2015年10月15日)
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右眼の手術が一ヶ月ほど延びたので、その間に少しでも万葉集の読解を進めておこうと暇をみては進めている。現在巻12にとりかかっているが、恋の歌がえんえんと続いている。これに接していて思ったのは人間の思うことは今も昔もあまり変わらないな、ということである。このことは多くの人が抱く思いだろうが、とりわけ恋の歌に接していると、強く意識させられる。
たとえば万葉集2944番歌に「人言を繁みと妹に逢はずして心のうちに恋ふるこのころ」という歌がある。「人の口が激しいので彼女には逢わないようにし、心の中で恋い焦がれているばかりのこのごろです」という歌である。
他方、五木ひろしの「いつでも夢を」という歌の一節に「言っているいる お待ちなさいな いつでも夢を いつでも夢を」とある。「ひそかに思いを寄せる心情」を歌にしている。
むろんこんな恋の心情を披露したものは今も昔も枚挙に暇がない。万葉集では多様な恋の心情はこれでもかこれでもかと詠われていて、もう出尽くしている、と思われるほどだ。ところが、以降えんえんと現代に至るまで、手を変え品を変えて恋の歌は途切れることなく詠われ続けている。しかもどの一つとして同じものはなく、老若男女多くの人々の多くの時間を費やし続けている。こういうことを考えると、古代に生きた万葉の人々の日常の悩みも苦しみも喜びも「ほれたはれた」の世界であったらしいことがうかがえる。全く現代と何ら変わることのない日常だったのである。万葉集、それは現代と変わらぬ日常の喜怒哀楽を表現しているのだ。古代の人々にも「ほれたはれた」の世界があったことを証拠立てる世界的遺産、それが万葉集だと思われてならないのである。
(2015年10月15日)