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万葉集読解・・・201(3270~3279番歌)
3270番長歌
さし焼かむ 小屋の醜屋に かき棄てむ 破れ薦を敷きて 打ち折らむ 醜の醜手を さし交へて 寝らむ君ゆゑ あかねさす 昼はしみらに ぬばたまの 夜はすがらに この床の ひしと鳴るまで 嘆きつるかも
(刺将焼 小屋之四忌屋尓 掻将棄 破薦乎敷而 所挌将折 鬼之四忌手乎 指易而 将宿君故 赤根刺 晝者終尓 野干玉之 夜者須柄尓 此床乃 比師跡鳴左右 嘆鶴鴨)
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万葉集読解・・・201(3270~3279番歌)
3270番長歌
さし焼かむ 小屋の醜屋に かき棄てむ 破れ薦を敷きて 打ち折らむ 醜の醜手を さし交へて 寝らむ君ゆゑ あかねさす 昼はしみらに ぬばたまの 夜はすがらに この床の ひしと鳴るまで 嘆きつるかも
(刺将焼 小屋之四忌屋尓 掻将棄 破薦乎敷而 所挌将折 鬼之四忌手乎 指易而 将宿君故 赤根刺 晝者終尓 野干玉之 夜者須柄尓 此床乃 比師跡鳴左右 嘆鶴鴨)
「さし焼かむ」の「さし」は強意の接頭語。「小屋の醜(しこ)屋に」は罵倒用語、「あの汚らしい小屋に」。「かき棄(う)てむ」の「かき」も強意の接頭語、「とっぱらってうち捨ててやりたい」という意味。「破(や)れ薦(こも)を敷きて」は「あの破れた汚らしい薦を敷いて」である。「あかねさす」と「ぬばたまの」は枕詞。「昼はしみらに」は原文に「晝者終尓」とあるように「昼の終わりまで」すなわち「一日中」。
「あの汚らしい小屋を焼いてうち捨ててやりたい。あの敷いた破れた汚らしい薦をうち折ってやりたい。あの女の薄汚れた手をさし取って寝ているに違いないあの人だもの。悔しくて、終日終夜、この床がぎしぎし鳴るまで嘆いたことだ」という歌である。
「あの汚らしい小屋を焼いてうち捨ててやりたい。あの敷いた破れた汚らしい薦をうち折ってやりたい。あの女の薄汚れた手をさし取って寝ているに違いないあの人だもの。悔しくて、終日終夜、この床がぎしぎし鳴るまで嘆いたことだ」という歌である。
3271 我が心焼くも我れなりはしきやし君に恋ふるも我が心から
(我情 焼毛吾有 愛八師 君尓戀毛 我之心柄)
「はしきやし」は嘆息の声。「焼くのも私の心。あーあ。あなたに恋い焦がれるのもこの心から」という歌である。
以上長反歌二首。
(我情 焼毛吾有 愛八師 君尓戀毛 我之心柄)
「はしきやし」は嘆息の声。「焼くのも私の心。あーあ。あなたに恋い焦がれるのもこの心から」という歌である。
以上長反歌二首。
3272番長歌
うち延へて 思ひし小野は 遠からぬ その里人の 標結ふと 聞きてし日より 立てらくの たづきも知らず 居らくの 奥処も知らず にきびにし 我が家すらを 草枕 旅寝のごとく 思ふそら 苦しきものを 嘆くそら 過ぐしえぬものを 天雲の ゆくらゆくらに 葦垣の 思ひ乱れて 乱れ麻の をけをなみと 我が恋ふる 千重の一重も 人知れず もとなや恋ひむ 息の緒にして
(打延而 思之小野者 不遠 其里人之 標結等 聞手師日従 立良久乃 田付毛不知 居久乃 於久鴨不知 親之 己之家尚乎 草枕 客宿之如久 思空 不安物乎 嗟空 過之不得物乎 天雲之 行莫々 蘆垣乃 思乱而 乱麻乃 麻笥乎無登 吾戀流 千重乃一重母 人不令知 本名也戀牟 氣之緒尓為而)
うち延へて 思ひし小野は 遠からぬ その里人の 標結ふと 聞きてし日より 立てらくの たづきも知らず 居らくの 奥処も知らず にきびにし 我が家すらを 草枕 旅寝のごとく 思ふそら 苦しきものを 嘆くそら 過ぐしえぬものを 天雲の ゆくらゆくらに 葦垣の 思ひ乱れて 乱れ麻の をけをなみと 我が恋ふる 千重の一重も 人知れず もとなや恋ひむ 息の緒にして
(打延而 思之小野者 不遠 其里人之 標結等 聞手師日従 立良久乃 田付毛不知 居久乃 於久鴨不知 親之 己之家尚乎 草枕 客宿之如久 思空 不安物乎 嗟空 過之不得物乎 天雲之 行莫々 蘆垣乃 思乱而 乱麻乃 麻笥乎無登 吾戀流 千重乃一重母 人不令知 本名也戀牟 氣之緒尓為而)
「うち延(は)へて」は強意の「うち」+「延えて」で、「ずっと前から」の意。「思ひし小野は」の小野は最後までこの長歌を読むと「彼女」の寓意と分かる。「標(しめ)結ふと」は縄を張ることだが「印をつける」ほどの意味。「たづき」は「手段」。「奥処(おくか)も知らず」は「奥がどこまでか分からず」すなわち「お先真っ暗」という意味。「にきびにし」(原文:親之)は「慣れ親しんだ」という意味。「過ぐしえぬものを」は「やり過ごすことができないのに」である。「をけをなみと」(原文:麻笥乎無登)は「麻を入れる桶がないので」という意味である。「もとな」は「しきりに」。
「ずっと前から思っていた小野は、遠からぬ里人が標(しめ)を結んだと聞いた。そう聞いた日より私はどうしてよいか手段も浮かばず、お先真っ暗になり、居ても立ってもいられなくなった。住み慣れた我が家すら、草を枕の旅寝のごとく思われ、胸の内は苦しく、やり過ごすことが出来ない。ゆらゆら揺れる天雲のように、また葦(よし)垣のように思い乱れる日々。桶のない麻のように思い乱れ、この恋いごころも千に一つも彼女に知られることもなく、人しれずしきりに恋い焦がれるばかり、息も絶え絶えに」という歌である。
「ずっと前から思っていた小野は、遠からぬ里人が標(しめ)を結んだと聞いた。そう聞いた日より私はどうしてよいか手段も浮かばず、お先真っ暗になり、居ても立ってもいられなくなった。住み慣れた我が家すら、草を枕の旅寝のごとく思われ、胸の内は苦しく、やり過ごすことが出来ない。ゆらゆら揺れる天雲のように、また葦(よし)垣のように思い乱れる日々。桶のない麻のように思い乱れ、この恋いごころも千に一つも彼女に知られることもなく、人しれずしきりに恋い焦がれるばかり、息も絶え絶えに」という歌である。
3273 二つなき恋をしすれば常の帯を三重結ぶべく我が身はなりぬ
(二無 戀乎思為者 常帶乎 三重可結 我身者成)
「二つなき」は「二度とない」という意味。「恋をしすれば」のしは強意の「し」。「常の帯を」は「普段は一重に結ぶ帯を」という意味。「二度とない恋に苦しめられて、普段は一重に結ぶ帯も三重にも結べる身になってしまいました」という歌である。
以上長反歌二首。
(二無 戀乎思為者 常帶乎 三重可結 我身者成)
「二つなき」は「二度とない」という意味。「恋をしすれば」のしは強意の「し」。「常の帯を」は「普段は一重に結ぶ帯を」という意味。「二度とない恋に苦しめられて、普段は一重に結ぶ帯も三重にも結べる身になってしまいました」という歌である。
以上長反歌二首。
3274番長歌
為むすべの たづきを知らに 岩が根の こごしき道を 岩床の 根延へる門を 朝には 出で居て嘆き 夕には 入り居て偲ひ 白栲の 我が衣手を 折り返し ひとりし寝れば ぬばたまの 黒髪敷きて 人の寝る 味寐は寝ずて 大船の ゆくらゆくらに 思ひつつ 我が寝る夜らを 数みもあへむかも
(為須部乃 田付(口+リ)不知 石根乃 興凝敷道乎 石床笶 根延門(口+リ) 朝庭 出居而嘆 夕庭 入居而思 白桍乃 吾衣袖(口+リ) 折反 獨之寐者 野干玉 黒髪布而 人寐 味眠不睡而 大舟乃 徃良行羅二 思乍 吾睡夜等呼 讀文将敢鴨)
為むすべの たづきを知らに 岩が根の こごしき道を 岩床の 根延へる門を 朝には 出で居て嘆き 夕には 入り居て偲ひ 白栲の 我が衣手を 折り返し ひとりし寝れば ぬばたまの 黒髪敷きて 人の寝る 味寐は寝ずて 大船の ゆくらゆくらに 思ひつつ 我が寝る夜らを 数みもあへむかも
(為須部乃 田付(口+リ)不知 石根乃 興凝敷道乎 石床笶 根延門(口+リ) 朝庭 出居而嘆 夕庭 入居而思 白桍乃 吾衣袖(口+リ) 折反 獨之寐者 野干玉 黒髪布而 人寐 味眠不睡而 大舟乃 徃良行羅二 思乍 吾睡夜等呼 讀文将敢鴨)
「たづき」は「とっかかり」ないし「手段」。「こごしき」は「ごつごつ」。「白栲(しろたへ)の」は袖の美称。「ぬばたまの」はおなじみの枕詞。「味寐(うまね)は寝ずて」は「幸せな就寝も出来なくて」すなわち「共寝も出来ずに」という意味である。「数(よ)みもあへむかも」は「数え切れない」。
「為すすべのとっかかりも分からず、岩でごつごつした道を、どっしりした岩床のような門口なのに、朝には門を出て嘆き、夕方には門に入って思い嘆く。白栲の着物の袖を折り返しひとり床につく。折り返した袖に黒髪を敷いて人様のように共寝をすることもなく、ゆらゆら揺れる大船のようにああでもないこうでもないと思いつつ我が寝る夜は数え切れない」という歌である。
「為すすべのとっかかりも分からず、岩でごつごつした道を、どっしりした岩床のような門口なのに、朝には門を出て嘆き、夕方には門に入って思い嘆く。白栲の着物の袖を折り返しひとり床につく。折り返した袖に黒髪を敷いて人様のように共寝をすることもなく、ゆらゆら揺れる大船のようにああでもないこうでもないと思いつつ我が寝る夜は数え切れない」という歌である。
3275 ひとり寝る夜を数へむと思へども恋の繁きに心どもなし
(一眠 夜t跡 雖思 戀茂二 情利文梨)
「心どもなし」は「利き心もない」で「気がしない」という意味である。「独り寝の夜を数えようと思うけれど、恋心の激しさにその気にならない」という歌である。
以上長反歌二首。
(一眠 夜t跡 雖思 戀茂二 情利文梨)
「心どもなし」は「利き心もない」で「気がしない」という意味である。「独り寝の夜を数えようと思うけれど、恋心の激しさにその気にならない」という歌である。
以上長反歌二首。
3276番長歌
百足らず 山田の道を 波雲の 愛し妻と 語らはず 別れし来れば 早川の 行きも知らず 衣手の 帰りも知らず 馬じもの 立ちてつまづき 為むすべの たづきを知らに もののふの 八十の心を 天地に 思ひ足らはし 魂合はば 君来ますやと 我が嘆く 八尺の嘆き 玉桙の 道来る人の 立ち留まり いかにと問はば 答へ遣る たづきを知らに さ丹つらふ 君が名言はば 色に出でて 人知りぬべみ あしひきの 山より出づる 月待つと 人には言ひて 君待つ我れを
(百不足 山田道乎 浪雲乃 愛妻跡 不語 別之来者 速川之 徃<文>不知 衣袂笶 反裳不知 馬自物 立而爪衝 為須部乃 田付乎白粉 物部乃 八十乃心(口+リ) 天地二 念足橋 玉相者 君来益八跡 吾嗟 八尺之嗟 玉<桙>乃 道来人乃 立留 何常問者 答遣 田付乎不知 散釣相 君名日者 色出 人<可>知 足日木能 山従出 月待跡 人者云而 君待吾乎)
百足らず 山田の道を 波雲の 愛し妻と 語らはず 別れし来れば 早川の 行きも知らず 衣手の 帰りも知らず 馬じもの 立ちてつまづき 為むすべの たづきを知らに もののふの 八十の心を 天地に 思ひ足らはし 魂合はば 君来ますやと 我が嘆く 八尺の嘆き 玉桙の 道来る人の 立ち留まり いかにと問はば 答へ遣る たづきを知らに さ丹つらふ 君が名言はば 色に出でて 人知りぬべみ あしひきの 山より出づる 月待つと 人には言ひて 君待つ我れを
(百不足 山田道乎 浪雲乃 愛妻跡 不語 別之来者 速川之 徃<文>不知 衣袂笶 反裳不知 馬自物 立而爪衝 為須部乃 田付乎白粉 物部乃 八十乃心(口+リ) 天地二 念足橋 玉相者 君来益八跡 吾嗟 八尺之嗟 玉<桙>乃 道来人乃 立留 何常問者 答遣 田付乎不知 散釣相 君名日者 色出 人<可>知 足日木能 山従出 月待跡 人者云而 君待吾乎)
「百足らず」は枕詞。「百に足りないから八十(やそ)や五(い)にかかる」とされているが、やや疑問。「波雲の」は本歌一例のみ。枕詞説もあるが「波雲のように美しい妻」と形容句と取る説もある。が、ここは単純に「波雲ただよう山田の道を」でよかろう。「馬じもの」は「馬のように」という意味。「もののふの」は枕詞。「たづき」は前々歌参照。「玉桙の」と「あしひきの」は枕詞。
「波雲ただよう山田の道を、いとしい妻とろくに話もせず、別れてやってきた。早瀬のように行く手も分からず、翻る袖のように引き返そうにも道が分からず、馬のように立ちすくんでつまづき、なすすべも知らない(以上男性の心情)。様々な思い(心)を天地に漂わせ、二人の魂が逢えば、あの人はやって来るかと私は深い深い八尺(やさか)の嘆きに入ってしまった。道をやって来る人が立ち止まって、どうかされたの、と問われたら頬を赤く染め、どうしていいか分からず、さりとてあの人の名を言えば顔に出て人に知れてしまう。なので、月の出を待ってるの、とその人には答えてあなたを待ちます(後半部女性の心情)」という歌である。
「波雲ただよう山田の道を、いとしい妻とろくに話もせず、別れてやってきた。早瀬のように行く手も分からず、翻る袖のように引き返そうにも道が分からず、馬のように立ちすくんでつまづき、なすすべも知らない(以上男性の心情)。様々な思い(心)を天地に漂わせ、二人の魂が逢えば、あの人はやって来るかと私は深い深い八尺(やさか)の嘆きに入ってしまった。道をやって来る人が立ち止まって、どうかされたの、と問われたら頬を赤く染め、どうしていいか分からず、さりとてあの人の名を言えば顔に出て人に知れてしまう。なので、月の出を待ってるの、とその人には答えてあなたを待ちます(後半部女性の心情)」という歌である。
3277 寐も寝ずに我が思ふ君はいづくへに今夜誰れとか待てど来まさぬ
(眠不睡 吾思君者 何處邊 今夜誰与可 雖待不来)
特に読解を要さない平明歌。「寝るに寝られずに思い続けているあの人はどこへいかれたのだろう。今夜誰かと逢っているのかしら。待てども待てどもいらっしゃらない」という歌である。
以上長反歌二首。
(眠不睡 吾思君者 何處邊 今夜誰与可 雖待不来)
特に読解を要さない平明歌。「寝るに寝られずに思い続けているあの人はどこへいかれたのだろう。今夜誰かと逢っているのかしら。待てども待てどもいらっしゃらない」という歌である。
以上長反歌二首。
3278番長歌
赤駒を 馬屋に立て 黒駒を 馬屋に立てて そを飼ひ 我が行くがごと 思ひ妻 心に乗りて 高山の 嶺のたをりに 射目立てて しし待つがごと 床敷きて 我が待つ君を 犬な吠えそね
(赤駒 厩立 黒駒 厩立而 彼乎飼 吾徃如 思妻 心乗而 高山 峯之手折丹 射目立 十六待如 床敷而 吾待君 犬莫吠行年)
赤駒を 馬屋に立て 黒駒を 馬屋に立てて そを飼ひ 我が行くがごと 思ひ妻 心に乗りて 高山の 嶺のたをりに 射目立てて しし待つがごと 床敷きて 我が待つ君を 犬な吠えそね
(赤駒 厩立 黒駒 厩立而 彼乎飼 吾徃如 思妻 心乗而 高山 峯之手折丹 射目立 十六待如 床敷而 吾待君 犬莫吠行年)
直前の長反歌と同様、今回も男性と女性の心情が詠われている。「赤駒」や「黒駒」は馬のこと。「嶺のたをりに」は「峰のくぼんだ所、すなわち鞍部」。「射目(いめ)立てて」は隠れて獲物を狙うための道具か?。「しし待つがごと」は原文に「十六待如」とあり、九九の四四である。当時からすでに九九算は行われていたらしい。鹿や猪などの獲物。「犬な吠えそね」は禁止形「な~」の形。
「赤駒と黒駒を馬小屋で飼い、それに乗って行くかのようにいとしい妻が心に乗りかかってくる(以上男性の心情)。高山の嶺の鞍部に射目をたてかけて獲物を待ち伏せするように床を敷いてあの人を待っているのですから犬よ吠えないでおくれ(後半部女性の心情)」という歌である。
「赤駒と黒駒を馬小屋で飼い、それに乗って行くかのようにいとしい妻が心に乗りかかってくる(以上男性の心情)。高山の嶺の鞍部に射目をたてかけて獲物を待ち伏せするように床を敷いてあの人を待っているのですから犬よ吠えないでおくれ(後半部女性の心情)」という歌である。
3279 葦垣の末かき分けて君越ゆと人にな告げそ事はたな知れ
(蘆垣之 末掻別而 君越跡 人丹勿告 事者棚知)
「末かき分けて」は「かきわけてその上を」という意味。「事はたな知れ」は長歌の犬に向かって言った言葉。「事情を察してよく聞き分けておくれ」という意味である。「葦垣をかきわけてその上をあの人は越えていらっしゃるのですから人には気づかれないように、事情を察してよく聞き分けて(吠えないで)おくれ」という歌である。
以上長反歌二首。
(2016年2月7日記)
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(蘆垣之 末掻別而 君越跡 人丹勿告 事者棚知)
「末かき分けて」は「かきわけてその上を」という意味。「事はたな知れ」は長歌の犬に向かって言った言葉。「事情を察してよく聞き分けておくれ」という意味である。「葦垣をかきわけてその上をあの人は越えていらっしゃるのですから人には気づかれないように、事情を察してよく聞き分けて(吠えないで)おくれ」という歌である。
以上長反歌二首。
(2016年2月7日記)