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万葉集読解・・・14-1(145~158番歌)

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     万葉集読解・・・14-1(145~158番歌)
 頭注に「山上臣憶良が追和した歌」とある。
0145 鳥翔成あり通ひつつ見らめども人こそ知らね松は知るらむ
      (鳥翔成 有我欲比管 見良目杼母 人社不知 松者知良武)
 「鳥翔成」について「岩波大系本」は古来難訓とし、平安時代の訓は「トリハナル」としている。これに対し「中西本」や「伊藤本」は「「天翔り」(アマガケリ)としている。さらに「佐々木本」は「つばさなす」としている。万葉集中「翔」の文字が使用されているのは本歌以外に長短歌あわせて5例ある。「翔」は5例ともすべて「鳥がかける」という意味で使われている。「鶴翔る見ゆ」(1189番歌)ほか「鴨翔る見ゆ」、「天雲翔る雁」等である。本歌の場合は「鳥翔成」とちゃんと鳥が入っているので、「鳥が翔る」という意味に相違ない。私の見解は「翔る鳥になって」である。「あり通ひつつ」は「常に飛び回りながら」という意味である。
 「翔る鳥になって皇子は常に飛び回りながら見ておられるが、われわれ人には分からないけれど、松は知っていることだろう」という歌である。
 左注に「右一連の歌は柩を引くときの挽歌ではないが、その歌の心からして挽歌に準じるものとしてここ挽歌に載せた」とある。

 頭注に「大宝元年(辛丑年)、紀伊國に幸(いでま)す時に結び松を見ての歌」とあり、細注に「柿本朝臣人麻呂の歌集の中にある」とある。この時の天皇は四十二代文武天皇。
0146 後見むと君が結べる岩代の小松がうれをまたも見むかも
      (後将見跡 君之結有 磐代乃 子松之宇礼乎 又将見香聞)
 「君が結べる」の「君」は有間皇子(141番歌)。「小松がうれ」は「松の梢(こずえ)。
 「後で見ようと皇子が結んだ岩代の小松の梢(こずえ)を私も見ることになるでしょうか。(さぞかしご無念だったでしょうね)」という歌である。

 頭注に「近江大津宮天皇の御代、天命開別天皇(あめみことひらかすわけのすめらみこと)」とあり、細注に「謚名(おくりな)は天智天皇」とある。三十八代天智天皇。
 さらに頭注に「天皇、病床の際、大后の奉った歌」とある。大后(おほきさき)は倭姫王。
0147 天の原振り放け見れば大君の御寿は長く天足らしたり
      (天原 振放見者 大王乃 御壽者長久 天足有)
大君(おおきみ)は天皇のこと。「天の原振り放け見れば」は「天空を振り仰いでみますと」という意味である。
 「天空を振り仰いでみますと、大君のお命は長く広く天に満ち足りております」という歌である。
 「足り」は天皇を指す時もある。諱(いみな)に足彦(たらしひこ)を持つ天皇もあって、六代孝安天皇、十二代景行天皇、十三代成務天皇がそうである。

 頭注に「一書にいう。近江天皇の御病急変の時大后の奉った御歌」とある。天皇は三十八代天智天皇。大后は倭姫王。
0148 青旗の木幡の上を通ふとは目には見れども直に逢はぬかも
      (青旗乃 木旗能上乎 賀欲布跡羽 目尓者雖視 直尓不相香裳)
 天皇の病が重態の際の皇后の歌。「青旗の」は「青々と樹木の茂る」という意味。木幡山は京都府宇治市北部の山。「通ふ」は「大君の御霊が往来する」こと。
 「青々と樹木の茂る木幡山の上を御霊が往来しているのは、この私にははっきり見えますが、直接お姿に出合うことはできません」という悲痛な歌である。

 頭注に「天皇崩御の際倭大后の御歌」とある。天皇は三十八代天智天皇。大后は倭姫王。
0149 人はよし思ひやむとも玉葛影に見えつつ忘らえぬかも
      (人者縦 念息登母 玉蘰 影尓所見乍 不所忘鴨)
 「よし」は「たとえ」。玉葛(たまかずら)は玉藻などと同じく美称(御かずら)。葛の冠だが、「影に」と合わせて御面影と解すればいいだろう。夫を思う心情が切々と伝わってくる歌。
 「たとえ人々は忘れさることがあっても、玉葛を冠った大君の面影が見えていて、忘れ去ることができましょうか」という歌である。

 頭注に「天皇崩御の時婦人作歌」とあり、細注に「姓氏未詳」とある。天皇は三十八代天智天皇。
0150番 長歌
   うつせみし 神に堪へねば 離れ居て 朝嘆く君 放り居て 我が恋ふる君 玉ならば 手に巻き持ちて 衣ならば 脱く時もなく 我が恋ふる 君ぞ昨夜の夜 夢に見えつる
   (空蝉師 神尓不勝者 離居而 朝嘆君 放居而 吾戀君 玉有者 手尓巻持而 衣有者 脱時毛無 吾戀 君曽伎賊乃夜 夢所見鶴)

「  長歌は用語の解説を最小限にとどめる。「うつせみし」は「この世の身」ということ。しは強意。「神に堪(あ)へねば」は「神と一緒にお共できず」という意味。

 (口語訳)
   この世の身である私、神様のようにお供ができず、こうして離れたまま、嘆きつつお慕いするしかありません。もし大君が玉なら手に巻き付けていよう、着物なら脱ぐこともなく、恋い焦がれていましょうに。昨夜、その大君が夢にみえました。

 頭注に「天皇の大殯の時の歌二首」とある。天皇は三十八代天智天皇。大殯(おほあらき)は葬儀のこと。
0151 かからむとかねて知りせば大御船泊てし泊りに標結はましを [額田王]
      (如是有乃 懐知勢婆 大御船 泊之登萬里人 標結麻思乎 [額田王])
 上二句「如是有乃 懐知勢婆」は文字面だけだと難解。「懐」を「岩波大系本」は「こころ」、「中西本」は「おもひ」と読んでいる。が、そう読むと歌意不明となる。「かからむの懐(おもひ)知りせば」だと、天智天皇が望んで死のうと思っていたことになってしまう。百歩譲って額田王側からみた天皇の「懐」としても妙だ。裸で「~の懐」は妙。最低限、「御懐」と「御」が入る筈。「伊藤本」はこの二句を「かからむとかねて知りせば」と読んでいる。この方が歌意が遙かに自然なので私もそう表記しておきたい。「標結はましを」は「標縄を張っておくんでしたのに」という意味である。
 「お亡くなりになると知っていれば、あらかじめ、大御船が泊っている港に標縄を張って悪霊からお守りするんでしたのに」という歌である。

0152 やすみしし我ご大君の大御船待ちか恋ふらむ志賀の唐崎 [舎人吉年]
      (八隅知之 吾期大王乃 大御船 待可将戀 四賀乃辛埼 [舎人吉年])
 「やすみしし」は枕詞。全部で26例に及ぶが大部分は長歌。短歌は3例のみ。「志賀の唐崎」は倒置表現で、さらに擬人化されている。志賀の辛崎は滋賀県琵琶湖西南岸に営まれた大津京の近辺。
 「天皇の大御船を停泊させて待ち焦がれているのかい。志賀の唐崎よ」という歌である。

 頭注に「大后の御歌」とある。大后は三十八代天智天皇の后。倭姫王。
0153番 長歌
   鯨魚取り 近江の海を 沖放けて 漕ぎ来る船 辺付きて 漕ぎ来る船 沖つ櫂 いたくな撥ねそ 辺つ櫂 いたくな撥ねそ 若草の 夫の 思ふ鳥立つ
   (鯨魚取 淡海乃海乎 奥放而 榜来船 邊附而 榜来船 奥津加伊 痛勿波祢曽 邊津加伊 痛莫波祢曽 若草乃 嬬之 念鳥立)

  「鯨魚(いさな)取り」は枕詞。12例ある。「沖放(さ)けて」は「遙かな沖」のこと。「辺付きて」は「岸近く」のこと。「若草の」は夫ないし妻の美称。

 (口語訳)
   近江の海(琵琶湖)の遙かな沖を漕ぎ来る船、岸近く漕ぎ来る船。漕ぐ櫂で沖の波を強く立たすな。岸近くの波を強く立たすな。若草のような夫が思う鳥が飛び立つではないか。

 頭注に「石川夫人の歌」とある。天皇の夫人の一人。
0154 ささ浪の大山守は誰がためか山に標結ふ君もあらなくに
      (神樂浪乃 大山守者 為誰<可> 山尓標結 君毛不有國)
 ささ浪(なみ)は大津京が営まれた琵琶湖沿岸部。大山守は宮廷所有の山の番人。
 「近江大津京のお山の大山守はどなたのために標縄を張ってお守りするのでしょう。主の天皇はもういらっしゃらないのに」という歌である。

 頭注に「山科の御陵から退出してくる時、額田王が作った歌」とある。京都市の山科に天智天皇の御陵がある。
0155番 長歌
   やすみしし 我ご大君の 畏きや 御陵仕ふる 山科の 鏡の山に 夜はも 夜のことごと 昼はも 日のことごと 哭のみを 泣きつつありてや ももしきの 大宮人は 行き別れなむ
   (八隅知之 和期大王之 恐也 御陵奉仕流 山科乃 鏡山尓 夜者毛 夜之盡 晝者母 日之盡 哭耳<呼> 泣乍在而哉 百礒城乃 大宮人者 去別南)

「やすみしし」と「ももしきの」は枕詞。「鏡の山」は山科御陵の背後の山。

 (口語訳)
   恐れ多くも大君の御陵に仕える山科の鏡の山で、夜は夜どおし、昼は日中ずっと、仕えて声をあげて泣き続ける。都に仕えていた大宮人たちは三々五々去っていく。

 頭注に「明日香清御原宮の御代」とあって、細注に「天渟中原瀛真人天皇(あまのぬなはらおきのまひとのすめらみこと、謚名(おくりな)して天武天皇」とある。四十代天武天皇。
 さらに頭注に「十市皇女(とをちのひめみこ)薨去の時、高市皇子尊(たけちのみこのみこと)の御作歌三首」とある。十市皇女は天武天皇の皇女、額田王の子。高市皇子尊は天武天皇の第一皇子。
0156 三諸の神の神杉夢にだに見むとすれども寝ねぬ夜ぞ多き
      (三諸之 神之神須疑 已具耳矣自得見監乍共 不寝夜叙多)
 訓みは「岩波大系本」に従っている。三、四句の「已具耳矣自得見監乍共」は難訓とされ、不明。「三諸の神」は奈良県桜井市三輪にある大神神社。
 「三輪の神の杉を夢にでも見たいものだが、(悲しくて)眠られぬ夜が多い」という歌である。

0157 三輪山の山辺真麻木綿短木綿かくのみ故に長くと思ひき
      (神山之 山邊真蘇木綿 短木綿 如此耳故尓 長等思伎)
 三輪山は前歌参照。真麻木綿(まそゆふ)も短木綿(みじかゆふ)も布のことである。
 「三輪山の山辺の真麻木綿(まそゆふ)も短木綿(みじかゆふ)も短い故に亡くなってしまったのか。もっと長生きしてほしかったのに」という歌である。

0158 山吹の立ちよそひたる山清水汲みに行かめど道の知らなく
      (山振之 立儀足 山清水 酌尓雖行 道之白鳴)
 山吹は鮮やかな黄色い花。山清水は泉。自然に『古事記』や『日本書紀』に語られている黄泉(よみ)の国(死者の国)が想起される。
 「まっ黄色な山吹の花々に彩られた山清水(泉)に水くみに行きたいのだが道が分からない」という歌である。
 左注に「紀にいう。(天武)七年(戊寅年)夏四月丁亥を朔(ついたち)とする癸巳の日(七日)十市皇女突然病を発し宮中で亡くなる」とある。
        (2013年3月3日記、2017年7月11日)
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