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Channel: 古代史の道
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日々草

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 最近路傍や玄関先でよく見かける花に日々草がある。プランタ-などに植えられていて、全面を覆うように開花している。日々草とは面白い名の花で、一度聞いたら忘れようがない。どうも日々花が咲き替わるので命名されたようだ。一重だけの可憐な感じの花で、ちょっと比喩が妙なのだが、幼女が手を広げたような可愛く、美しい花だ。手を広げた形容に使われるのは赤子の手というのが普通。それを幼女の手のようだ、と形容したのは、実物を見ると納得されよう。赤、白、ピンクと色々目にするが、赤ちゃんの手のように丸々してはいるが、花弁が薄く、どこか今少し成長した幼女の手を連想させる。
 さて、この花は日本古来の花ではないようだ。古文に接している私の記憶にない。ネットで調べれば分かるだろうが、この日々草についてはなぜかそうしたくない思いが湧いている。外来種なのだろうが、どこか日本古来の花のような可憐さや幼児っぽさがある。
 日々草を詠み込んだ俳句や短歌は記憶にないが、外来種だからであろうか。が、私には親しみやすく、奇妙だが、遠い遠い過去に過ぎ去った、日々の日常生活が眼前に浮かんでくる。
    行ってきます手を振る我れに日々草          (桐山芳夫)
    日々草はさんで主婦と立ち話             (桐山芳夫)
    常日頃送り迎えの園児たち足元に咲く花日々草     (桐山芳夫)
    日々草ベンチに掛けて打合せあまりになつかし現役時代 (桐山芳夫)
 一辺の草花などどうでもいいようだが、路傍に植えられた日々草を眺めていると、自分の暮らしてきた過去の生活空間が思い浮かんでくる。そうして、そうした過去の生活の果てに自分はここにいるんだという気になる。たかが一辺の草花に過ぎない日々草。されど親しき日々草。明日への元気をもらったようで、サンキュ-である。
             (2017年8月5日)
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