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万葉集読解・・・61(855~867番歌)

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     万葉集読解・・・61(855~867番歌)
 頭注に「蓬客、更に贈った歌三首」とある。蓬客は旅にある人のことで、ここでは大伴旅人を指している。
0855   松浦川川の瀬光り鮎釣ると立たせる妹が裳の裾濡れぬ
      (麻都良河波 可波能世比可利 阿由都流等 多々勢流伊毛<何> 毛能須蘇奴例奴)
 松浦川は佐賀県松浦郡内を流れる川。その澄み切った美しい谷川で鮎を釣ろうとしている美しく気品のある乙女たち。その裳裾が濡れている。美しい光景である。その一瞬の光景を捉えた秀歌である。
 「松浦川の瀬が陽光を受けて光っている。そこに立って鮎を釣ろうと糸を垂れている気品ある娘。その彼女の裳裾が濡れている」という歌である。

0856   松浦なる玉島川に鮎釣ると立たせる子らが家道知らずも
      (麻都良奈流 多麻之麻河波尓 阿由都流等 多々世流古良何 伊弊遅斯良受毛)
 玉島川は佐賀県松浦郡内を流れる川。一読して分かる平明歌。
 「玉島川に立って鮎釣りをしている美しいお嬢さんがたよ。あなたたちの家道は知りませんけれど」という歌である。

0857   遠つ人松浦の川に若鮎釣る妹が手本を我れこそ卷かめ
      (等富都比等 末都良能加波尓 和可由都流 伊毛我多毛等乎 和礼許曽末加米)
 「遠つ人」は「遠くにいる人」で、松浦の松はむろん「待つ」の意に掛けている。
 「遠くにいる人を待つという松浦川、その松浦川で若鮎を釣る娘さんよ、あなたと共寝したいことよ」という歌である。

 頭注に「さらに娘たちが応えた歌三首」とある。
0858   若鮎釣る松浦の川の川なみの並にし思はば我れ恋ひめやも
      (和可由都流 麻都良能可波能 可波奈美能 奈美邇之母波婆 和礼故飛米夜母)
 上三句「~川なみの」は「波」を「並」で受けるための序歌。「恋ひめやも」は反語表現で、「恋しく思うでしょうか」という意味である。
 「若鮎釣る松浦川に川波が立っています。その波ではありませんが、並の気持であったならこんなにも恋しく思うでしょうか」という歌である。

0859   春されば我家の里の川門「には鮎子さ走る君待ちがてに
      (波流佐礼婆 和伎覇能佐刀能 加波度尓波 阿由故佐婆斯留 吉美麻知我弖尓)
 「春されば」の「されば」は万葉歌に使用例の多い用語。「来れば」という意味である。「川門(かはと)」は「川が狭くなっている所」ないし「川の渡り場」のこと。
 「春が来るとわが里の川門ではあなた様を待ちかねて鮎の子がぴちぴちと跳ね回っています」という歌である。

0860   松浦川七瀬の淀は淀むとも我れは淀まず君をし待たむ
      (麻都良我波 奈々勢能與騰波 与等武等毛 和礼波与騰麻受 吉美遠志麻多武)
 松浦川は佐賀県松浦郡内を流れる川。「七瀬の淀」は「数多くの瀬の淀み」のこと。「君をし」は強意のし。
 「松浦川の多くの瀬では水の流れが滞おりますが、私は滞おることなくあなたさまのおいでを一心にお待ちしています」という歌である。

 頭注に「後に応えた歌三首」とあり、細字に「帥老(長官)」とある。
0861   松浦川川の瀬早み紅の裳の裾濡れて鮎か釣るらむ
      (麻都良河波 <可>波能世波夜美 久礼奈為能 母能須蘇奴例弖 阿由可都流良<武>)
 「松浦川」は前歌参照。「川の瀬早み」は「~なので」のみ。「鮎か釣るらむ」は「鮎を釣っていることだろう」という意味である。「紅の裳の裾濡れて」が効いた美しい光景歌である。
 「松浦川の川瀬が早いので、娘たちは紅の裳裾を濡らしながら今頃鮎を釣っていることだろう」という歌である。

0862   人皆の見らむ松浦の玉島を見ずてや我れは恋ひつつ居らむ
      (比等未奈能 美良武麻都良能 多麻志末乎 美受弖夜和礼波 故飛都々遠良武)
 「松浦の玉島」は佐賀県松浦郡内を流れる玉島川のこと。「我れは恋ひつつ居らむ」を字義どおり解して「私は恋慕っていることだろうか」(「岩波大系本」解)などとすると歌意が不明瞭になる。反語表現句で、「ああ一度みてみたいものだ」という意味である。
 「人々の誰もが見るという、あの評判の玉島川を見ないで、私はじっと恋慕っていなければならないのだろうか」という歌である。

0863   松浦川玉島の浦に若鮎釣る妹らを見らむ人の羨しさ
      (麻都良河波 多麻斯麻能有良尓 和可由都流 伊毛良遠美良牟 比等能等母斯佐)
 玉島は前歌参照。平明歌。
 「玉島の浦で若鮎を釣っている美しい娘たちを見てきたという人が羨ましい」という歌である。

 以下、吉田宣(よしだよろし)が大伴旅人に宛てた書簡。吉田宣は奈良の都の医師らしい。太宰府から贈った歌を読んで返書を送り、四首の歌を添えてきた。返書の概要は以下の通り。
 「天平二年(730年)四月六日付けの書簡拝受しました。素晴らしいお手紙に心が晴れ晴れとし、楽しく拝読致しました。辺境の地(太宰府)に任務を果たすことになり、都にいた頃を懐かしんで心を傷め、涙を流す、と仰っておられますが、中国の故事には、達人は物事に安んじ、君子は独りにして愁いがないと申します。色々な故事にありますように、後漢の魯恭、晋の孔愉、前漢の張敞等、後々まで令名を馳せた臣下はいくらもございます。どうかご長命であらせられんことを。
 梅園での歌の数々、松浦の川瀬で交わされた仙女とのやりとり、素晴らしいの一言です。互いに遠く大海を隔てておりますが、謹んで返書をしたためます。」
 こう要約すると何でもない返書に見える。が、その実、馬鹿丁寧で、中国の故事を元にした用語や人名が盛り込まれていて、ややうんざりする。当時の高級官吏の書簡の一例がここに示されている。
 書簡にかかる注目点が二つある。
 ひとつは書簡のやりとりの期間。旅人邸で梅花を愛でる宴が開かれたのは正月十三日。そしてそこで詠われた歌等を納めて旅人が書簡を送ったのが四月六日。ざっと三ヶ月である。それが宣(よろし)の手に届いて宣(よろし)が返書をしたためたのが七月十日。つまり、太宰府から奈良まで三ヶ月弱かかったらしいことである。
 ふたつには思い思いに詠われた49首もの歌作が旅人自身の手中に集められていたらしいことである。歌には作者の名や状況も記されているので、単に集められただけではなく、きちんと整理され、編集されたことがうかがえるのである。
 以上、二点は万葉集の編者や成立過程を探るうえで大きな手がかりを与えてくれていると思うのでここに記しておきたい。

 以下、宣(よろし)の返歌四首が詠われている。

 諸人の梅花に応え奉る、宣(よろし)の一首。
0864   後れ居て長恋せずは御園生の梅の花にもならましものを
      (於久礼為天 那我古飛世殊波 弥曽能不乃 于梅能波奈尓<忘> 奈良麻之母能乎)
 「後れ居て」は「宴に参加も出来ず取り残されて」という意味。「長恋せずは」は「長らく宴のことを思っているくらいなら」という意味である。
 「宴に参加も出来ず取り残されて長らく宴のことを思っているくらいなら、いっそ御園に咲き誇る梅の花になってしまいたい」という歌である。

 松浦の仙媛の歌に応える歌一首
0865   君を待つ松浦の浦の娘子らは常世の国の海人娘子かも
      (伎弥乎麻都 々々良乃于良能 越等賣良波 等己与能久尓能 阿麻越等賣可<忘>)
 松浦川は佐賀県松浦郡内を流れる川。「常世(とこよ)の国」は海の彼方の理想郷、不老不死の国、死者の国等様々にイメージされている。が、ここでは不老不死とされる神仙思想の国をさしている。
 「あなた様(大伴旅人)を待っているという松浦の浦の娘子たちは神仙郷の漁夫の娘子たちかも知れません」という歌である。

 君への思いが尽きない歌二首
0866   はろはろに思ほゆるかも白雲の千重に隔てる筑紫の国は
      (波漏々々尓 於忘方由流可母 志良久毛能 <知>弊仁邊多天留 都久紫能君仁波)
 一読して分かる平明歌。
 「白雲が幾重にも重なったさらにその先にある遠い遠い国筑紫を遙か遠くから思いやっています」という歌である。

0867   君が行き日長くなりぬ奈良道なる島の木立も神さびにけり
      (枳美可由伎 氣那<我>久奈理奴 奈良遅那留 志満乃己太知母 可牟佐飛仁家理)
 「君が行き日(け)長くなりぬ」は「あなたさまが太宰府に行かれてから随分経ちました」という意味である。「島の木立も」は「あなた様の庭の木立」という意味である。これを「岩波大系本」以下各書とも「山斎の木立も」と表記して山斎に「しま」と仮名をふっている。原文は「志満乃」ではっきり「島の」とある。「島」は170番歌に「嶋の宮まがりの池の放ち鳥人目に恋ひて池に潜かず」とあるように「邸宅の庭」の意に使われている。わざわざ「山斎」の表記をする必要はない。なので私は原文に従い「島」としておきたい。「神さびにけり」は古びて荒れている」という意味である。
  「あなた様が太宰府に赴任されてから随分日が経ち、奈良道にあるあなたさまの邸宅の木立は古びて荒れております」という歌である。

 以上の四首の後の文末に次のような日付が記されている。      
   天平二年七月十日
           (2013年11月23日記、2018年1月11日記)
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