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万葉集読解・・・63(883~891番歌)

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     万葉集読解・・・63(883~891番歌)
 頭注に「三嶋王(みしまのおほきみ)後に松浦佐用姫伝説に応えた歌」とある。三嶋王は舎人親王(とねりしんのう)の子、すなわち天武天皇の孫にあたる人物。
0883   音に聞き目にはいまだ見ず佐用姫が領巾振りきとふ君松浦山
      (於登尓吉岐 目尓波伊麻太見受 佐容比賣我 必礼布理伎等敷 吉民萬通良楊満)
 さきに、太宰府長官大伴旅人の一行は松浦川(佐賀県松浦郡内を流れる玉島川)を遊行し、佐用姫伝説に絡むいくつかの歌を残している。佐用姫伝説とは、姫の夫であった大伴佐提比古(おほとものさぢひこ)が朝命により朝鮮半島の任那(みまな)に渡っていく際、別れを悲しんで山の上に登り、領巾(ひれ)を振ったという伝説のこと。旅人はこの時の模様を歌とともに吉田連宣(よろし)や山上憶良に手紙に認めて送り届けている。さらに、三嶋王にも届けたのだろうか。
 それはさておき、本題に入ろう。「音に聞き」は「噂には聞いているが」という意味である。したがって「目にはいまだ見ず」は「まだ実際に訪れたことはない」という意味になる。結句の「君松浦山」。「君を待つ」を「君を松」にかけている。「君」は姫の夫、大伴佐提比古を指している。
 「噂には聞いているがまだ実際に訪れたことはない、佐用姫が夫を待って領巾(ひれ)を振ったという、その浦山を」という歌である。

 頭注に「大伴君熊凝(おほとものきみくまごり)の歌二首」とあり、細注に「大典麻田陽春(あさだのやす)作」とある。大伴君熊凝は886番長歌の山上憶良の序文に言及がある。肥後国の人。大典は太宰府の四等官で、身分は正七位上相当。569番歌及び570番歌の作者。ここは熊凝に代わって陽春が作った代作。
0884   国遠き道の長手をおほほしく今日や過ぎなむ言どひもなく
      (國遠伎 路乃長手遠 意保々斯久 計布夜須疑南 己等騰比母奈久)
 「国遠き道」は「故郷の国から遠い道」のこと。「長手」は「長い道中」。「おほほしく」は「ぼんやり」、「不安」ないし「憂鬱」という意味。「過ぎなむ」は「死んでいく」ことをこう言ったもの。「言どひもなく」は「別れを告げることもなく」という意味である。
 「故国から遠い旅路にあって、恨めしくも今日ここに死んでゆくのか、誰に別れも告げることもなく」という歌である。

0885   朝露の消やすき我が身他国に過ぎかてぬかも親の目を欲り
      (朝露乃 既夜須伎我身 比等國尓 須疑加弖奴可母 意夜能目遠保利)
 「朝露の消(け)やすき我が身」は「朝露のように消えやすい我が命だけれども」である。
 「はかないわが命だけれども他国では死ぬにも死にきれない。両親の前で死にたい」という歌である。

 頭注に「謹んで熊凝(くまごり)の志を述べる歌六首と序文 筑前國守山上憶良」とある。序文は大略次の通り。
 「君熊凝(きみくまごり)は肥後国(熊本県)益城郡(ましきのこほり)の人でまだ十八歳の若者。天平三年(731)七月十七日、力士を引率して京にのぼる某国司(長官)の従者として京をめざした。その途上病気になり、安芸国佐伯郡(広島県)で没した。死に臨んで若者は、自分は死んでも致し方ないが故郷の両親に話すことも出来ずこのまま死ぬのは恨めしい、と述べた。そして以下の6首の歌を作って死んだ」
0886番 長歌
   うちひさす 宮へ上ると たらちしや 母が手離れ 常知らぬ 国の奥処を 百重山 越えて過ぎ行き いつしかも 都を見むと 思ひつつ 語らひ居れど おのが身し 労はしければ 玉桙の 道の隈廻に 草手折り 柴取り敷きて 床じもの うち臥い伏して 思ひつつ 嘆き伏せらく 国にあらば 父とり見まし 家にあらば 母とり見まし 世間は かくのみならし 犬じもの 道に伏してや 命過ぎなむ [一云 我が世過ぎなむ]
   (宇知比佐受 宮弊能保留等 多羅知斯夜 波々何手波奈例 常斯良奴 國乃意久迦袁 百重山 越弖須<疑>由伎 伊都斯可母 京師乎美武等 意母比都々 迦多良比遠礼騰 意乃何身志 伊多波斯計礼婆 玉桙乃 道乃久麻尾尓 久佐太袁利 志<婆>刀利志伎提 等許自母能 宇知<許>伊布志提 意母比都々 奈宜伎布勢良久 國尓阿良婆 父刀利美麻之 家尓阿良婆 母刀利美麻志 世間波 迦久乃尾奈良志 伊奴時母能 道尓布斯弖夜 伊能知周<疑>南 [一云 和何余須疑奈牟])

  長歌は用語の解説を最小限にとどめる。「うちひさす」、「たらちしや」、「玉桙(たまほこ)の」は枕詞。うち母にかかる枕詞は通常「たらちねの」で23例ある。が、本歌のように「たらちし」と使われる例があって3例ある。「床じもの」と「犬じもの」の「~じもの」は「~のような」という意味である。「常知らぬ」は「普段の生活では」という意味。
「国の奥処(おくが)を」は「国の遠い奥の」という意味。「労(いた)はしければ」は「疲労が重なり」という意味である。

 (口語訳)
 光輝かしい宮のある都に上ろうと母の手を離れ、普段の生活では経験しない他国の遠い山々を越えていく。いつか都を見られると思って語りつつ進んでいった。が、次第に疲労が重なり、道の曲がり角にさしかかると、草を手折り、柴を敷き詰め、寝床のようにして横たわって嘆く。「故国にいたなら父上が介抱してくださろうに、家にいたなら母上が介抱してくださろうに」と・・・。世の中というのはこんなに疲労し、辛いものなのかと思う。犬ころのように道ばたに行き倒れ、死んでゆくのか(あるいは、自分の生涯はこれで終わるのか)。

0887   たらちしの母が目見ずておほほしくいづち向きてか我が別るらむ
      (多良知子能 波々何目美受提 意保々斯久 伊豆知武伎提可 阿我和可留良武)
 「たらちしの」は前長歌参照。枕詞。「おほほしく」は「ぼんやり」、「不安」ないし「憂鬱」という意味である。作者の無念さがにじみ出ている歌である。
 「母上にも会えないで死ぬのは恨めしい。母上のいる故郷はどちらの方向だろう。どちらを向いて別れを告げたらよいのだろう」という歌である。

0888   常知らぬ道の長手をくれくれといかにか行かむ糧はなしに [一云 干飯はなしに]
      (都祢斯良農 道乃長手袁 久礼々々等 伊可尓可由迦牟 可利弖波奈斯尓 [一云 可例比波奈之尓])
 「常知らぬ道の長手(ながて)を」は長歌に詠われているように「普段の生活では経験しない遠い道」という意味である。通常は「冥土への道」と解されている。「くれくれと」は「西も東も分からぬ暗い道をとぼとぼと」という意味である。
 「普段の生活では経験しない遠い道、西も東も分からぬ暗い冥土への道をとぼとぼと食料もなく私は行かねばならないのか(あるいは、干飯もなく)」という歌である。

0889   家にありて母がとり見ば慰むる心はあらまし死なば死ぬとも [一云 後は死ぬとも]
      (家尓阿利弖 波々何刀利美婆 奈具佐牟流 許々呂波阿良麻志 斯奈婆斯農等母 [一云 能知波志奴等母])
 「家にありて母がとり見ば」は「故郷の家にいて母が看病してくれているなら」という意味。「心はあらまし」は「心になるだろうに」という意味である。
 「故郷の家にいて母が看病してくれているなら、安らかな心になるだろうに。このまま死んでいくにしても(あるいは、後に死ぬとしても)」という歌である。

0890   出でて行きし日を数へつつ今日今日と我を待たすらむ父母らはも [一云 母が悲しさ]
      (出弖由伎斯 日乎可俗閇都々 家布々々等 阿袁麻多周良武 知々波々良波母 [一云 波々我迦奈斯佐])
 読解不要の平明歌。
 「京に向かって出ていった私の帰りを指折り数えつつ今か今かと待っておられるだろう父上母上は(あるいは、母上の悲しさ)」という歌である。

0891   一世にはふたたび見えぬ父母を置きてや長く我が別れなむ [一云 相別れなむ]
      (一世尓波 二遍美延農 知々波々袁 意伎弖夜奈何久 阿我和加礼南 [一云 相別南])
 「一世(ひとよ)には」は「行かねばならぬあの世」に対する世、すなわち「この世」のこと。 「この世では再び顔を合わせることのできない父上と母上を残し、私は長の別れにあの世に行かねばならないのだろうか(あるいは、別れ別れに)」という歌である。

 以上で、若干一八歳の若者大伴君熊凝(おほとものきみくまごり)が死を目前にして歌ったという歌の終了である。故郷や父母のことを気に病む君熊凝の切々たる心情が読むものの心をゆさぶる歌群である。
 ただ、歌そのものはどここか整然とした趣があり、歌としてよく整っている印象を受ける。他方、切々たる若者の心情は痛いほどよく伝わってくる。
 これは私の単なる推測に過ぎないが、すべて山上憶良の代作ではないかと思う。筑紫にいる憶良がなぜ看取ったわけでもない若者の歌の序文を記したのだろう。私の推測はこうである。京に上る際、相撲使いの従者を仰せつかった若者が、相撲使いとともに筑紫国長官山上憶良に挨拶に訪れた。後日、憶良は、その若者を看取った相撲使いらから安芸国で死去した顛末を聞かされた。その際、死に臨んだ若者が、故郷や父母を思う心情を切々と語った、と聞かされた。憶良は若者を大変不憫に思い、代作を試み、序文もしたためたのではないか。以上が私の推測である。
           (2014年1月3日記、2018年1月20日記)
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