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万葉集読解・・・86(1237~1252番歌)

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   万葉集読解・・・86(1237~1252番歌)
1237  静けくも岸には波は寄せけるかこれの屋通し聞きつつ居れば
      (静母 岸者波者 縁家留香 此屋通 聞乍居者)
 海岸に面した家の一室で一人昼寝をしている状況下の歌であろうか。まるで現代人がうたったかのような親しみの持てる歌である。平明歌。
 「海岸に波が静かに打ち寄せているのだろうか。こうして宿に横になって耳をすましていると波音が聞こえてくる」という歌である。

1238  高島の安曇白波は騒けども我れは家思ふ廬り悲しみ
      (竹嶋乃 阿戸白波者 動友 吾家思 五百入そ染)
 「高島の安曇(あど)」は滋賀県高島市の安曇(あど)。滋賀県琵琶湖の西岸をJR湖西線が走っていて、安曇川(あどがわ)駅がある。かって安曇川町があった所。琵琶湖に注ぐ安曇川が流れている。「廬(いほ)り」は旅の仮宿。たいていは野宿。
 「安曇川(あどがわ)が白波を立てて騒がしく流れ下っている。ここで私は野宿をしているが、故郷の家のことを思うと悲しみが沸いてくる」という歌である。

1239  大海の磯もと揺り立つ波の寄せむと思へる浜の清けく
      (大海之 礒本由須理 立波之 将依念有 濱之浄奚久)
 「磯もと揺(ゆす)り」とは珍しい表現。「岩礁をも揺り動かすほど激しい」という意味に相違ない。平明歌。
 「岩礁をも揺り動かさんばかりに激しく波が打ち寄せる浜辺の美しいこと」という歌である。

1240  玉くしげみもろと山を行きしかばおもしろくしていにしへ思ほゆ
      (珠匣 見諸戸山矣 行之鹿齒 面白四手 古昔所念)
 「玉くしげ」は枕詞。「みもろと山」は94番歌にも詠われているが、所在不詳。第四句の「おもしろくして」はいまいち意味がはっきりつかめないが、「興趣が深く」という意味である。
 「みもろと山を旅していくと、その景観が興趣深く、昔のことがいろいろ思い出される」という歌である。

1241  ぬばたまの黒髪山を朝越えて山下露に濡れにけるかも
      (黒玉之 玄髪山乎 朝越而 山下露尓 沾来鴨)
 [ぬばたまの]はお馴染みの枕詞。黒髪山は奈良市の山。「山下露(やましたつゆ)」とは耳慣れない用語だが、朝露に濡れて木々からしたたり落ちる水滴のこと。
 「黒髪山を朝超えてきたら木々から朝露がしたたり落ちてすっかり濡れてしまった」という歌である。

1242  あしひきの山行き暮らし宿借らば妹立ち待ちてやど貸さむかも
      (足引之 山行暮 宿借者 妹立待而 宿将借鴨)
 [あしひきの]もお馴染みの枕詞。「山行き暮らし」はあまり出会わない表現。「山路を歩いていたら日が暮れてきた」という意味である。
 「山路を進んでいたら日が暮れてきた。宿が借りたいが、だれかいい彼女でもいて、玄関前に立って待っていて宿を貸してくれないものだろうか」という歌である。

1243  見わたせば近き里廻をたもとほり今ぞ我が来る領巾振りし野に
      (視渡者 近里廻乎 田本欲 今衣吾来 礼巾振之野尓)
 この歌を目にしたとき、真っ先に思い浮かべた歌群がある。868番歌から875番歌にかけて詠われている佐用姫(さよひめ)伝説の歌。夫の大伴佐提比古(おほとものさぢひこ)が朝命により朝鮮半島の任那(みまな)に渡ることになった。その別れを悲しんで山の上に登り、領巾(ひれ)を振ったという伝説である。領巾(ひれ)は、当時の女性が首や肩にかけて用いたという、長い布である。佐用姫伝説の舞台は佐賀県松浦郡。本歌の舞台が佐用姫伝説と同じ佐賀県松浦郡か否か本歌だけでは分からない。が、佐用姫伝説を意識していたことは間違いあるまい。領巾を振る行為を詠んだ歌は、883番歌の「音に聞き目にはいまだ見ず佐用姫が領巾振りきとふ君松浦山」以降、本歌に至るまで一首も見あたらない。
 「近き里廻を」は「自分が出立してきた里(集落)が湾内に間近に見える」という意味である。なので、ここで歌を切って「を」を感嘆詞として理解すると分かりやすい。「たもとほり」は「迂回して」という意味。
 この歌、具体的な光景がいまいち判然としない。が、私は作者が旅から戻ってきた際の歌ではないかと考えている。帰ってきて岸に着いたとき、小高い丘から彼女が領巾を振って歓迎の意を示してくれた。その彼女のもとに舟で迂回してたどりついたのだ。
 「ここまでやってきて湾を見わたし、たどりついた里は案外近いんだなあ。迂回してきたので遠くに感じたが、彼女が領巾を振ってくれた山のふもとの野に今やってきたよ」という歌である。

1244  娘子らが放りの髪を由布の山雲なたなびき家のあたり見む
      (未通女等之 放髪乎 木綿山 雲莫蒙 家當将見)
 上二句「娘子(をとめ)らが放(はな)りの髪を」までは序歌。「解き放った髪を結ふ」を「由布(ゆふ)の山」にかける。由布山は大分県の由布岳。本歌が大分県の由布岳のことを詠っているとすれば、前歌に戻って、前歌の舞台はズバリ佐用姫伝説にちなむ佐賀県松浦郡に相違ない。「なたなびき」は「な~そ」の禁止形。
 「娘子(をとめ)が解き放った髪を結うという、由布の山に、雲よたなびかないでおくれ。我が家の方向を見ていたいから」という歌である。

1245  志賀の海人の釣舟の綱堪へずして心に思ひて出でて来にけり
      (四可能白水郎乃 釣船之<た> 不堪 情念而 出而来家里)
 たんに「志賀」といえば、滋賀県琵琶湖大津の近辺を指している例がほとんど。が、次歌の左注から本歌は一連の歌と目されるから、本歌の志賀は九州の志賀島を指していると見てよい。上三句「志賀の~堪へずして」は序歌。なので、実質は下二句だけの歌。「心に思ひて」ははっきり記されていないが、旅への出立の思いとしてよかろう。
 「志賀の漁師の釣り舟を引き留める綱がこらえきれないほどに、強い思いに導かれて出てきてしまった」という歌である。

1246  志賀の海人の塩焼く煙風をいたみ立ちは上らず山にたなびく
      (之加乃白水郎之 燒塩煙 風乎疾 立者不上 山尓軽引)
 前歌同様、志賀は九州の志賀島を指していると見てよい。「塩焼く煙」は「海草(藻)を焼いて塩を取る煙」のこと。「風をいたみ」は「風が激しいので」という意味。
 「志賀の漁民が藻塩を焼く煙。風が激しく、上にのぼらず山にたなびいている」という歌である。
 左注に「右の一連の歌は古集に出ている」とある。古集はどんな歌集なのか、また、一連の歌とは何番歌以降の歌を指しているのか不明。

1247  大汝少御神の作らしし妹背の山を見らくしよしも
      (大穴道 少御神 作 妹勢能山 見吉)
 「大汝少御神(おおなむちすくなみかみ)」は大国主命(おおくにぬしのみこと)と少彦名命(すくなひこなのみこと)の二柱の神のこと。両神は協力して国造りを行ったとされる。『古事記』や『日本書紀』にも語られているように、遠い遠い神話の時代の話。「妹背(いもせ)の山」は544番歌と1195番歌に「紀の国の妹背の山に」という形で詠われていて、紀の国(和歌山県)の山。
 「大国主命(おおくにぬしのみこと)と少彦名命(すくなひこなのみこと)がお作りになった妹背の山は見るからに素晴らしい」という歌である。

1248  我妹子と見つつ偲はむ沖つ藻の花咲きたらば我れに告げこそ
      (吾妹子 見偲 奥藻 花開在 我告与)
 「我妹子と見つつ」は「我妹子(妻)とみなして」という意味。「沖つ藻の花」は「沖に咲く藻の花」ということだが、どんな花なのだろう。天国の花ということなのだろうか。結句の「我れに告げこそ」は「私に告げてほしい」という意味だが、誰に向かって言っているのだろう。以上色々な読解があるだろう。私は彼女はなくなっていて、天(神)に向かってお願いしていると解釈している。
 「妻とみなして偲ぼうと思います。藻の花を。ですから神様、天国の沖で藻の花が咲いたらどうかお知らせください」という歌である。

1249  君がため浮沼の池の菱摘むと我が染めし袖濡れにけるかも
      (君為 浮沼池 菱採 我染袖 沾在哉)
 「君がため」とあるから作者は女性か。浮沼(うきぬ)の池は所在不詳。菱(ひし)はむろん菱(ひし)の実のこと。
 「あなたのため浮沼(うきぬ)の池の菱(ひし)の実を摘み採ろうと、夢中になっていたら自分で染めた着物の袖が濡れてしまいました」という歌である。

1250  妹がため菅の実摘みに行きし我れ山道に惑ひこの日暮らしつ
      (妹為 菅實採 行吾 山路惑 此日暮)
 「菅(すが)の実」はどうも山菅の実のことのようである。だとすると、ブドウの房のような黒紫のつぶつぶの実をつける。
 「彼女のために菅の実を摘みに山に出かけたが、道に迷ってとうとう山中で日が暮れてしまった」という歌である。
 左注に「右四首は、柿本朝臣人麻呂歌集に出ている」とある。

 問答
1251  佐保川に鳴くなる千鳥何しかも川原を偲ひいや川上る
      (佐保河尓 鳴成智鳥 何師鴨 川原乎思努比 益河上)
 題詞に「問答」とある。が、問答にはなっていなく、「種々の歌」という意味のようだ。佐保川は奈良市を流れる川で、 坂上郎女(さかのうえのいらつめ)の居宅があったところ。佐保川と千鳥(ユリカモメ)を詠った歌のひとつ。
 「佐保川に鳴く千鳥たち、何を思って川原を上ってくるのでしょう」という歌である。

1252  人こそはおほにも言はめ我がここだ偲ふ川原を標結ふなゆめ
      (人社者 意保尓毛言目 我幾許 師努布川原乎 標緒勿謹)
 「おほにも」は「凡にも」で、「一般的には」という意味だが、ここでは「何でもない」という意味で使っている。「ここだ」は「ここだく」という使われ方もされ、「非常に」、「しきりに」などを意味する言葉。
 「人様は何でもない川原のようにおっしゃるかも知れないが、私にはかけがえのない鳥たちがいる川原なのです。ですから標縄などを結んで入れないようにしないでくださいな、決して」という歌である。
 左注に「右二首は鳥を詠んだもの」とある。
           (2014年6月7日記、2018年4月26日記)
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