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万葉集読解・・・95(1372~1385番歌)

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   万葉集読解・・・95(1372~1385番歌)
 頭注に「月に寄せて」とある。本歌以下4首(1372~1375番歌)。
1372  み空行く月読壮士夕去らず目には見れども寄るよしもなし
      (三空徃 月讀壮士 夕不去 目庭雖見 因縁毛無)
 月読は本来は記紀神話の中で天照大神及び素戔嗚尊(すさのおのみこと)と並んで三貴子と呼ばれている神で夜を司る神。通常は670番歌や671番歌のように月の代名詞として歌に詠み込まれている。が、本歌のように、月読壮士(つくよみをとこ)という言い方で擬人化した歌もある。985番歌や本歌がその例だ。「光り輝く立派な男子」といった意味である。「夕去らず」は「夕べのまま」、すなわち毎夕ないし毎夜という意味である。「よしもなし」は「由もなし」で「気配がない」という意味である。
 「光り輝いて夕空を渡っていくお姿は毎夕拝見していますが、一向にお近くに寄られる気配もありません」という歌である。

1373  春日山山高くあらし石の上の菅の根見むに月待ちかたし
      (春日山 々高有良之 石上 菅根将見尓 月待難)
 春日山はむろん平城京東方の山。「山高くあらし」は「山高くあるらし」。平均的な歌意を「岩波大系本」の例によって紹介すると次のとおりである。
 「春日山は山が高いらしい。石のあたりの菅の根をよく見ようと思っても、月がなかなかのぼって来ない」
 けれども、「菅の根」の意味が分からない。「岩波大系本」も「伊藤本」も「女のたとえ」としている。が、菅の根を女にたとえた例に出会ったことがない。そもそも本歌は月に寄せての歌。女を月にたとえているというなら分かるが、菅の根ではいただけない。これまで私は本歌の明快な読解に出会ったことがない。が、「菅の根」は全万葉集歌中20例余も使用されており、それら用例を見れば容易にその意味を推察することができる。
 「菅の根」は580番歌、679番歌、791番歌等々から「菅の根の細かさ」からくる用語で、「細やかに」、「丁重に」、「心尽くして」といった意味の用語である。したがって女または男のたとえはない。本歌はあくまで月が男の寓意。
 「春日山は山が高いらしい。石の上の菅の根のように、注意深く、慎重に月を見ようと待っているが、なかなかのぼって来ない」という歌である。

1374  闇の夜は苦しきものをいつしかと我が待つ月も早も照らぬか
      (闇夜者 辛苦物乎 何時跡 吾待月毛 早毛照奴賀)
 「早も照らぬか」は「早く照らしてくれないかな」である。前歌と同様月は恋人の寓意。「闇夜にいるのはつらい。いまかいまかと出現を待っているが、月よ、早く私を照らしてくれないかな」という歌である。

1375  朝霜の消やすき命誰がために千年もがもと我が思はなくに
      (朝霜之 消安命 為誰 千歳毛欲得跡 吾念莫國)
 「千年(ちとせ)もがもと我が思はなくに」は「千年でも思うでしょうか」という意味である。平明歌。
 「朝霜のように消えやすいはかない命。誰がために千年でも待ち続けるというのでしょう」という歌である。
 左注に「本歌は(月に)たとえた歌ではないが、闇夜に月を待つ思いは同じなのでここに掲載した」とある。

 頭注に「赤土に寄せて」とある。本歌一首。
1376  大和の宇陀の真埴のさ丹付かばそこもか人の我を言なさむ
      (山跡之 宇陀乃真赤土 左丹著者 曽許裳香人之 吾乎言将成)
 「大和の宇陀(うだ)」は奈良県宇陀市のこと。真埴(まはに)は真赤な粘土のこと。「そこもか」は「そんなことでも」という、「言(こと)なさむ」は「噂の種にする」という意味である。
 「大和は宇陀の真っ赤な粘土の赤が着物についたら、そんなことでも人々は噂の種にするだろうな」という歌である。

 頭注に「神に寄せて」とある。本歌と次歌の2首。
1377  木綿懸けて祭る三諸の神さびて斎むにはあらず人目多みこそ
      (木綿懸而 祭三諸乃 神佐備而 齊尓波不在 人目多見許<曽>)
 木綿(ゆふ)はコウゾ等の樹皮を乾燥させたもの。「斎(い)むにはあらず」は「けがれを避けて身を慎んでいるわけではありません」という意味である。
 「神前に木綿(ゆう)を垂らして拝礼する三諸(みもろ)の神。そんな神さながらに身を慎んでいるわけではありませんが、人目が多いのでお逢いできないのです」という歌である。

1378  木綿懸けて斎ふこの社越えぬべく思ほゆるかも恋の繁きに
      (木綿懸而 齊此神社 可超 所念可毛 戀之繁尓)
 「木綿(ゆふ)懸けて斎(いは)ふ」は前歌参照。「恋の繁きに」は「恋の激しさに」という意味である。
 「木綿(ゆう)を垂らして拝礼する、神聖なこの神社の垣根さえ越えてしまいそうに思われる。あまりの恋の激しさに」という歌である。

 頭注に「河に寄せて」とある。本歌以下6首(1379~1384番歌)。
1379  絶えず行く明日香の川の淀めらば故しもあるごと人の見まくに
      (不絶逝 明日香川之 不逝有者 故霜有如 人之見國)
 「絶えず行く明日香の川の淀めらば」は「絶えず流れ続ける明日香川がとどこおる(淀む)ことがあれば」という意味である。結句の「人の見まくに」の「人」だが、人々の意味にも取れるし、作者の相手(恋人)を指しているとも取れる。寓意の取り方にもよるが、「絶えず行く」を「絶えず通う」という意味の寓意とすれば、その相手を単に「人」と呼ぶのは不自然。「妹」ないし「背」と呼ぶのが通例。そこで本歌の人は世の人々と解するのが適切ということになる。
 「絶えず流れ続ける明日香川がとどこおる(淀む)ことがあれば、何かあったのではないかと世間の人は見るだろうに」という歌である。

1380  明日香川瀬々に玉藻は生ひたれどしがらみあれば靡きあはなくに
      (明日香川 湍瀬尓玉藻者 雖生有 四賀良美有者 靡不相)
 玉藻の玉は美称。「明日香川瀬々に玉藻は生ひたれど」とあり、「あちこちの浅瀬に美しい藻草が生えているけれど」と数多い藻のことを意味している。下二句は「そのような藻草もしがらみ(支障)があって互いに寄り合うことができない」という意味である。各書ともそう解している。それで誤りではないが、これでは二人っきりの恋人同士という寓意にならない。私は、別の解があると思っている。玉藻はうら若い女性たちの寓意。作者は男性で、その相手を探している図である。
 「明日香川の多くの瀬には美しい玉藻が生えている。けれども色々しがらみ(支障)があって、なかなか靡き合うことが出来ない」という歌である。

1381  広瀬川袖漬くばかり浅きをや心深めて我が思へるらむ
      (廣瀬<河> 袖衝許 淺乎也 心深目手 吾念有良武)
 広瀬川は奈良県北葛城郡河合町内を流れる川だという。法隆寺の南に広瀬神社が鎮座している。「袖漬(つ)くばかり」は「袖がつかるほど」という意味である。
 「広瀬川袖が浸かるほど浅い。あの人の心は広瀬川のように底が浅いけれど、私はあの人のことを心から深く思っています」という歌である。

1382  泊瀬川流るる水沫の絶えばこそ我が思ふ心遂げじと思はめ
      (泊瀬川 流水沫之 絶者許曽 吾念心 不遂登思齒目)
 泊瀬川(はつせがは)は奈良県桜井市を流れる川。「絶えばこそ」は「絶えるようなことがあれば」という意味である。「遂げじと思はめ」は「遂げなくても仕方がないと思うだろうに」という意味である。すなわち、「川の流れが止まることはないように決してあきらめない」、という心情。
 「泊瀬川を流れる水の沫が絶えるようなことがあれば、私の恋が遂げられなくても仕方がないだろうと思うだろうけれど」という歌である。

1383  嘆きせば人知りぬべみ山川のたぎつ心を塞かへてあるかも
      (名毛伎世婆 人可知見 山川之 瀧情乎 塞敢而有鴨)
 「知りぬべみ」の「べみ」はこれまでの歌には長歌に一例あるだけなので短歌では本歌が初出。今後は折に触れて出てくると思うが、「~そうなので」という意味である。結句の「塞(せ)かへてあるかも」は「塞きとめている」という意味である。
 「嘆いていれば人に知られてしまうので、山を下る川の激流のようにほとばしる思いを必死に塞きとめている」という歌である。

1384  水隠りに息づきあまり早川の瀬には立つとも人に言はめやも
      (水隠尓 氣衝餘 早川之 瀬者立友 人二将言八方)
 「水隠(みごも)りに息づきあまり」は「水中に潜って息を止めていても苦しさのあまり」という意味である。平明歌。
 「水中に潜って息を止めていても苦しさのあまり立ち上がり、その瀬が急流であっても、決して人にもらすようなことはない」という歌である。

 頭注に「埋木(うもれぎ)に寄せて」とある。本歌一首。
1385  真鉇持ち弓削の川原の埋れ木の顕れがたき事にあらなくに
      (真鉇持 弓削河原之 埋木之 不可顕 事尓不有君)
 「真鉇(まかね)持ち」は枕詞(?)。本歌一例のみ。弓削川(ゆげがは)は大阪府八尾市を流れる川だという。「顕(あらわ)れがたき事にあらなくに」は二重否定になっているので、「いつかは知れ渡ってしまうだろうに」という意味である。
 「(二人の間柄は)弓削の川原に埋もれている木のように姿を見せないままでいられるわけではなく、いつかは知れ渡ることになるだろうに」という歌である。
           (2014年8月2日記、2018年5月20日記)
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