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万葉集読解・・・178(2880~2900番歌)

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     万葉集読解・・・178(2880~2900番歌)
2880  うつつにも今も見てしか夢のみに手本まき寝と見るは苦しも [或本歌發句曰 我妹子を]
      (得管二毛 今毛見壮鹿 夢耳 手本纒宿登 見者辛苦毛 [或本歌發句曰 吾妹兒乎])
 「うつつにも」は「現実に」ないし「実際に」という意味。「今も見てしか」は「今の今逢いたいものだ」という意味で、「~したいものだ」という願望をあらわす。「手本まき寝」は「共寝」のこと。
 「実際に今の今逢いたいものだ。夢の中でのみ共寝するのはつらい」という歌である。 異伝歌は発句の「うつつにも」が「我妹子(わぎもこ)を」になっているが、「今の今彼女に逢いたい」という意味で本歌と同意。

2881  立ちて居てすべのたどきも今はなし妹に逢はずて月の経ぬれば [或本歌曰 君が目見ずて月の経ぬれば]
      (立而居 為便乃田時毛 今者無 妹尓不相而 月之經去者 [或本歌曰 君之目不見而 月之經去者])
 「すべのたどきも」の「たどき」は2887番歌に「立ちて居てたどきも知らず我が心天つ空なり地は踏めども」とある。「どう手を付けていいか」という意味。
 「居ても立ってもいられない。どう手を付けていいか今は分からない。彼女に逢わないまま月日が経ってしまったので」という歌である。
 異伝歌は女性歌で、「彼女に逢わないまま」の部分が「あなたに逢えないまま」になっている。

2882  逢はずして恋ひわたるとも忘れめやいや日に異には思ひ増すとも
      (不相而 戀度等母 忘哉 弥日異者 思益等母)
 「恋ひわたるとも」は「恋続けることはあっても」という意味。「日に異(け)には」は「日増しに」という意味である。
 「逢わないままでいても恋続けることはあっても忘れるなんてことがありましょうか。日増しに思いが増すことはあっても」という歌である。

2883  外目にも君が姿を見てばこそ我が恋やまめ命死なずは [一云 命に向ふ我が恋やまめ]
      (外目毛 君之光儀乎 見而者社 吾戀山目 命不死者 [一云 壽向 吾戀止目])
 「外目(よそめ)にも」は「遠目にも」ということで、直接声を掛けられない状態。「恋やまめ」は二様にとれる。一つは「遠目にでも見られたら気が休まる」という解釈である。「岩波大系本」以下定解はこれをとり、「遠目にもあなたのお姿を目にすれば命がけの恋もやすまるでしょう」という歌としている。が、表現がどこか甘く、「命がけの恋」にそぐわない。そこで「恋やまめ」を強い反語表現とみる。私の解はこうである。
 「遠目にもあなたのお姿を目にすれば私の恋は止むのでしょうか、この命がけの恋が」という歌である。
 異伝歌は「命がけの我が恋やむだろうか」となっている。

2884  恋ひつつも今日はあらめど玉櫛笥明けなむ明日をいかに暮らさむ
      (戀管母 今日者在目杼 玉匣 将開明日 如何将暮)
 「あらめど」は「なんとかなるだろうが」という意味である。「玉櫛笥(たまくしげ)」は櫛函のことで、「明けなむ」を導く。
 「恋い焦がれつつも今日は何とかなるでしょうが、明けた明くる日はどうやって暮らそうかしら」という歌である。

2885  さ夜更けて妹を思ひ出で敷栲の枕もそよに嘆きつるかも
      (左夜深而 妹乎念出 布妙之 枕毛衣世二 嘆鶴鴨)
 「さ夜更けて」の「さ」は美称。「敷栲(しきたへ)の」は「真っ白な」という意味。「そよに」は「ぎしぎし動く枕音」のことを言っている。
 「夜更けになって彼女を思い出し、真っ白な枕がぎしぎし音を立てるほど嘆いた」という歌である。

2886   人言はまこと言痛くなりぬともそこに障らむ我れにあらなくに
      (他言者 真言痛 成友 彼所将障 吾尓不有國)
 「人言(ひとこと)」は「人の噂」のこと。「言痛(こちた)く」は「うるさく」という意味。「障(さは)らむ」は「妨げられる」という意味である。
 「人の噂はひどくうるさくなってきたが、それに妨げられる私ではないのに」という歌である。

2887  立ちて居てたどきも知らず我が心天つ空なり地は踏めども
      (立居 田時毛不知 吾意 天津空有 土者踐鞆)
 2881番歌で見たように、「たどき」は「どう手を付けたら」という意味。
 「居ても立ってもいられない。どうしていいか分からず、私の心は上の空、地団駄踏むばかり」という歌である。

2888  世の中の人のことばと思ほすなまことぞ恋ひし逢はぬ日を多み
      (世間之 人辞常 所念莫 真曽戀之 不相日乎多美)
 結句の「逢はぬ日を多み」は「~ので」の「み」。「逢わない日が多かったので」という倒置表現。
 「世の中の通り一遍の言葉と思わないでほしい。まことに恋しく、逢えない日が多かったのに」という歌である。

2889  いで如何に我がここだ恋ふる我妹子が逢はじと言へることもあらなくに
      (乞如何 吾幾許戀流 吾妹子之 不相跡言流 事毛有莫國)
 「いで如何に」は「何でこんなに」という意味。「ここだ恋ふる」は「しきりに恋しい」という意味である。
 「何でこんなに私はしきりに恋しいのだろう。別にあの子が逢わないなどと言ったこともないのに」という歌である。

2890  ぬばたまの夜を長みかも我が背子が夢に夢にし見えかへるらむ
      (夜干玉之 夜乎長鴨 吾背子之 夢尓夢西 所見還良武)
 「ぬばたまの」はおなじみの枕詞。「長みかも」は「~ので」の「み」。「かも」(でしょうか)の付いた形。
 「夜が長いせいでしょうか。あの人が夢に幾度も出てきて見えてきますわ」という歌である。

2891  あらたまの年の緒長くかく恋ひばまこと我が命全くあらめやも
      (荒玉之 年緒長 如此戀者 信吾命 全有目八面)
 「あらたまの」はおなじみの枕詞。「年の緒長く」は年月が紐のように長く連なっている様を言っている。「全くあらめやも」は「無事でいられようか」という意味である。
 「連なった紐のように長い長い年月、これほど恋していたら、まこと我が命が無事でいられようか」という歌である。

2892  思ひ遣るすべのたどきも我れはなし逢はずてまねく月の経ぬれば
      (思遣 為便乃田時毛 吾者無 不相數多 月之經去者)
 「たどき」は2881番歌、2887番歌に出てきたが、とっかかりや手段のこと。「逢はずてまねく」の「まねく(原文・數多)」は「数多く」という意味。
 「思いを晴らす手段もとっかかりもない。逢えない日が重なり、月日が過ぎてゆくので」という歌である。

2893  朝去にて夕は来ます君ゆゑにゆゆしくも我は嘆きつるかも
      (朝去而 暮者来座 君故尓 忌々久毛吾者 歎鶴鴨)
 「ゆゆしくも」は「慎むべきも」という意味。
 「朝帰って行かれて夕方にはいらっしゃるあなたですのに、(ひょっとしてと思って)不安に思ってはいけないのに嘆いてしまいました」という歌である。

2894  聞きしより物を思へば我が胸は破れて砕けて利心もなし
      (従聞 物乎念者 我る者 破而摧而 鋒心無)
 「聞きしより」は「あなたのことを耳にしてから」という意味。「利心(とごころ)もなし」は「生きた心地がしない」という意味。
 「あなたの噂を耳にして以来、思い悩んで私の胸は破れ砕けて生きた心地がしない」という歌である。

2895  人言を繁み言痛み我妹子に去にし月よりいまだ逢はぬかも
      (人言乎 繁三言痛三 我妹子二 去月従 未相可母)
 「人言(ひとこと)を繁み言痛(こちた)み」は「~ので」の「み」。「人の噂が激しくうるさいので」という意味。「去(い)にし月より」は「先月以来」という意味である。
 「人の噂が激しくうるさいので、彼女に先月以来いまだ逢いに行けずにいます」という歌である。

2896  うたがたも言ひつつもあるか我れならば地には落ちず空に消なまし
      (歌方毛 曰管毛有鹿 吾有者 地庭不落 空消生)
 「うたがたも」(原文:歌方毛)は「歌のようにしつこくむきに」という意味か。
 「歌のようにしつこくむきに言いたてているよ。私なら地には落ちず、空に消えるよ」という歌である。

2897  いかならむ日の時にかも我妹子が裳引きの姿朝に日に見む
      (何 日之時可毛 吾妹子之 裳引之容儀 朝尓食尓将見)
 「いかならむ日の時にかも」は「いったいどのような日の時なら」という意味である。「裳引きの姿」は「裳裾を引いて歩く姿」のこと。当時の女性の宮中の姿で、男性の憧れでもあった。
 「いったいいつになったら、彼女が裳裾を引いて歩く姿、その姿が朝も昼も見られるようになるのだろうか」という歌である。

2898  ひとり居て恋ふるは苦し玉たすき懸けず忘れむ事計りもが
      (獨居而 戀者辛苦 玉手次 不懸将忘 言量欲)
 「玉たすき」は枕詞。「事計(ことはか)りもが」は要するに「何かよい方法でもあればよいが」という意味。
 「ひとりいて恋い焦がれるばかりでは苦しくてたまらない。心にかかるこの思いを忘れる何かよい方法でもあればよいが」という歌である。

2899  なかなかに黙もあらましをあづきなく相見そめても我れは恋ふるか
      (中々二 黙然毛有申尾 小豆無 相見始而毛 吾者戀香)
 「なかなかに」は612番歌の「なかなかに黙(もだ)もあらましを~」と同様、「なまじっか」ないし「かえって」という意味である。「あづきなく」は「味気なく」で「不甲斐なく」という意味。
 「かえって声をかけなければよかった。不甲斐なく見初めてしまって恋に落ち苦しんでいる」という歌である。

2900  我妹子が笑まひ眉引き面影にかかりてもとな思ほゆるかも
      (吾妹子之 咲眉引 面影 懸而本名 所念可毛)
 「もとな」は「しきりに」という意味。
 「あの子が笑い眉を引く様子が面影に立ってしきりに気になって仕方がない」という歌である。
           (2015年9月23日記、2019年3月14日)
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