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万葉集読解・・・279(4279~4292番歌)

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     万葉集読解・・・279(4279~4292番歌)
 頭注に「廿七日、林王宅において但馬按察使橘奈良麻呂朝臣へのはなむけの宴をせし時の歌」とある。林王(はやしのおほきみ)は皇室の一人と思料されるが系統未詳。但馬按察使(たぢまのあんせつし)は各国の国司の行政監督官。奈良麻呂は橘諸兄の子。
4279  能登川の後には逢はむしましくも別るといへば悲しくもあるか
      (能登河乃 後者相牟 之麻之久母 別等伊倍婆 可奈之久母在香)
 能登川は奈良の春日山から発する川。次句の「後(のち)には」を起こす序句。「しましくも」は「しばらくの間でも」という意味。
 「能登川ではないが、のちには逢えるのでここしばらくの別れと分かっていても、それでも別れは悲しいですね」という歌である。
 左注に「右は治部卿船王(ふねのおほきみ)の歌」とある。治部卿(ぢぶのきやう)は治部省長官。治部省は高級官僚の継嗣、婚姻、外交などを司る。

4280  立ち別れ君がいまさば磯城島の人は我れじく斎ひて待たむ
      (立別 君我伊麻左婆 之奇嶋能 人者和礼自久 伊波比弖麻多牟)
 「君がいまさば」は「あなたがいらっしゃらなくなれば」という意味。「磯城島(しきしま)の人」は「大和の国の人々は」という意味である。「我れじく」は「私のように」という意味。
 「このまま立ち別れになってあなた様がいらっしゃらなくなれば、大和の国の人々は私と同様にお祈りしてお待ちすると思います」という歌である。
 左注に「右は右京少進大伴宿祢黒麻呂(くろまろ)の歌」とある。京(みやこ)は朱雀大路の西と東に別れていた。西を右京、東を左京といった。それぞれに京職が置かれ、京内の行政や訴訟を司っていた。長官を大夫と言うが、少進は三等官。

4281  白雪の降り敷く山を越え行かむ君をぞもとな息の緒に思ふ{息の緒にする}
     (白雪能 布里之久山乎 越由加牟 君乎曽母等奈 伊吉能乎尓念、伊伎能乎尓須流)
 「もとな」は「無性に」ないし「しきりに」という意味。2974番歌「~、もとなや妹に恋ひわたりなむ」等多くの例がある。「息の緒(を)に思ふ」は「長い長い別れに思う」という意味である。
 「白雪の降り敷く山を越えて行かれるあなた、無性に長らくの別れに思われてなりません」という歌である。
 左注に「この歌の結句を左大臣は{息の緒にする}とされていたが、本歌の方がよいでしょうと、右のように少納言大伴宿祢家持がされた」とある。

 頭注に「五年正月四日,,治部少輔石上朝臣宅嗣(いそのかみのあそみやかつぐ)の家での宴の歌三首」とある。五年は天平勝宝五年(753年)。治部少輔(ぢぶのせうふ)は治部省次官。治部省は4279番参照。
4282  言繁み相問はなくに梅の花雪にしをれてうつろはむかも
      (辞繁 不相問尓 梅花 雪尓之乎礼? 宇都呂波牟可母)
 「言繁み」は「~ので」の「み」。「人の口がうるさいので」という意味。「相問はなくに」は「訪問しないままでいる内に」という意味である。「うつろはむ」は「散ってしまう」こと。
 「人の口がうるさいので訪問しないままでいる内に、梅の花が雪にあたって散ってしまうかもしれないと思う」という歌である。
 左注に「右は主人石上朝臣宅嗣(いそのかみのあそみやかつぐ)の歌」とある。

4283  梅の花咲けるが中にふふめるは恋か隠れる雪を待つとか
      (梅花 開有之中尓 布敷賣流波 戀哉許母礼留 雪乎持等可)
 「ふふめる」は蕾みのこと。
 「梅の花が咲いている中にも蕾みのままのものがあるけれど、恋が隠れているのでしょうか、それとも雪を待っているのでしょうか」という歌である。
 左注に「右は中務大輔茨田王(まむたのおほきみ)の歌」とある。中務大輔(なかつかさのだいふ)は中務省の次官。中務省は天皇の側近に侍従し、詔勅、,国史等諸事を司る。

4284  新しき年の初めに思ふどちい群れて居れば嬉しくもあるか
      (新 年始尓 思共 伊牟礼?乎礼婆 宇礼之久母安流可)
 「思ふどち」は「仲間内」という意味。「い群れて」のいは語調を整えたりする接頭語。 「新しい年を迎え、年の初めにこうして仲間内で群がっているのは嬉しい限りです」という歌である。
 左注に「右は大膳大夫道祖王(ふなどのおほきみ)の歌」とある。「大膳大夫(だいぜんのだいぶ)」は長官。宮内省に属する大膳職は宮中の会食等を司った。

 頭注に「十一日、大雪が降り積もって一尺二寸になった。その思いを述べた歌三首」とある。十一日は天平勝宝五年(753年)一月。
4285  大宮の内にも外にもめづらしく降れる大雪な踏みそね惜し
      (大宮能 内尓毛外尓母 米都良之久 布礼留大雪 莫踏祢乎之)
 「な踏みそね」は「な~そ」の禁止形。
 「大宮の庭にも外側にも珍しく大雪が降って一面真っ白だ。この大雪を踏んでくれるな惜しいから」という歌である。

4286   御園生の竹の林に鴬はしば鳴きにしを雪は降りつつ
      (御苑布能 竹林尓 鴬波 之波奈吉尓之乎 雪波布利都々)
 「御園生」は「皇居の園」のこと。「しば鳴きにしを」は、3873番歌に「我が門に千鳥しば鳴く起きよ起きよ~」とある。「しば鳴く」は「しきりになく」という意味。
 「皇居の庭に生えている竹林でウグイスがしきりに鳴いていたのに、雪は依然として降り続いている」という歌である。

4287  鴬の鳴きし垣内ににほへりし梅この雪にうつろふらむか
      (鴬能 鳴之可伎都尓 <々>保敝理之 梅此雪尓 宇都呂布良牟可)
 「にほへりし」は「咲いていた」ということ。「うつろふらむか」は「散ってしまっただろうか」という意味である。
 「大宮の垣内でウグイスが鳴いていたし、咲いていた梅もこの雪で散ってしまっただろうか」という歌である。
 前歌も本歌もまるで絵画のような歌である。

 頭注に「十二日、内裏に侍従していて千鳥が鳴くのを聞いて作った歌」とある。内裏(だいり)は天皇の御殿。千鳥は多くの鳥ないしチドリ類。十二日は天平勝宝五年(753年)一月。
4288  川洲にも雪は降れれし宮の内に千鳥鳴くらし居む所なみ
      (河渚尓母 雪波布礼々之 <宮>裏 智杼利鳴良之 為牟等己呂奈美)
 「川洲にも」はむろん「宮の外の川洲にも」という意味。「降れれし」は「降っているからか」で、「し」は強意。「居(ゐ)む所なみ」は「~ので」の「み」。
 「宮の外の川洲にも雪が降っているからか、宮の内にも多くの鳥たちが、居場所がないとやってきて鳴いている」という歌である。

 頭注に「二月十九日、左大臣橘の家で宴で柳の枝を折り取って作った歌」とある。二月十九日は天平勝宝五年(753年)。左大臣橘は橘諸兄。
4289  青柳の上枝攀ぢ取りかづらくは君が宿にし千年寿くとぞ
      (青柳乃 保都枝与治等理 可豆良久波 君之屋戸尓之 千年保久等曽)
 「かづらくは」は「髪にさして飾りにするのは」という意味である。
 「青柳の上枝を折り取って髪にさして飾りにするのは、こうしてあなた様の庭に集まって、千年の後までも栄えんことを願っているからでございましょう」という歌である。

 頭注に「廿三日、興のおもむくまま作った歌二首」とある。廿三日は天平勝宝五年(753年)二月。
4290  春の野に霞たなびきうら悲しこの夕影に鴬鳴くも
      (春野尓 霞多奈?伎 宇良悲 許能暮影尓 鴬奈久母)
 春愁を詠った歌で、近代短歌にもつながるような歌。平明歌。
 「春の野に霞がたなびいていて、うら悲しい。この夕ぐれどきに鴬が鳴いている」という歌である。

4291  我が宿のい笹群竹吹く風の音のかそけきこの夕かも
      (和我屋度能 伊佐左村竹 布久風能 於等能可蘇氣伎 許能由布敝可母)
 「我が宿の」は「我が家の敷地の庭園」という意味。「い笹群竹」の「い」は語調を整えたり強める接頭語で、「群がる笹の葉」という意味である。
 「我が家の庭園に群がっている笹の葉を通り過ぎていく風。その音のかすかなざわめきがするこの夕暮れ」という歌である。

 頭注に「廿五日に作った歌」とある。
4292  うらうらに照れる春日にひばり上がり心悲しも独し思へば
      (宇良々々尓 照流春日尓 比婆理安我里 情悲毛 比<登>里志於母倍婆)
 「うらうらに」は「ぼんやりと霞んだ」。家持の代表歌。超有名な作で、それに相応しい秀歌といってよかろう。「ぼんやりと霞んだ中に照っている春の日に、ヒバリが舞い上がりもの悲しい、こうしてひとり居てもの思いにふけっていると」という歌である。
左注に「春日は遅々として進まず、ウグイスやヒバリがまさに啼いている。傷んだ心は歌でなければ払いがたい。よってここに歌を作り、結ばった心をのべた。ただこの巻の中で、作者名をのべず、年月、場所、由来のみを記した歌は、皆、大伴宿禰家持が作った歌である」とある。

 最後の三歌(4090~4292番歌)はいずれも順個人的な心情に基づく秀歌で、それまでの儀礼的な歌が多い中にあって、出色の存在といっていいだろう。
       巻19はこれで完了。
           (2017年2月5日記、2019年4月15日)
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