Wさん

日々つれづれ－１1トップへ
　久々に（一年ぶり）Wさんと再会の機会を得た。彼は本当に数少ない友人のひとりである。私より十歳ほど若いのだが、趣味の巾が広く、ついていくのに骨が折れるほどだった。彼のおかげで私は、バードウオチィングに興じたり、釣りを教わったり、アマチュア無線の世界に足を踏み入れたり、モーターボートに乗せてもらったり、天文クラブに入会したりと、実に巾の広い体験をすることができた。その時々においてはむろんそれらが何かの役に立つなどとは想像すらもしなかった。いずれも趣味の範疇内、ただただ楽しくて時を過ごしたに過ぎない。そういう意味では今なお続いている英会話も同じなのだが、私が彼に深く感謝しているのは、英会話を除いたすべての分野における見聞や体験である。
　本欄の読者ならもう見当がおつきかと思うが、これらの見聞や体験がことごとく現在役に立っている。それはライフワークと心に決めて鋭意取り組んでいる万葉集の読解だ。まさか万葉集の読解に手を染めることになるとは自分でも驚いているのだが、その読解にWさんとの交遊が深く深く役に立っているのである。野鳥の姿や鳴き声、釣りを通しての海岸や川岸の様子、海や湖の流れや波立ち、星座や天の川等々こまごまとしたことを含めて歌の解読に大きな助けを覚えている。
　若い頃見聞した多種多様の事柄が遙か後年になって響いてくるなんて、「まさか、まさか」である。断崖の上から小舟が沖に出て行く光景の歌があるが、机上での学者的研究からだけでは得られない、実感を伴った風景として感じられるのである。
　人間何が栄養になるか分からない。近視眼的に「何が役に立つのよ」と問われても答えられるものではない。「日本文化を世界に」などとスローガンだけを掲げてもあまり意味をなさない。こういうことをつくづく感じさせてくれるきっかけを作ってくれた人、それがＷさんなのである。深謝、深謝である。
　　　　　　　　　（２０１５年１月１１日）