日々つれづれ-10トップへ
ここ半月ほどここ名古屋ではじめじめした、まるで梅雨時のようなはっきりしない日々が続いた。梅雨さながらの日々ならまだよしとしなければならない。広島の未曾有の土砂災害に代表されるように、全国的には大変な豪雨に見舞われ、豪雨災害が続出している。 ところが、今朝は随分久しぶりにからっとした青空が広がった。長期間、憂鬱で鬱陶しい日々を送っていただけに久しぶりにカラリと晴れやかな気分に包まれた、ベランダに出て、思いっきり両手を広げて空を仰ぐと、なんと秋空が広がっていた。自然はなんと正直なんだろう。まだまだ猛暑日が続くと覚悟していたのに、仰いだ9月の空はもう秋の気配を運んできていた。
老いの日に仰ぐ空なりわらべ時と同じ気配の秋広ごれり
このようにも自然は悠久の営みを続けているわけだけれど、今年不思議でならないことがある。セミである。例年ならセミは盛夏の間中、ジージーミンミンと耳に痛いばかりに鳴き立てる。ところが今年に限ってセミの鳴き声がしない。少なくとも私の記憶には残っていない。これは私の住む近辺だけのことなのか、あるいは名古屋全域のことなのか、あるいは全国的な現象なのか判然としない。ひょっとして私が聞き逃していただけで相変わらずジージーミンミンが鳴り響いているのだろうか。もしもそうなら慶賀の至りだが、そうでないとしたら・・・。
そう、今年だけの判断で云々言える事柄ではないが、セミの声が極端に少ないのは天変地異の予兆なのかな、と、つい心配になる。広島や京都福知山の異常豪雨などと考え合わせると、異常気象の定着と危ぶまれないでもない。ジージーミンミン、ミンミンジージー。もしもこれが地球温暖化につながっているとしたら・・・。おいおい、人間様よ、進歩だの進化だのの追求もいいかげんにしたらどうだ、とセミになりかわって一喝したくなる。
(2014年9月2日)
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ここ半月ほどここ名古屋ではじめじめした、まるで梅雨時のようなはっきりしない日々が続いた。梅雨さながらの日々ならまだよしとしなければならない。広島の未曾有の土砂災害に代表されるように、全国的には大変な豪雨に見舞われ、豪雨災害が続出している。 ところが、今朝は随分久しぶりにからっとした青空が広がった。長期間、憂鬱で鬱陶しい日々を送っていただけに久しぶりにカラリと晴れやかな気分に包まれた、ベランダに出て、思いっきり両手を広げて空を仰ぐと、なんと秋空が広がっていた。自然はなんと正直なんだろう。まだまだ猛暑日が続くと覚悟していたのに、仰いだ9月の空はもう秋の気配を運んできていた。
老いの日に仰ぐ空なりわらべ時と同じ気配の秋広ごれり
このようにも自然は悠久の営みを続けているわけだけれど、今年不思議でならないことがある。セミである。例年ならセミは盛夏の間中、ジージーミンミンと耳に痛いばかりに鳴き立てる。ところが今年に限ってセミの鳴き声がしない。少なくとも私の記憶には残っていない。これは私の住む近辺だけのことなのか、あるいは名古屋全域のことなのか、あるいは全国的な現象なのか判然としない。ひょっとして私が聞き逃していただけで相変わらずジージーミンミンが鳴り響いているのだろうか。もしもそうなら慶賀の至りだが、そうでないとしたら・・・。
そう、今年だけの判断で云々言える事柄ではないが、セミの声が極端に少ないのは天変地異の予兆なのかな、と、つい心配になる。広島や京都福知山の異常豪雨などと考え合わせると、異常気象の定着と危ぶまれないでもない。ジージーミンミン、ミンミンジージー。もしもこれが地球温暖化につながっているとしたら・・・。おいおい、人間様よ、進歩だの進化だのの追求もいいかげんにしたらどうだ、とセミになりかわって一喝したくなる。
(2014年9月2日)