Quantcast
Viewing all articles
Browse latest Browse all 1223

万葉集読解・・・98(1418~1435番歌)

 巻5~8メニュー へ   
そ の 99 へ 
         
     万葉集読解・・・98(1418~1435番歌)
1418  石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも
      (石激 垂見之上乃 左和良妣乃 毛要出春尓 成来鴨)
 巻8の開始である。長歌や旋頭歌を含めて246首登載されている。すべて作者が記されている。春夏秋冬の順に雑歌と相聞歌に区分されている。本歌~1447番歌が春雜歌。作者は志貴皇子(しきのみこ)。天智天皇の皇子。
 垂水(たるみ)は1142番歌に「命幸く久しくあれと石流る垂水の水をむすびて飲みつ」と詠われていた。ここの垂水を滝と解すると「両手にすくって飲んだ」を意味する結句の「むすびて飲みつ」は岩から落下する滝の水をすくったことになって妙。なので私は垂水は地名として読解した。本歌の場合はどうか。垂水を滝と解してもいいが、やはり地名とするのが適切であろう。滝の場合は914番歌や1868番歌にあるようにちゃんと「滝の上の」と使われていて、8例もある。「垂水」が詠われているのは上記2歌の他にはわずかに3025番歌1例のみなのである。
 垂水神社という神社がもしあるならば、そこを流れる清らかな水を指している気が私にはする。「石走る」は文字通り「石をたぎらせながら」という意味。「流れ下る垂水の川の岸にワラビが萌え出てきた。ああ、春がやってきたんだなあ」という歌である。

1419  神なびの伊波瀬の社の呼子鳥いたくな鳴きそ我が恋まさる
      (神奈備乃 伊波瀬乃社之 喚子鳥 痛莫鳴 吾戀益)
 作者は鏡王女(かがみのおほきみ)。
 「神なびの」は「神が降臨するという」という意味である。伊波瀬の社(いはせのもり)は神社を指しているようだが、どこの神社かはっきりしていない。呼子鳥(よぶこどり)は折に触れて8例も詠われている。具体的な鳥というより「人を呼ぶという鳴き声」といった言葉として使用されている。「いたく」は「つよく」とか「しきりに」といった意味の言葉。「な鳴きそ」は例によって「な~そ」の形。強い禁止形。「伊波瀬の社の呼子鳥よ。そんなに激しく鳴かないでおくれ。恋しさがつのるから」という歌である。

1420  沫雪かはだれに降ると見るまでに流らへ散るは何の花ぞも
      (沫雪香 薄太礼尓零登 見左右二 流倍散波 何物之花其毛)
 作者は駿河采女(するがのうねめ)。
 散る花が淡雪のようだという内容の歌だと分かれば平明な歌。「はだれ」は「はらはらと」。
「淡雪がはらはらと降ってきたかと思ったら、流れ散るはなびらだ、何の花だろう」という歌である。

1421  春山の咲きのををりに春菜摘む妹が白紐見らくしよしも
      (春山之 開乃乎為里尓 春菜採 妹之白紐 見九四与四門)
 作者は尾張連。本歌と次歌の二首。名は不明。
 単に花とか咲くといえば通常桜のことをいう。「ををり」は満開状態のこと。「見らくしよしも」は「見るのはいいもんだ」という意味である。「桜が満開の春の山で春菜を摘む彼女の羽織の白い紐を見るのはいいもんだ」という歌である。

1422  うち靡く春来るらし山の際の遠き木末の咲きゆく見れば
      (打<靡> 春来良之 山際 遠木末乃 開徃見者)
 「うち靡く」は「うち靡く我が黒髪に」(87番歌)、「うち靡く春の柳と」(826番歌)とあるように、「風で横になびく」こと。春は春の嵐というように風が強い時があり、「うち靡く春」と表現したもの。「山の際(ま)」はむろん「山際」のこと。「草木がなびいているところを見ると春がやってきたらしい。遠い山際の梢まで桜が咲いていくのをみるとますます春来を感じる」という歌である。「遠き木末(こぬれ)の咲きゆく見れば」は非凡な表現。秀歌のひとつといってよかろう。

1423  去年の春いこじて植ゑし我がやどの若木の梅は花咲きにけり
      (去年春 伊許自而殖之 吾屋外之 若樹梅者 花咲尓家里)
 作者は中納言阿倍廣庭卿(あへのひろにはまへつきみ)。「いこじて」は「こじおこす」、すなわち掘り起こすこと。「こじあける」の「こじ」なのだろう。「い」は強調。「去年(こぞ)の春に地面を掘り起こして庭に植えた若梅が花開いたよ」という歌である。

1424  春の野にすみれ摘みにと来し我れぞ野をなつかしみ一夜寝にける
      (春野尓 須美礼採尓等 来師吾曽 野乎奈都可之美 一夜宿二来)
 本歌~1427番歌までの四首、作者は山部宿祢赤人。「なつかしみ」は「心ひかれて」。「春の野ですみれを摘もうと私はやってきたが、野にすっかり心惹かれて一夜野宿してしまったよ」という歌である。

1425  あしひきの山桜花日並べてかく咲きたらばいたく恋ひめやも
      (足比奇乃 山櫻花 日並而 如是開有者 甚戀目夜裳)
 「あしひきの」はお馴染み、枕詞。歌意は平明。「山桜の花が毎日こんなに美しく咲くんだったら、どうしてひどく恋しく思うだろう」という歌である。恋情の寓意と取ることも可能かも知れない。

1426  我が背子に見せむと思ひし梅の花それとも見えず雪の降れれば
      (吾勢子尓 令見常念之 梅花 其十方不所見 雪乃零有者)
 ややひねった歌である。「見せむと思ひし」が過去の言葉のことと気づけばすんなり分かる。
「(これが)彼女が私に見せようと思っていた梅の花なのだろうか。そうとは分からぬほど雪が降っていてどれがその梅の木なのか分からない」という歌である。彼女に言われて、どんな梅なのだろうと雪の降る日にもかかわらずわざわざ見に足を運んだ作者の、彼女を思う間接表現の歌である。それを各書のように作者自身の言葉と解すると、平板な歌になってしまう。

1427  明日よりは春菜摘まむと標めし野に昨日も今日も雪は降りつつ
      (従明日者 春菜将採跡 標之野尓 昨日毛今日<母> 雪波布利管)
 「標めし野に」は「しめ縄を張った野に」である。「明日こそはとしめ縄を張った野で春菜を摘もうと思っているのに、昨日も今日も雪が降り続いている」という歌である。

1428番 長歌
1429番 長歌
1430  去年の春逢へりし君に恋ひにてし桜の花は迎へけらしも
      (去年之春 相有之君尓 戀尓手師 櫻花者 迎来良之母)
 1429番長歌ともども作者は若宮年魚麻呂(わかみやのあゆまろ)。
 桜を擬人化した歌。「去年の春お逢いしたあなた様に恋して今年も私(桜)は花開いてお迎えしました」という歌である。

1431  百済野の萩の古枝に春待つと居りし鴬鳴きにけむかも
      (百濟野乃 芽古枝尓 待春跡 居之鴬 鳴尓鶏鵡鴨)
 作者は山部宿祢赤人。
 百済野(くだらの)は奈良県北葛城郡広陵町の野という。「前回百済野を訪ねた際は萩の古枝に春を待っているかのようにじっととまっていたウグイスがいたが、そろそろあのウグイス、もう鳴き始めただろうか」という歌である。

1432  我が背子が見らむ佐保道の青柳を手折りてだにも見むよしもがも
      (吾背兒我 見良牟佐保道乃 青柳乎 手折而谷裳 見縁欲得)
 作者は大伴坂上郎女(さかのうえのいらつめ)。本歌と次歌の二首とも柳の歌。
 佐保道(さほぢ)は大伴家のあった佐保山から平城京に至る道で、柳並木になっていた。平城京に通うわけではない作者も佐保道の青柳の美しさは承知していた。「見むよしもがも」は「見る手だてがあったらなあ」ということ。「あの人が通う佐保道の青柳は(春になって)さぞかしきれいでしょうね。たとえ枝の一本でも手折って眺めることができたらなあ」という歌である。

1433  うちのぼる佐保の川原の青柳は今は春へとなりにけるかも
      (打上 佐保能河原之 青柳者 今者春部登 成尓鶏類鴨)
 「うちのぼる」は川原を上流に向かって眺めた様子だと思われる。つまり、実際にのぼっていったというよりも、佐保川の上流に目を注いだ作者の目に映じた風景を詠った歌に相違ない。「佐保川の両岸にうちのぼるように立ち並ぶ美しい青柳を見ると、ああ春がやってきたんだなあと実感される」という歌である。

1434  霜雪もいまだ過ぎねば思はぬに春日の里に梅の花見つ
      (霜雪毛 未過者 不思尓 春日里尓 梅花見都)
 作者は大伴宿祢三林(おほとものすくねみはやし)。梅の歌。三林は大伴一族の当時の系図には見あたらないので、三依(みより)の誤りとする説もある。
 「霜雪もいまだ過ぎねば思はぬに」は直訳調にいえば「霜も雪もまだ過ぎていないので思いもしなかったが」となる。が、ここは「岩波大系本」のように「思いかけず」と受け取った方がよかろう。というのも、梅花にいち早くきた春の到来に驚いた内容の歌だからである。「霜も雪もまだ消えやらぬ時節だというのに、思いがけず春日の里に咲く梅を見かけたよ」という歌である。

1435  かはづ鳴く神奈備川に影見えて今か咲くらむ山吹の花
      (河津鳴 甘南備河尓 陰所見<而> 今香開良武 山振乃花)
 作者は厚見王(あつみのおほきみ)。
 かはづは谷川に住む河鹿のことで蛙の一種。神奈備川は飛鳥川ないし竜田川のこととされる。「河鹿鳴く神奈備川に影を映して今頃山吹の花が咲いているだろうか」という歌である。
           (2014年8月16日記)
Image may be NSFW.
Clik here to view.
イメージ 1


Viewing all articles
Browse latest Browse all 1223

Trending Articles