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昨日、久々に歯科医院に出向いて診察を受けた。記憶が定かでないが、数年ぶりの受診だった。診察所見は「数本、虫歯が進行していて、週に一回、5,6回通院の要あり」というものだった。歯痛の経験は多かれ少なかれ大抵の人が経験していることと思う。完治まで長引く場合が多く、非常に鬱陶しい。「鬱陶しきもの、誤解を解くこと、故なくつきまとわれること、例年以上に長引く梅雨、歯の治療」と並べてよいほど鬱陶しい。
若い頃、一本の虫歯のために数週間から数ヶ月にわたって歯科医院に通ったことがある。それも一度や二度ではない。治療がその一本で済んだ例しがない。隣接の歯もたいていむしばまれている。削ったり、型を取ったり、かぶせたりと大わらわだ。やっと治療が済んだかと思うと、今度は歯垢の除去を言い渡される。そのため、さらに、上歯二回、下歯二回の計四度は通院を余儀なくされた。要するに、歯の治療はたいてい大変長引く。考えるだけでうんざりだ。
今回はどうか。初診時から「5,6回通院の要あり」と宣告されたのでは先が思いやられる。暗澹たる気分にならずにはいられない。さりとて歯の治療はグズグズ先延ばしが出来ない。歯痛は格別で、眠ることさえ出来ないほどの痛さになるからだ。
一番いいのは予防に努めて虫歯にならないようにすることである。これから通院しようとしている私が言えた義理ではないが、私は私なりに予防に気を使い、おかげさま(?)でこの歳(?)になるまで入れ歯に類する歯はなく、すべて地歯をキープできている。その私がここにきて、虫歯に侵され、数週間から数ヶ月にわたって歯科医院のお世話になるだろう羽目に陥るとは!。悔しくてたまらない。「畜生!自分は虫歯に侵されるほどまだ若いんだ」とうそぶいてみても洒落にもならない。「どうか私のような羽目に陥らないよう、気を付けめされ」を締めの言葉として稿を閉じたい。
(2014年9月11日)
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昨日、久々に歯科医院に出向いて診察を受けた。記憶が定かでないが、数年ぶりの受診だった。診察所見は「数本、虫歯が進行していて、週に一回、5,6回通院の要あり」というものだった。歯痛の経験は多かれ少なかれ大抵の人が経験していることと思う。完治まで長引く場合が多く、非常に鬱陶しい。「鬱陶しきもの、誤解を解くこと、故なくつきまとわれること、例年以上に長引く梅雨、歯の治療」と並べてよいほど鬱陶しい。
若い頃、一本の虫歯のために数週間から数ヶ月にわたって歯科医院に通ったことがある。それも一度や二度ではない。治療がその一本で済んだ例しがない。隣接の歯もたいていむしばまれている。削ったり、型を取ったり、かぶせたりと大わらわだ。やっと治療が済んだかと思うと、今度は歯垢の除去を言い渡される。そのため、さらに、上歯二回、下歯二回の計四度は通院を余儀なくされた。要するに、歯の治療はたいてい大変長引く。考えるだけでうんざりだ。
今回はどうか。初診時から「5,6回通院の要あり」と宣告されたのでは先が思いやられる。暗澹たる気分にならずにはいられない。さりとて歯の治療はグズグズ先延ばしが出来ない。歯痛は格別で、眠ることさえ出来ないほどの痛さになるからだ。
一番いいのは予防に努めて虫歯にならないようにすることである。これから通院しようとしている私が言えた義理ではないが、私は私なりに予防に気を使い、おかげさま(?)でこの歳(?)になるまで入れ歯に類する歯はなく、すべて地歯をキープできている。その私がここにきて、虫歯に侵され、数週間から数ヶ月にわたって歯科医院のお世話になるだろう羽目に陥るとは!。悔しくてたまらない。「畜生!自分は虫歯に侵されるほどまだ若いんだ」とうそぶいてみても洒落にもならない。「どうか私のような羽目に陥らないよう、気を付けめされ」を締めの言葉として稿を閉じたい。
(2014年9月11日)