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万葉集読解・・・166(2626~2646番歌)

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     万葉集読解・・・166(2626~2646番歌)
2626  古衣打棄つる人は秋風の立ちくる時に物思ふものぞ
      (古衣 打棄人者 秋風之 立来時尓 物念物其)
 古衣(ふるごろも)は着古した着物。他はこのまま分かる平明歌。「着古した着物を打棄てる人は、秋風が立ち始める頃が来ると、物思うものですよ」という歌である。
 本歌は着古した着物を女性になぞらえて解釈するなど色々な意味に解釈することもできよう。

2627  はねかづら今する妹がうら若み笑みみ怒りみ付けし紐解く
      (波祢蘰 今為妹之 浦若見 咲見慍見 著四紐解)
 「はねかづら」は具体的には分からないが、はねを鳥の羽のこととすれば羽根飾り状の髪飾りということになる。若い少女がつける髪飾り。「うら若み」の「み」は「~ので」の「み」だが、「笑みみ怒りみ」の「み」は「~たり」の「み」である。「怒りみ」は「緊張したり」と解すると分かりやすい。「はねかづらをつけた彼女はうら若いので、はにかんだり緊張したりして紐を解く」という歌である。

2628  いにしへの倭文機帯を結び垂れ誰れといふ人も君にはまさじ
      (去家之 倭文旗帶乎 結垂 孰云人毛 君者不益)
 倭文機帯(しつはたおび)は日本古来の織機で、それで織った帯を指す。上三句は誰を導く序歌。「古来からの織機で織った帯を結んで垂らしたというけれど、その誰(垂れ)よりもあなたはまさっておいでです」という歌である。
 本歌には「一書(ある文)にいえる歌」として次のような異伝歌が登載されている。
      いにしへの狭織の帶を結び垂れ誰れしの人も君にはまさじ
      (古之 狭織之帶乎 結垂 誰之能人毛 君尓波不益)
 歌意は本歌と同様である。「倭文機帯を」が「狭織(さをり)の帶を」になっている。

2629  逢はずとも我れは恨みじこの枕我れと思ひてまきてさ寝ませ
      (不相友 吾波不怨 此枕 吾等念而 枕手左宿座)
 「まきてさ寝ませ」は「頭に当てて寝て下さい」という意味である。「さ」は強意の「さ」。「あなたに逢えなくとも私は恨みに思いません。この枕を私だと思って頭に当てて寝て下さい」という歌である。

2630  結へる紐解かむ日遠み敷栲の我が木枕は苔生しにけり
      (結紐 解日遠 敷細 吾木枕 蘿生来)
 「解かむ日遠み」は「~ので」の「み」。「敷栲(しきたへ)の」は枕の美称。元々は「真っ白な」という意味。「あなたが結んで下さった紐を解く日が来るのはまだ当分先なので、敷栲の私の木枕は苔生(こけむ)してしまいました」という歌である。

2631  ぬばたまの黒髪敷きて長き夜を手枕の上に妹待つらむか
      (夜干玉之 黒髪色天 長夜(口+リ) 手枕之上尓 妹待覧蚊)
 「ぬばたまの」はお馴染みの枕詞。「黒髪敷きて」は「長き夜を」にかけた言葉とも取れる。が、実景に取った方が歌意が妖艶になる。「黒髪を敷いて長い夜をひとり手枕して彼女は待っているだろうか」という歌である。

2632  まそ鏡直にし妹を相見ずは我が恋やまじ年は経ぬとも
      (真素鏡 直二四妹乎 不相見者 我戀不止 年者雖經)
 「まそ鏡」は枕詞(?)。「鏡にはっきり見るように、彼女を見ないままだと、恋はやむことがありません。年は経っても」という歌である。

2633  まそ鏡手に取り持ちて朝な朝な見む時さへや恋の繁けむ
      (真十鏡 手取持手 朝旦 将見時禁屋 戀之将繁)
 「見む時さへや」は反語表現。「まして」を誘因する。「鏡を手にとって毎朝毎朝みずにはいられない彼女だ。まして毎朝見なければ恋心がつのる」という歌である。

2634  里遠み恋わびにけりまそ鏡面影去らず夢に見えこそ
      (里遠 戀和備尓家里 真十鏡 面影不去 夢所見社)
 「里遠み」は「~ので」の「み」。「あなたの里が遠いので恋しくてわびしい思いをしています。鏡のようにその面影は去らず夢にでも出てきてほしい」という歌である。
 本歌には注が付いていて、「右一首はすでに柿本朝臣人麻呂歌集に見える。が、若干食い違っているので、ここにも載せる」とある。すでにとあるのは、2501番歌「里遠み恋ひうらぶれぬまそ鏡床の辺去らず夢に見えこそ」のことである。

2635  剣大刀身に佩き添ふる大夫や恋といふものを忍びかねてむ
      (剱刀 身尓佩副流 大夫也 戀云物乎 忍金手武)
 「大夫(ますらを)や」は「男子たる者」のことである。「忍びかねてむ」は「忍びかねるものなりや」という意味である。「剣大刀(つるぎたち)を見に帯びたる男子たる者、恋くらいに耐えられないものか(耐えられない)」という歌である。

2636  剣大刀諸刃の上に行き触れて死にかもしなむ恋ひつつあらずは
      (剱刀 諸刃之於荷 去觸而 所g鴨将死 戀管不有者)
 「諸刃(もろは)の上に行き触れて」は「諸刃に当たって」、「死にかもしなむ」は「死ぬなら死んでしまいたい」という意味である。「剣大刀の諸刃に当たっていっそ死んでしまいたい。こんなに恋に苦しむのなら」という歌である。

2637  うち鼻ひ鼻をぞひつる剣大刀身に添ふ妹し思ひけらしも
      (嚏 鼻乎曽嚏鶴 劔刀 身副妹之 思来下)
 「うち鼻ひ」は「くしゃみ」のことだが、くしゃみをするのは恋の兆しと考えられていた。「剣大刀(つるぎたち)身に添ふ」は「腰につける剣大刀のように寄り添う」という意味。「くしゃみが出る、またくしゃみが出る。どうやら、腰につける剣大刀のようにぴったり寄り添ってくれている妻も私のことを思ってくれているらしい」という歌である。

2638  梓弓末の原野に鷹狩する君が弓弦の絶えむと思へや
      (梓弓 末之腹野尓 鷹田為 君之弓食之 将絶跡念甕屋)
 「末(すえ)の原野に」は不詳。「絶えむと思へや」は「絶えると思うものでしょうか」という意味である。「梓弓(あづさゆみ)末の原野で鷹狩されるあなたの弓弦(ゆづる)が切れるなどと思いもしません」という歌である。

2639  葛城の襲津彦真弓新木にも頼めや君が我が名告りけむ
      (葛木之 其津彦真弓 荒木尓毛 憑也君之 吾之名告兼)
 「葛城の襲津彦(そつひこ)」は仁徳天皇の皇后となった磐之媛の父である。弓の名手として知られる。「真弓(まゆみ)新木にも」の「真」は「立派な」という美称だが、「あの新しい真弓にも似て」ということ。「頼めや」とどうつながるのかはっきりしない。求婚という意味に解しておく。「あの葛城の襲津彦も使ったという新しい弓にも似て私を新妻にしようとなさったのかあなたは私の名を人にお告げになりましたね」という歌である。

2640  梓弓引きみ緩へみ来ずは来ず来ば来そをなぞ来ずは来ばそを
      (梓弓 引見弛見 不来者不来 来者来其乎奈何 不来者来者其乎)
 「引きみ緩へみ」は「引いたり緩めたり」である。他は文字遊び(万葉時代は音遊びか?)のような歌である。「梓弓を引くのか緩めるのかはっきりわかるように、来なければ来ない、来るなら来るとはっきりしてちょうだい。どう来ないの来るの」という歌である。

2641  時守の打ち鳴す鼓数みみれば時にはなりぬ逢はなくもあやし
      (時守之 打鳴鼓 數見者 辰尓波成 不相毛恠)
 時刻は時守が打ち鳴らす鼓の数によって一同に知らされた。後世暮れ六つなどはこれによる。「数(よ)みみれば」は「数をかぞえてみると」という意味。「時守の打ち鳴らす鼓の音の数をかぞえてみると、もうやってきてもよい時刻、なのに逢いにやってこないのは怪訝」という歌である。

2642  燈火の影にかがよふうつせみの妹が笑まひし面影に見ゆ
      (燈之 陰尓蚊蛾欲布 虚蝉之 妹蛾咲状思 面影尓所見)
 「かがよふ」は「ちらちら光る」、「面影に見ゆ」は「面影に見える」という意味。「灯火に影のようにちらちら光る目の前の彼女が笑う姿が、まるで面影のように見える」という歌である。

2643  玉桙の道行き疲れ稲席しきても君を見むよしもがも
      (玉戈之 道行疲 伊奈武思侶 敷而毛君乎 将見因<母>鴨)
 「玉桙の」は枕詞。「しきても」は「繰り返し」という意味。「稲席(いなむしろ)しきて」と「しきても」をかけている。「道を歩き疲れると稲席を敷いて休息をとるように、繰り返しあの方にお逢いできるてだてはないものかしら」という歌である。

2644  小治田の板田の橋の壊れなば桁より行かむな恋ひそ我妹
      (小墾田之 板田乃橋之 壊者 従桁将去 莫戀吾妹)
 小治田(をはりだ)は奈良県明日香村近辺、板田の橋は不詳。「な恋ひそ」は「な~そ」の禁止形。「小治田の板田の橋が壊れても、残った橋桁を伝ってでも行くよ。だから恋しがらないで彼女よ」という歌である。

2645  宮材引く泉の杣に立つ民のやむ時もなく恋ひわたるかも
      (宮材引 泉之追馬喚犬二 立民乃 息時無 戀<渡>可聞)
 「宮材(みやぎ)引く」は「宮殿を造る材木を切り出す」という意味。「泉の杣(そま)に」は京都の木津川沿いの地という。「やむ時もなく」までが序歌。「やむ時もなく恋ひわたるかも」を導く。「宮殿を造る材木を切り出す泉の杣(そま)山に入って立ち働く民が休む間もないように、私はあなたをずっと恋い続けています」という歌である。

2646  住吉の津守網引の浮けの緒の浮かれか行かむ恋ひつつあらずは
      (住吉乃 津守網引之 浮笶緒乃 得干蚊将去 戀管不有者)
 「住吉の津守網引の浮けの緒の」は「住吉の津守が網引するその浮けの紐のように」という意味である。「浮け」は漁具のひとつ。「住吉の津守が網引するその浮けの紐のように浮かれたままどこかへ行ってしまいたい、恋に苦しんでいないで」という歌である。
           (2015年6月11日記)
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