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彼岸を目前に控えた昨日のことである。古代史の会の例会に顔を出すため、名古屋市政資料館に出かけた。駐車場に車をとめて降り立った私の前方に美しい花の群れが目に入った。近寄ってみると、彼岸花だった。私の脳裏に一年前に出会った彼岸花の姿が蘇った。その際一文を弄して本欄に寄せた記憶が蘇った。その時私は「彼岸花は、別名死人花、幽霊花、捨子花などとありがたくない名で呼ばれ、不気味な花のイメージを負っている。が、決してそんな感じの花ではない」という趣旨のことを記した。帰宅してその一文を繰ってみると、「その形状は実に特異だが、別に不気味でもなければ醜い花でもない。ある意味、組紐細工のように美しくさえ映じた。」と私は記していた。
今回も全く同様、否、昨年以上に強く肯定的な花に感じられた。放射状に伸びる花びらの赤さは温かく、美しい。決してケバケバしい赤ではなく、赤外線ストーブの色のような暖かみがある。不気味な花という、いつの間にか植え付けられ、マイナスイメージにとらえられがちだった花が昨年美しい花というプラスイメージに変わった。そのせいか、今回は、本当に個性的で明るく美しく温かい花だという積極イメージに変化していた。なんという変わりようだろう。人間のイメージなど当てにならないのかな。
遠くより目をひく赤き赤き花彼岸花咲く洋館の庭
もう君に死人花とは呼ばせない人を励ます温かき花
何事も前向き歩めと彼岸花彼岸を契機に背中押すごと
明日はお彼岸。私は墓参りに出かけるつもりでいる。それを契機に、彼岸花が押してくれた自分の背中が現実化するか否かは、ひとえに私自身の心構えと日々の生活の仕方にかかっている。
東京に世界にも咲け彼岸花
(2014年9月22日)
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彼岸を目前に控えた昨日のことである。古代史の会の例会に顔を出すため、名古屋市政資料館に出かけた。駐車場に車をとめて降り立った私の前方に美しい花の群れが目に入った。近寄ってみると、彼岸花だった。私の脳裏に一年前に出会った彼岸花の姿が蘇った。その際一文を弄して本欄に寄せた記憶が蘇った。その時私は「彼岸花は、別名死人花、幽霊花、捨子花などとありがたくない名で呼ばれ、不気味な花のイメージを負っている。が、決してそんな感じの花ではない」という趣旨のことを記した。帰宅してその一文を繰ってみると、「その形状は実に特異だが、別に不気味でもなければ醜い花でもない。ある意味、組紐細工のように美しくさえ映じた。」と私は記していた。
今回も全く同様、否、昨年以上に強く肯定的な花に感じられた。放射状に伸びる花びらの赤さは温かく、美しい。決してケバケバしい赤ではなく、赤外線ストーブの色のような暖かみがある。不気味な花という、いつの間にか植え付けられ、マイナスイメージにとらえられがちだった花が昨年美しい花というプラスイメージに変わった。そのせいか、今回は、本当に個性的で明るく美しく温かい花だという積極イメージに変化していた。なんという変わりようだろう。人間のイメージなど当てにならないのかな。
遠くより目をひく赤き赤き花彼岸花咲く洋館の庭
もう君に死人花とは呼ばせない人を励ます温かき花
何事も前向き歩めと彼岸花彼岸を契機に背中押すごと
明日はお彼岸。私は墓参りに出かけるつもりでいる。それを契機に、彼岸花が押してくれた自分の背中が現実化するか否かは、ひとえに私自身の心構えと日々の生活の仕方にかかっている。
東京に世界にも咲け彼岸花
(2014年9月22日)