Quantcast
Channel: 古代史の道
Viewing all articles
Browse latest Browse all 1223

万葉集読解・・・112(1636~1651番歌)

$
0
0
 巻5~8メニュー へ   
そ の 113 へ 
         
     万葉集読解・・・112(1636~1651番歌)
1636  大口の真神の原に降る雪はいたくな降りそ家もあらなくに
      (大口能 真神之原尓 零雪者 甚莫零 家母不有國)
 冬雜歌(1636~1654番歌)。
 作者は舎人娘子(とねりのをとめ)。雪の歌。娘子の名は不記載。
 「大口の」は枕詞だという。私は原則としてたった一例のみの場合は枕詞か否か疑問と考えている。が、「大口の」の場合は本歌以外にもう一例ある。3268番長歌に「~、大口の真神(まかみ)の原ゆ、~」と詠われている。二例とも「真神の原」にかかっている。なので、純然たる枕詞かに見える。が、この二例では断定に勇気が要る。なぜなら「大口の」は地名かも知れないからだ。「岩波大系本」は「真神の原」を「奈良県明日香村、飛鳥寺南方一帯の地」としている。私にはその真偽を判定できないが、「真神の原」は「神の原」すなわち一般名詞の可能性もあり、「大口の」はどこかの郷の匂いもする。少なくとも私には地名を捨てきれない。
 それはさておき、結句の「家もあらなくに」は「人家もないのに」という意味である。歌意は平明で、「大口の真神の原に降る雪よ。そんなに激しく降らないでおくれ。家もないのだから」という歌である。むろん各書ともほぼ同意に解している。が、「家もあらなくに」とはどういうことだろう。枕詞云々より遙かに重要な問題である。人家がない野なら雪が降ろうが降らまいが何の痛痒もないように思われる。なのに、「いたくな降りそ」とはどういう心情なのだろう。「人家がなく、したがって降る雪を見る人がいないのだから、降ってもしょうがないよ」という意味なのだろうか。???である。

1637  はだすすき尾花逆葺き黒木もち造れる室は万代までに
      (波太須珠寸 尾花逆葺 黒木用 造有室者 迄萬代)
 題詞に「太上天皇御製歌」とある。太上天皇(おほきすめらみこと)とは譲位された天皇、すなわち四十五代聖武天皇の直前の四十四代元正天皇のことである。
 「はだすすき」は穂がないススキ。尾花はススキの穂。要するに「はだすすき尾花」はススキのこと。「逆(さか)葺き」は屋根を葺くとき穂先を下にして並べること。「黒木もち」は「黒木を用いて」の意。黒木は皮のままの丸太。皮を剥いだ木は白木という。「ススキで屋根を逆さに葺き、丸太で造った室は永遠に続いていってほしい」という歌である。新天皇に天皇家の永続を託した歌であろうか。

1638  あをによし奈良の山なる黒木もち造れる室は座せど飽かぬかも
      (青丹吉 奈良乃山有 黒木用 造有室者 雖居座不飽可聞)
 題詞に「天皇御製歌」とある。こちらは断るまでもなく、四十五代聖武天皇。前歌に応えたような歌。
 「あをによし」はお馴染みの枕詞。「奈良の山なる」はややこなれない訓じ方だが、「奈良乃山有」なる原文から「奈良山に生えている木」という意味であることが分かる。
 「奈良山で取れた丸太で造った室は座っていても居心地がいいね」という歌である。
 本歌には左注が付いていて、「本歌は左大臣長屋王の佐保宅で催された宴会の時の御製歌だといわれている」とある。

1639  沫雪のほどろほどろに降りしけば奈良の都し思ほゆるかも
      (沫雪 保杼呂保杼呂尓 零敷者 平城京師 所念可聞)
 題詞に「太宰府長官大伴旅人の冬の日に雪をみて京を思う歌」とある。
 「ほどろほどろに」は「はらはらと」。「淡雪がはらはらと降って地面に白く降り敷くのを見ていると、奈良の都がしのばれる」という歌である。雪は奈良では普通に見かける風物詩だが、太宰府では珍しいことだったのだろう。

1640  我が岡に盛りに咲ける梅の花残れる雪をまがへつるかも
      (吾岳尓 盛開有 梅花 遺有雪乎 乱鶴鴨)
 作者は太宰府長官大伴旅人。梅の歌。
 「まがふ」は「見間違える」。「我が家の岡に咲き誇る白梅が今真っ盛り、残雪と見間違えるほど真っ白だ」という歌である。

1641  淡雪に降らえて咲ける梅の花君がり遣らばよそへてむかも
      (沫雪尓 所落開有 梅花 君之許遣者 与曽倍弖牟可聞)
 作者は角朝臣廣辨(つののあそみひろべ)。雪梅の歌。
 「君がり」の「がり」は原文に「許」とあるように「~のもとへ」という意味。歌例は多いので、列挙の要はあるまい。本歌に近い1546番歌だけを例示しておこう。1546番歌に「妹がりと我が行く道の川しあればつくめ結ぶと夜ぞ更けにける」とある。また、結句の「よそへてむかも」は「なぞらえるだろうか」という意味である。
 「降ってくる淡雪とともに咲いた白梅。これをあなたのもとへ送ったならば、雪と思ってくれるでしょうか」という歌である。

1642  たな霧らひ雪も降らぬか梅の花咲かぬが代にそへてだに見む
      (棚霧合 雪毛零奴可 梅花 不開之代尓 曽倍而谷将見)
 作者は安倍朝臣奥道(あへのあそみおきみち)。雪の歌。
 「たな霧(ぎ)らひ」は「全天かき曇って」という意味である。「咲かぬが代(しろ)に」は「咲かない代わりに」。「そへてだに見む」の「そへて」は前歌の「よそへて」に同じ。「全天かき曇って雪でも降ってこないだろうか。梅の花は咲いていないが、その代わりに降る雪を白梅と思って眺めよう」という歌である。

1643  天霧らし雪も降らぬかいちしろくこのいつ柴に降らまくを見む
      (天霧之 雪毛零奴可 灼然 此五柴尓 零巻乎将見)
 作者は若櫻部朝臣君足(わかさくらべのあそみきみたり)。雪の歌。
 上二句は前歌の上二句とほぼ同意。「いちしろく」は「いちじるしく」である。「いつ柴に」の「いつ」の意が「茂る」という意味か「斎(いつ)く(神聖な)」という意味かはっきりしない。柴の強意語ととっておいても歌意には差し支えあるまい。「全天かき曇って雪でも降ってこないだろうか。この柴の林に一面真っ白に降り積もるのを見てみたいものだ」という歌である。

1644  引き攀ぢて折らば散るべみ梅の花袖に扱入れつ染まば染むとも
      (引攀而 折者可落 梅花 袖尓古寸入津 染者雖染)
 作者は三野連石守(みののむらじいそもり)。梅の歌。
 「べみ」の「み」は「~なので」の「み」。「扱入(こき)れつ」の「こき」は「しごき」の「こき」。
 「梅の枝を引きちぎってしまったら花が散ってしまうだろうから、手で花をしごいて袖にしまいこんだよ。袖が梅の花に染まってもいいと思って」という歌である。

1645  我が宿の冬木の上に降る雪を梅の花かとうち見つるかも
      (吾屋前之 冬木乃上尓 零雪乎 梅花香常 打見都流香裳)
 作者は巨勢朝臣宿奈麻呂(こせのあそみすくなまろ)。雪の歌。
 「うち見つるかも」は「つい見てしまった」という意味である。「我が家の庭に立つ冬の枯れ木に雪が降りかかった。それを白梅が咲いたかとつい思って見てしまった」という歌である。

1646  ぬばたまの今夜の雪にいざ濡れな明けむ朝に消なば惜しけむ
      (夜干玉乃 今夜之雪尓 率所沾名 将開朝尓 消者惜家牟)
 作者は小治田朝臣東麻呂(をはりだのあそみあづままろ)。雪の歌。
 「ぬばたまの」はお馴染みの枕詞。「いざ濡れな」は「さあ、濡れよう」という意味である。「今夜降っているこの雪にさあ濡れよう。一夜明けて朝になったら雪が消えてしまっていたら後悔するだろうから」という歌である。

1647  梅の花枝にか散ると見るまでに風に乱れて雪ぞ降り来る
      (梅花 枝尓可散登 見左右二 風尓乱而 雪曽落久類)
 作者は忌部首黒麻呂(いむべのおびとくろまろ)。雪の歌。
 本歌は自分で実景を思い浮かべながら鑑賞しないと見誤るおそれがある。字義どおり「梅の花が枝に散りかかる」などと解すると詩趣を欠く。事態は逆で、「風に吹かれて雪が舞い降りてくる。その雪吹雪がまるで枝から離れた白梅のはなびらが舞い散っているかのように見えた」という意味に相違ない。「梅の花びらがまるで枝から離れて舞い散っているかのように風に吹かれて雪が舞い降りてくる」という歌である。

1648  十二月には淡雪降ると知らねかも梅の花咲く含めらずして
      (十二月尓者 沫雪零跡 不知可毛 梅花開 含不有而)
 作者は紀少鹿女郎(きのをしかのいらつめ)。梅の歌。
 旧暦の十二月(しはす)は新暦の1月から2月にかけての時期。早々と咲く梅もある頃である。梅に呼びかけた歌。「含(ふふ)めらずして」は、むろん「蕾もつけないで」という意味である。「十二月になっても淡雪が降ることがあるのよ。それを知らずに早々と咲いたのね、梅花さんよ。蕾もつけない内に・・・」という歌である。

1649  今日降りし雪に競ひて我が宿の冬木の梅は花咲きにけり
      (今日零之 雪尓競而 我屋前之 冬木梅者 花開二家里)
 作者は大伴家持。雪梅の歌。読解を要しない平明歌といってよかろう。
 「きょう降った雪に競うように我が家の庭の梅がまだ枯れ木状態なのに早々と咲いたよ」という歌である。

1650  池の辺の松の末葉に降る雪は五百重降りしけ明日さへも見む
      (池邊乃 松之末葉尓 零雪者 五百重零敷 明日左倍母将見)
 題詞に「平城京内裏(皇居)の西池の近くで行われた宴会で披露された歌」とあり、歌の左注に「作者未詳なれど、堅子(じゅし)阿倍朝臣虫麻呂(あへのあそみむしまろ)が読み上げた」とある。堅子は童子のことで、内裏で働く年少者のことのようだ。
 「松の末葉(うらば)に」は「梢の松葉に」のこと。「五百重(いほへ)降りしけ」は「どんどんいっぱい降れ」という意味である。「池の辺の松の梢の松葉に雪よ降れ降れいっぱい。明日までも降り続いて見てみたいものだ」という歌である。

1651  淡雪のこの頃継ぎてかく降らば梅の初花散りか過ぎなむ
      (沫雪乃 比日續而 如此落者 梅始花 散香過南)
 作者は 坂上郎女(さかのうえのいらつめ)。
 「この頃継(つ)ぎて」は「この頃続けざまに」という意味。「この頃淡雪が毎日のように降り続いている。この分では、せっかく咲いた梅の花も散ってしまうだろうか」という歌である。
 冬雜歌はまだ三首残っているが、冬相聞歌ともども次節回にまわしたい。
           (2014年10月4日記)
イメージ 1


Viewing all articles
Browse latest Browse all 1223

Trending Articles