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本日、久々にお千代保稲荷に出かけた。はっきりした記憶はないが、おそらく一年ぶり余の訪問である。同稲荷は岐阜県海津市に鎮座するお稲荷さんだが、創建はめっぽう古く、平安時代にさかのぼるとされている。京都の伏見稲荷、愛知県の豊川稲荷と並んで三大稲荷の一つとされる。が、由来だの格式だのは本稲荷の場合はさして注目するに当たらない。なんといっても、その本質は全国各地から続々と人々が押し寄せる人気の高さ、並はずれた庶民性の高さにある。車でないと気軽に行けない場所にありながら、人々でごったがえす人気ぶりである。本殿はそんじょそこらに鎮座するお稲荷さんと変わらぬ小規模稲荷。が、その小規模さ故にか、親しみやすさは抜群。年間250万人に達するとも言われる人気の秘密がそこにあるといってよい。
一度でもお千代保さんに足を運んだことがある人ならお分かりだろうが、昔ながらのお店が軒を連ね、その風情は江戸序代ならさしずめ浴衣姿に身を包んだ善男善女が行き交う街道の宿場町といったらいいだろうか。頭の天辺から足のつま先までどっぷり庶民の血肉でできあがっている私のような者の血が騒がぬ筈はない。
ただ、生憎、本日は曇天下で、かつ、かなり激しい夕立にも見舞われ、これまでとは異なって、ゆっくり、かつ、のんびりと心ゆくまで門前街の風情を楽しむというまでには至らなかった。それでも私にとってのお千代保さんは、これまでのお千代保さん同様、勇気と活力とを与えてくれるかけがえのない存在だった。
年間250万人に達する庶民でごったがえすまち、お千代保さん。いつ訪ねても勇気と活力を与えてくれるお千代保さん。親しみに満ちあふれた、お千代保さん。こういう町こそ、稲荷信仰などとはかけ離れた点があっても、出来るだけ末永く、存続してほしいと願わずにいられない。
(2014年8月19日)
本日、久々にお千代保稲荷に出かけた。はっきりした記憶はないが、おそらく一年ぶり余の訪問である。同稲荷は岐阜県海津市に鎮座するお稲荷さんだが、創建はめっぽう古く、平安時代にさかのぼるとされている。京都の伏見稲荷、愛知県の豊川稲荷と並んで三大稲荷の一つとされる。が、由来だの格式だのは本稲荷の場合はさして注目するに当たらない。なんといっても、その本質は全国各地から続々と人々が押し寄せる人気の高さ、並はずれた庶民性の高さにある。車でないと気軽に行けない場所にありながら、人々でごったがえす人気ぶりである。本殿はそんじょそこらに鎮座するお稲荷さんと変わらぬ小規模稲荷。が、その小規模さ故にか、親しみやすさは抜群。年間250万人に達するとも言われる人気の秘密がそこにあるといってよい。
一度でもお千代保さんに足を運んだことがある人ならお分かりだろうが、昔ながらのお店が軒を連ね、その風情は江戸序代ならさしずめ浴衣姿に身を包んだ善男善女が行き交う街道の宿場町といったらいいだろうか。頭の天辺から足のつま先までどっぷり庶民の血肉でできあがっている私のような者の血が騒がぬ筈はない。
ただ、生憎、本日は曇天下で、かつ、かなり激しい夕立にも見舞われ、これまでとは異なって、ゆっくり、かつ、のんびりと心ゆくまで門前街の風情を楽しむというまでには至らなかった。それでも私にとってのお千代保さんは、これまでのお千代保さん同様、勇気と活力とを与えてくれるかけがえのない存在だった。
年間250万人に達する庶民でごったがえすまち、お千代保さん。いつ訪ねても勇気と活力を与えてくれるお千代保さん。親しみに満ちあふれた、お千代保さん。こういう町こそ、稲荷信仰などとはかけ離れた点があっても、出来るだけ末永く、存続してほしいと願わずにいられない。
(2014年8月19日)