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昨日、私はちょっとした時間の間を利用して建中寺を訪れた。建中寺は慶安4年(1651年)に第二代尾張藩主徳川光友が、初代藩主徳川義直の菩提を弔うために建立した寺である。同寺は少々変わった形になっていて、総門をくぐると、参道が三門に続くが、本来境内であっただろう場に公園が作られ、一般に解放されている。
建中寺は名古屋市内有数の寺の一つだが、今回は紅葉の観賞に立ち寄った。が、ここで思わぬ人に出会った。一人は車を購入した相手だが、一人は全く見ず知らずのお婆さんだった。境内に咲く赤い実をつけていた灌木の名を訊ねたのがきっかけで、しばらく話し込んだ。お婆さんは一人暮らしと見受けられ、家が近くなので雨、風、関係なく、毎日毎日寺にやって来るという。もう82歳になる文字通り高齢の人なのだが、手押し車を押しての日課だった。
「お元気ですね」と声をかけるとお婆さんはにっこり笑って答えた。「毎日寺に何しに来るの、という人もいるけれど、お参りすると心が安らぐの」。
聞けば、一年前までは杖を突いて通ってきてたそうだ。転倒してそれがかなわくなり、手押し車を押してくるようになった。そして再びにっこりして言った。「これだと椅子にもなるでしょ。疲れたら腰掛けて休憩できるでしょ」。
しばらく黙ってから私は言った。「手押し車で十分。毎日毎日歩いて来るのが感心。健康には欠かせないことだもの。本当に元気でね」。
こう言ったのは社交辞令でも何でもない。本当に心の底から暖かい気分になっての発言だった。多分に自分自身への励ましだったかも知れない。お婆ちゃんと別れてから公園を行くと、公園の紅葉がひときわきれいに目に映じた。
歳かさねなお参りくる老いひとり心から拍手手押し車に
(2016年11月30日)
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昨日、私はちょっとした時間の間を利用して建中寺を訪れた。建中寺は慶安4年(1651年)に第二代尾張藩主徳川光友が、初代藩主徳川義直の菩提を弔うために建立した寺である。同寺は少々変わった形になっていて、総門をくぐると、参道が三門に続くが、本来境内であっただろう場に公園が作られ、一般に解放されている。
建中寺は名古屋市内有数の寺の一つだが、今回は紅葉の観賞に立ち寄った。が、ここで思わぬ人に出会った。一人は車を購入した相手だが、一人は全く見ず知らずのお婆さんだった。境内に咲く赤い実をつけていた灌木の名を訊ねたのがきっかけで、しばらく話し込んだ。お婆さんは一人暮らしと見受けられ、家が近くなので雨、風、関係なく、毎日毎日寺にやって来るという。もう82歳になる文字通り高齢の人なのだが、手押し車を押しての日課だった。
「お元気ですね」と声をかけるとお婆さんはにっこり笑って答えた。「毎日寺に何しに来るの、という人もいるけれど、お参りすると心が安らぐの」。
聞けば、一年前までは杖を突いて通ってきてたそうだ。転倒してそれがかなわくなり、手押し車を押してくるようになった。そして再びにっこりして言った。「これだと椅子にもなるでしょ。疲れたら腰掛けて休憩できるでしょ」。
しばらく黙ってから私は言った。「手押し車で十分。毎日毎日歩いて来るのが感心。健康には欠かせないことだもの。本当に元気でね」。
こう言ったのは社交辞令でも何でもない。本当に心の底から暖かい気分になっての発言だった。多分に自分自身への励ましだったかも知れない。お婆ちゃんと別れてから公園を行くと、公園の紅葉がひときわきれいに目に映じた。
歳かさねなお参りくる老いひとり心から拍手手押し車に
(2016年11月30日)