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万葉集読解・・・266(4119~4127番歌)

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     万葉集読解・・・266(4119~4127番歌)
 霍公鳥が鳴き声を聞いて作った歌
4119  いにしへよ偲ひにければ霍公鳥鳴く声聞きて恋しきものを
      (伊尓之敝欲 之怒比尓家礼婆 保等登藝須 奈久許恵伎吉弖 古非之吉物乃乎)
 「いにしへよ」は「遠い昔から」という意味。「偲(しの)ひにければ」は「遠くの人や風景を思い慕う」ということ。「遠い昔から遠くの人を思い起こさせるというホトトギスの鳴き声、実際に耳にすればふるさとが恋しくてならない」という歌である。

 頭注に「都に向かおうとするとき、酒宴で高貴な人や美人に接する日のために思いを述べる時に備えた歌二首」とある。
4120  見まく欲り思ひしなへにかづらかけかぐはし君を相見つるかも
      (見麻久保里 於毛比之奈倍尓 賀都良賀氣 香具波之君乎 安比見都流賀母)
 「かづらかけ」は「かづらをかむった」、「かぐはし」は「芳しい」という意味。「お逢いしたいと思っていました、ちょうどその折りに、かづらをかぶられた芳しいあなた様にお逢いすることができました」という歌である。

4121  朝参の君が姿を見ず久に鄙にし住めば我れ恋ひにけり [一云 はしきよし妹が姿を]
      (朝参乃 伎美我須我多乎 美受比左尓 比奈尓之須米婆 安礼故非尓家里 [一云 波之吉与思 伊毛我須我多乎])
 「朝参の」の訓は「みかどまゐりの」、「(てふさん)の」、「(まゐいり)の」等諸説あって定まっていない。意味は朝廷に出仕することだろうから、「あさまひの」でいいように思われる。「朝廷に出仕してくるあなたの姿を見かけることなく、長らく遠い田舎に住んでおりましたので、私は恋しくてなりませんでした」という歌である。異伝歌には上二句が「美しいお方の姿を」となっている。
 左注に「同じく閏五月廿八日大伴宿祢家持作る」とある。同じくというのは4115番歌の左注に「閏五月」とあるからである。

 頭注に「天平感宝元年(749年)閏五月六日以来ひでり気味の日が続き、百姓田畝はややしぼんできた。ところが六月一日になって突然雨雲の気配が見えたので作った一首及び短歌」とある。
4122番長歌
   天皇の 敷きます国の 天の下 四方の道には 馬の爪 い尽くす極み 舟舳の い果つるまでに いにしへよ 今のをつづに 万調 奉るつかさと 作りたる その生業を 雨降らず 日の重なれば 植ゑし田も 蒔きし畑も 朝ごとに しぼみ枯れゆく そを見れば 心を痛み みどり子の 乳乞ふがごとく 天つ水 仰ぎてぞ待つ あしひきの 山のたをりに この見ゆる 天の白雲 海神の 沖つ宮辺に 立ちわたり との曇りあひて 雨も賜はね
      (須賣呂伎能 之伎麻須久尓能 安米能之多 四方能美知尓波 宇麻乃都米 伊都久須伎波美 布奈乃倍能 伊波都流麻泥尓 伊尓之敝欲 伊麻乃乎都頭尓 万調 麻都流都可佐等 都久里多流 曽能奈里波比乎 安米布良受 日能可左奈礼婆 宇恵之田毛 麻吉之波多氣毛 安佐其登尓 之保美可礼由苦 曽乎見礼婆 許己呂乎伊多美 弥騰里兒能 知許布我其登久 安麻都美豆 安布藝弖曽麻都 安之比奇能 夜麻能多乎理尓 許能見油流 安麻能之良久母 和多都美能 於枳都美夜敝尓 多知和多里 等能具毛利安比弖 安米母多麻波祢)

  長歌は用語の解説を最小限にとどめる。「今のをつづに」は「今の現(をつつ)に」で、「今現在まで」、「万調(よろづつき)」は「色々の貢ぎ物」という意味。「奉るつかさと」だが、「つかさ」は「小高い丘」のことなので、「献上する中の一段小高い(最上)」という意味である。「山のたをりに」は「山と山の間のくぼみ」のこと。

 (口語訳)
 天皇の治めていらっしゃる国、天下の四方の道は馬の蹄がすり減ってなくなるほど遠く、海上では船の舳先が向いた方向がいつ果てるとも知れないほど広がっている。古来より今現在に至るまで諸々の貢ぎ物を献上せんと最上のものを作ろうと励む生業(なりわい)。けれども雨が降らない日が続き、稲を植えた田も、種を蒔いた畑も、日ごとに枯れほそってゆく。それを見ると、赤子が乳を乞うように、天からの水が降りてくるのを人々は待っている。今、山あいを見れば白雲がかかり、海神が治めたまう海の沖の方まで一面にかき曇っている。どうか雨をお恵み下され。

 反歌一首
4123  この見ゆる雲ほびこりてとの曇り雨も降らぬか心足らひに
      (許能美由流 久毛保妣許里弖 等能具毛理 安米毛布良奴可 <己許 呂太良比尓)
 「ほびこりて」は「はびこりて」の変形か。「広がって」という意味。「との曇り」は「空一面に曇って」。「心足らひに」は「心ゆくまで」という意味。「今見えているこの雲が広がって空一面に曇り、雨が降ってくれないだろうか、心ゆくまで」という歌である。
 左注に「右の二首は六月一日の日暮れに守大伴宿祢家持作る。」とある。

 雨が降るのを                                                                                                                             祝う歌一首
4124  我が欲りし雨は降り来ぬかくしあらば言挙げせずとも年は栄えむ
      (和我保里之 安米波布里伎奴 可久之安良<婆> 許登安氣世受杼母 登思波佐可延牟)
 「言(こと)挙げせずとも」は「言い立てなくても」。「年は栄えむ」は「今年も五穀豊穣になろう」という意味。「我が待ち望んだ雨は降ってきてくれた。この調子だと仰々しく言い立てなくとも、今年も五穀豊穣になろう」という歌である。
 左注に「右一首、同月四日大伴宿祢家持作る」とある。「同月」はむろん「六月」。

 七夕歌一首と短歌
4125番長歌
   天照らす 神の御代より 安の川 中に隔てて 向ひ立ち 袖振り交し 息の緒に 嘆かす子ら 渡り守 舟も設けず 橋だにも 渡してあらば その上ゆも い行き渡らし 携はり うながけり居て 思ほしき 言も語らひ 慰むる 心はあらむを 何しかも 秋にしあらねば 言どひの 乏しき子ら うつせみの 世の人我れも ここをしも あやにくすしみ 行きかはる 年のはごとに 天の原 振り放け見つつ 言ひ継ぎにすれ
      (安麻泥良須 可未能御代欲里 夜洲能河波 奈加尓敝太弖々 牟可比太知 蘇泥布利可波之 伊吉能乎尓 奈氣加須古良 和多里母理 布祢毛麻宇氣受 波之太尓母 和多之弖安良波 曽<乃>倍由母 伊由伎和多良之 多豆佐波利 宇奈我既里為弖 於<毛>保之吉 許登母加多良比 <奈>具左牟流 許己呂波安良牟乎 奈尓之可母 安吉尓之安良祢波 許等騰比能 等毛之伎古良 宇都世美能 代人和礼<毛> 許己<乎>之母 安夜尓久須之弥 徃更 年<乃>波其登尓 安麻<乃>波良 布里左氣見都追 伊比都藝尓須礼)

 「天照らす 神の御代より 安の川」であるが、『古事記』や『日本書紀』によると、天界(高天原)を支配するのは天照大御神(アマテラスオオミカミ)。そこに流れている川が安の川。この安の川を天の川に見立てて詠んだ歌。「うながけり居て」は「うなじに手を掛け合って」という意味である。「心はあらむを」は「心もあるだろうに」である。「あやにくすしみ」は「とても不思議」という意味。

 (口語訳)
 「天照大御神の遙か遠い御代からある安の川、その安の川を挟んで両岸に向かい合って立つお二人。互いに袖を振り合って息長く恋い焦がれておられる。渡し守もいなく、舟もない。せめて橋でも渡してあれば、橋の上を渡って逢い、手を携え、肩に手を掛け合って仲睦まじく思いの情を語り合い慰め合おうものを。どういう訳で秋がやってこなければ
言葉も掛けられないお二人だろう。現世の地上にいる私にはこれがとても不思議でならない。毎年毎年年が変わるたびに天の原を振り仰ぎ、言い継がれてきたのが不思議でならない」

 反歌二首
4126  天の川橋渡せらばその上ゆもい渡らさむを秋にあらずとも
      (安麻能我波 々志和多世良波 曽能倍由母 伊和多良佐牟乎 安吉尓安良受得物)
 「橋渡せらば」は「もし橋が渡してあったなら」。他は読解不要の平明歌。「天の川にもし橋が渡してあったなら、その橋を渡っていくことが出来るのに、秋でなくとも」

4127  安の川こ向ひ立ちて年の恋日長き子らが妻どひの夜ぞ
      (夜須能河波 許牟可比太知弖 等之<乃>古非 氣奈我伎古良河 都麻度比能欲曽)
「日長き子ら」は「一年という長い月日を待ちに待ったお二人」という意味である。「妻どひ」は本来男性側からの求婚を意味するが、この場合は「久々の逢瀬」という意味。「安の川を隔てて向い合って立ち、恋い焦がれながら、一年という長い月日を待ちに待ったお二人。久々の逢瀬を迎える今宵は」という歌である。
 左注に「七月七日天の川を仰ぎ見て大伴宿祢家持作る」とある。
             (2016年12月2日記)
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