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万葉集読解・・・269(4156~4165番歌)

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     万葉集読解・・・269(4156~4165番歌)
 鵜を潜らせての歌及び短歌
4156番長歌
   あらたまの 年行きかはり 春されば 花のみにほふ あしひきの 山下響み 落ち激ち 流る辟田の 川の瀬に 鮎子さ走る 島つ鳥 鵜養伴なへ 篝さし なづさひ行けば 我妹子が 形見がてらと 紅の 八しほに染めて おこせたる 衣の裾も 通りて濡れぬ
      (荒玉能 年徃更 春去者 花耳尓保布 安之比奇能 山下響 墜多藝知 流辟田乃 河瀬尓 年魚兒狭走 嶋津鳥 鵜養等母奈倍 可我理左之 奈頭佐比由氣婆 吾妹子我 可多見我氐良等 紅之 八塩尓染而 於己勢多流 服之襴毛 等寳利氐濃礼奴)

  長歌は用語の解説を最小限にとどめる。「辟田(さきた)の川」はどの川のことか未詳。富山県高岡市ないし小矢部市を流れる川か。「島つ鳥」は4011番長歌にも「~島つ鳥 鵜養が伴は~」とあり、この2例のみ。かつ両例とも「鵜養」にかかり、枕詞と解釈出来る。が、他方では「島の鳥の鵜」とも普通に解釈できる。枕詞(?)としておきたい。「八しほに染めて」は「幾度も染めて」、「おこせたる」は「送ってくれた」という意味。

 (口語訳)
 年が代わって春になると花々が咲きにおう。山のふもとを轟かして、激しく落下して流れくだる辟田(さきた)川。その川の瀬では鮎がすいすいと走る。鵜飼いの人々を伴って、篝火をかざして難渋しながら川を行くと、我が妻が形見と思って下さいと、紅色に幾度も染めて送ってくれた着物、その着物が水に濡れる。

4157  紅の衣にほはし辟田川絶ゆることなく我れかへり見む
      (紅乃 衣尓保波之 辟田河 絶己等奈久 吾等眷牟)
 「辟田(さきた)川」は前長歌参照。「我れかへり見む」は「いくたびもここにやってこよう」という意味である。「紅の着物を美しく染める辟田川、幾度もまたやってこよう」という歌である。

4158  年のはに鮎し走らば辟田川鵜八つ潜けて川瀬尋ねむ
      (毎年尓 鮎之走婆 左伎多河 鵜八頭可頭氣? 河瀬多頭祢牟)
 「年のはに」は原文に「毎年尓」とある。が、長歌に「年行きかはり春されば」の言い換えなので、「毎年春になって」という意味。「辟田(さきた)川」は前歌参照。「八つ」は例によって「多く」。「毎年春になって辟田川に鮎が走るようなら、たくさんの鵜を潜らせてこの川瀬にやってこよう」という歌である。

 頭注に「晩春三月九日に、出擧の業務で古江村に行く。その途中で目にした風物、ないし感興の赴くまま作った歌」とある。この頭注は4159~4165番歌の七首をまとめたものになっている。出擧(すいこ)は官の農民への貸付金。利子として稲を回収する。「古江村」は、富山県氷見市にかってあった布勢の海(大きな塩水湖)の東湖岸にあった村。

 副注に「澁谿埼を過ぎて巖(いはほ)の上の樹を見て一首、樹の名はつまま」とある。渋谷埼は富山県高岡市の渋谷の海岸(富山湾)。つままはタブノキのこととされ、クスノキ科の常緑高木。
4159  磯の上のつままを見れば根を延へて年深からし神さびにけり
      (礒上之 都萬麻乎見者 根乎延而 年深有之 神<左>備尓家里)
 「根を延へて」は「根を長く張って」。「年深からし」は「何年も経っているらしい」という意味。「神さびにけり」は「神々しいまでに古びている」という意味である。「磯の上のツママの木は見るからに根を長く張って、何年も経っているらしい。神々しいまでに古びているなあ」という歌である。

 世の中の無常を悲しむ歌一首及び短歌
4160番長歌
   天地の 遠き初めよ 世間は 常なきものと 語り継ぎ 流らへ来たれ 天の原 振り放け見れば 照る月も 満ち欠けしけり あしひきの 山の木末も 春されば 花咲きにほひ 秋づけば 露霜負ひて 風交り もみち散りけり うつせみも かくのみならし 紅の 色もうつろひ ぬばたまの 黒髪変り 朝の笑み 夕変らひ 吹く風の 見えぬがごとく 行く水の 止まらぬごとく 常もなく うつろふ見れば にはたづみ 流るる涙 留めかねつも
      (天地之 遠始欲 俗中波 常無毛能等 語續 奈我良倍伎多礼 天原 振左氣見婆 照月毛 盈<ち>之家里 安之比奇能 山之木末毛 春去婆 花開尓保比 秋都氣婆 露霜負而 風交 毛美知落家利 宇都勢美母 如是能未奈良之 紅能 伊呂母宇都呂比 奴婆多麻能 黒髪變 朝之咲 暮加波良比 吹風能 見要奴我其登久 逝水能 登麻良奴其等久 常毛奈久 宇都呂布見者 尓波多豆美 流な 等騰米可祢都母)

  「あしひきの」、「ぬばたまの」、「にはたづみ」は枕詞。

 (口語訳)
 天地の遠い遠い初めより、世の中は無常なものだと人々は語り継ぎ、言い伝えてきた。天を仰いで見ると、照り輝く月も満ちたり欠けたりしている。やまの木々の梢も、春が来れば花が咲き匂い、秋になれば露や霜を帯び、秋風が吹き、もみじが散り敷く。この世の人もこんなふうであろう。鮮やかな紅の色も色あせ、黒々とした髪も白く染まっていく。朝の笑顔も夕方には変わる。吹く風が目に見えないように、流れる水がとどまらないように、変わらないものなどなく、変わっていくのを見ると、溢れ出てくる涙も留めようがない。

4161  言とはぬ木すら春咲き秋づけばもみち散らくは常をなみこそ [一云 常なけむとぞ]
      (言等波奴 木尚春開 秋都氣婆 毛美知遅良久波 常乎奈美許曽 [一云 常无牟等曽])
 「言とはぬ」は「物を言わない」という意味。「常をなみこそ」は「無常であるからこそ」ということ。「物を言わない木ですら春には花が咲き、秋には紅葉となって散るのは、変わらない物はないからだ」という歌である。異伝歌の結句は「そのままでありようがない」となっている。

4162  うつせみの常なき見れば世の中に心つけずて思ふ日ぞ多き [一云 嘆く日ぞ多き]
      (宇都世美能 常<无>見者 世間尓 情都氣受弖 念日曽於保伎 [一云 嘆日曽於保吉])
 「うつせみの」は「この現世の」ということ。「心つけずて」は「心をつからず」すなわち「心を染めないで」という意味である。「この現世の無常な様を見ていると、世事に心を煩わされることなく、物思う日が多い」という歌である。異伝歌の結句は「嘆く日が多い」となっている。

 頭注に「あらかじめ七夕に作った歌」とある。七夕はたなばただが、たなばたにこと寄せて作ったのかはっきりしない。4156番長歌に「着物は妻が形見と思って送ってくれた」とあるので、三月七日の夕べのことであろう。たなばたでは唐突過ぎる。
4163  妹が袖我れ枕かむ川の瀬に霧立ちわたれさ夜更けぬとに
      (妹之袖 我礼枕可牟 河湍尓 霧多知和多礼 左欲布氣奴刀尓)
 「枕かむ」は「枕にして」という意味。「さ夜更けぬとに」のさは美称。「更けぬとに」は「更けないうちに」。「妻の着物の袖を枕にして寝たい。世の更けない内に、川の瀬に霧よ立ちわたっておくれ。二人だけの密事があるから。」という歌である。

 頭注に「勇士(ますらを)の名を立てようと願っての歌と短歌」とある。勇士は4165番歌の左注により、山上憶良を指す。
4164番長歌
   ちちの実の 父の命 ははそ葉の 母の命 おほろかに 心尽して 思ふらむ その子なれやも 大夫や 空しくあるべき 梓弓 末振り起し 投矢持ち 千尋射わたし 剣大刀 腰に取り佩き あしひきの 八つ峰踏み越え さしまくる 心障らず 後の世の 語り継ぐべく 名を立つべしも
      (知智乃實乃 父能美許等 波播蘇葉乃 母能美己等 於保呂可尓 情盡而 念良牟 其子奈礼夜母 大夫夜 <无>奈之久可在 梓弓 須恵布理於許之 投矢毛知 千尋射和多之 劔刀 許思尓等理波伎 安之比奇能 八峯布美越 左之麻久流 情不障 後代乃 可多利都具倍久 名乎多都倍志母)

  「ちちの実の」と「ははそ葉の」はセットになった枕詞とされる。4408番長歌にもう一例だけ使われている。「おほろかに」は「おろそかに」とほぼ同意。「いい加減に」である。「さしまくる」は「任命する」こと。

 (口語訳)
 父上や母上はいい加減な気持ちでわれわれを育てたのだろうか。決してそうではあるまい。だから男子たる者、無為に時を送ってはならない。梓弓(あずさゆみ)の末を振り立てるような、投げ矢を持って射通すような気迫を持たなければなるまい。剣大刀(つるぎたち)を腰に帯び、いくつもの山々を越えた地で任務につくように任命された大君の心に違わぬように、後の世の語りぐさとなるように名を立てなければならない。

4165  大夫は名をし立つべし後の世に聞き継ぐ人も語り継ぐがね
      (大夫者 名乎之立倍之 後代尓 聞継人毛 可多里都具我祢)
 「大夫(ますらを)は」は「男子たる者」というニュアンス。「語り継ぐがね」は「語り継ぐだろうから」という意味。「男子たる者、名を立てるようにすべきだ。後の世の人も語りぐさにするだろうから」という歌である。
 左注に「右二首は山上憶良臣に後日応えて作った歌」とある。
           (2016年12月22日記)
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