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万葉集読解・・・287(4384~4394番歌)

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     万葉集読解・・・287(4384~4394番歌)
4384  暁のかはたれ時に島蔭を漕ぎにし船のたづき知らずも
      (阿加等伎乃 加波多例等枳尓 之麻加枳乎 己枳尓之布祢乃 他都枳之良須母)
 「かはたれ時に」は「彼は誰の時」つまり「彼方は誰か分からない時、まだ薄暗い時」という意味である。「たづき」は「手がかり」。
 「暁のまだ明け切らない薄暗いうち、島陰を漕いでいった船がどうなったか知りようがない」という意味である。
 左注に「右は助丁、海上郡海上國造、他田日奉直得大理(をさたのひまつりのあさひとこたり)の歌」とある。助丁が國造(くにのみやつこ)というのは変。なぜなら、助丁は國造の下級使用人なので、「配下」が欠落している。海上郡(うなかみのこほり)は千葉県旭市から銚子市にかけてあった郡。

4385  行こ先に波なとゑらひ後方には子をと妻をと置きてとも来ぬ
      (由古作枳尓 奈美奈等恵良比 志流敝尓波 古乎等都麻乎等 於枳弖等母枳奴)
 「行(ゆ)こ先に」は「行く先に」の訛り。「波なとゑらひ」は「な~そ」の禁止形。「とゑらひ」は「とをらふ」の訛り。「とをらふ」は1740番長歌に実例があり、「~住吉の 岸に出で居て 釣舟の とをらふ見れば~」とある。「釣舟が波で上下に揺れる」という意味。したがって「波なとゑらひ」は「波よ高くうねらないでおくれ」という意味である。「後方(しるへ)には」(原文「志流敝尓波」)は「後方(しりへ)には」の訛り。「子をと妻をと」は「子と妻とを」の強調か(?)。
 「行き先に波よ高くうねらないでおくれ。後方には子や妻を置いてきたのだから」という歌である。
 左注に「右は葛飾郡、私部石嶋(きさきべのいそしま)の歌」とある。葛飾郡(かつしかのこほり)は下総国(千葉県)の郡だった。中世以降は東京、千葉、埼玉、茨城にまたがる細長い一帯の郡。

4386   我が門の五本柳いつもいつも母が恋ひすす業りましつしも
       (和加々都乃 以都母等夜奈枳 以都母々々々 於母加古比須々 奈理麻之都之母)
 「我が門(かつ)の」(原文「和加々都乃」)は「我が門(かど)の」の訛り。上二句「我が門の五本(いつもと)柳」は「いつもいつも」を導き出す序歌。「恋ひすす」は「恋ひつつ」の東国訛りだろう。「業(な)りまし」は「業(な)りいまし」のこと。「つしも」は「つつも」の訛り。
 「我が門の五本(いつもと)柳ではないが、いつの時も母上が私のことを思って生業(なりわい)に励んでおられる」という歌である。
 左注に「右は結城郡、矢作部真長(やはぎべのまながの)歌」とある。結城郡(ゆふきのこほり)は茨城県結城市一帯に広がっていた郡。現在も八千代町が同郡に残っている。 

4387  千葉の野の児手柏のほほまれどあやに愛しみ置きてたか来ぬ
      (知波乃奴乃 古乃弖加之波能 保々麻例等 阿夜尓加奈之美 於枳弖他加枳奴)
 「野(ぬ)の」(原文「奴乃」)は「野の」の訛り。「千葉の野」は具体的な場所ははっきりしないが、千葉県千葉市あたりにあった野と考えられる。「児手柏(このてかしわ)」はヒノキ科常緑小高木。「ほほまれど」は「含(ふふ)まれど」の訛り。「たか来ぬ」は「高(遠く)来ぬ」と「誰か来ぬ」が有力説とされるが、前者が適切だろう。
 「千葉の野の児手柏の若葉のように、まだ初々しくて可愛いいあの子を置いてはるばるやってきた」という歌である。
 左注に「右は千葉郡、大田部足人(おほたべのたりひと)の歌」とある。千葉郡(ちばのこほり)は千葉市から習志野市にかけて広がっていた郡。

4388  旅とへど真旅になりぬ家の妹が着せし衣に垢付きにかり
      (多妣等弊等 麻多妣尓奈理奴 以弊乃母加 枳世之己呂母尓 阿加都枳尓迦理)
 「旅とへど」は「旅と言っても」という意味。「垢付きにかり」は「垢付きにけり」の訛り。
 「旅と言っても本格的な旅になってしまった。家の妻が着せてくれた着物は垢で汚れてしまった」という歌である。
 左注に「右は占部虫麻呂(うらべのむしまろ)の歌」とある。

4389  潮舟の舳越そ白波にはしくも負ふせたまほか思はへなくに
      (志保不尼乃 弊古祖志良奈美 尓波志久母 於不世他麻保加 於母波弊奈久尓)
 「舳越(こ)そ」は「舳(こ)越す」の訛り。「にはしくも」は「だしぬけに」と意味ははっきりしているが、なぜ「にはしくも」なのか。「せはしくも」の訛りではないかと思う。「たまほか」は「たまふか」の訛り。
 「潮舟の舳先を越してくる白波のように、だしぬけに(防人を)仰せつかった。思ってもみなかったのに」という歌である。
 左注に「右は印波郡、丈部直大麻呂(はせべのあたひおほまろ)の歌」とある。印波郡(いにはのこほり)は千葉県印旛郡のことで、千葉市から成田市にかけた一帯に広がっていた郡。現在も酒々井町、栄町がある。

4390  群玉の枢に釘刺し固めとし妹が心は動くなめかも
      (牟浪他麻乃 久留尓久枳作之 加多米等之 以母加去々里波 阿用久奈米加母)
 「群(むら)玉の」は枕詞説もあるが、本歌しか例がなく枕詞(?)。「枢(くる)」はくるくる回る開き戸のこと。「動くなめかも」は「動くらむかも」の訛り。
 「ぐるぐる回る玉ぐるまのように、くるくる回る開き戸にしっかりと釘を刺して固め、彼女の心をつなぎとめたから、もはや動くことはあるものか」という歌である。
 左注に「右は猨嶋郡、刑部志加麻呂(おさかべのしかまろ)の歌」とある。猨嶋郡(さしまのこほり)は茨城県猿島郡のことで、古川市から坂東市にかけた一帯に広がっていた郡。現在も五霞町、境町がある。

4391  国々の社の神に幣奉り贖乞ひすなむ妹が愛しさ
      (久尓<具尓>乃 夜之呂乃加美尓 奴佐麻都理 阿加古比須奈牟 伊母賀加奈志作)
 「幣(ぬさ)奉り」は「神に供え物をする」という意味。「贖(あが)乞ひ」は「神の加護」。「すなむ」は「すらむ」の訛り。
 「国々の神社の神様にお供えをし、私の旅路のご加護を祈っているだろう妻が愛しい」という歌である。
 左注に「右は結城郡、忍海部五百麻呂(おしぬみべのいほまる)の歌」とある。結城郡(ゆふきのこほり)は茨城県の郡。4386番歌左注参照。

4392  天地のいづれの神を祈らばか愛し母にまた言とはむ
      (阿米都之乃 以都例乃可美乎 以乃良波加 有都久之波々尓 麻多己等刀波牟)
 「天地(あめつし)の」(原文「阿米都之乃」)は「天地(あめつち)の」の訛り。「言(こと)とはむ」は「話ができるだろうか」という意味。
 「天地の、どの神様にお祈りしたら愛しい母さんとまた話が出来るようになるだろう」という歌である。
 左注に「右は埴生郡、大伴部麻与佐(おほともべのまよさ)の歌」とある。埴生郡(はにふのこほり)はかって印旛郡の一部にあったとされる郡。千葉県成田市あたり。

4393  大君の命にされば父母を斎瓮と置きて参ゐ出来にしを
      (於保伎美能 美許等尓作例波 知々波々乎 以波比弊等於枳弖 麻為弖枳尓之乎)
 「命(みこと)にされば」は「命にしあれば」という意味。「斎瓮(いはひべ)」は祭祀に用いる神聖な瓶。
 「大君の命令であるので、神聖な瓶とともに父母を残してやってきたんですが」という歌である。
 左注に「右は結城郡、雀部廣嶋(さきさべのひろしま)の歌」とある。結城郡(ゆふきのこほり)は茨城県の郡。4386番歌左注参照。

4394  大君の命畏み弓の共さ寝か渡らむ長けこの夜を
      (於保伎美能 美己等加之古美 由美乃美他 佐尼加和多良牟 奈賀氣己乃用乎)
 「弓の共(みた)」(原文「由美乃美他」)は「弓の共(むた)」の訛り。「長けこの夜を」は「長きこの夜を」の訛り。
 「大君のご命令は恐れ多く、弓を抱えたまま寝ることになるのだろうか。長いこの夜を」という歌である。
 左注に「右は相馬郡、大伴部子羊(おほともべのこひつじ)の歌」とある。相馬郡(さうまのこほり)は茨城県守谷市、取手市から千葉県柏市、我孫子市一帯に広がっていた郡。
 4384番歌以下の十一首の総注として「二月十六日、下総國の防人部領使少目、従七位下、縣犬養宿祢浄人(あがたのいぬかひのすくねきよひと)がとりまとめ、奉った歌の數廿二首、但し拙劣歌は登載せず」とある。防人部領使(さきもりのことりづかひ)は4372番歌左注参照。目は国司(国の役所)に置かれた四部官。守(かみ)、介(すけ)、掾(じょう)、目(さかん)の一つ。4番目の官。少目は目の配下。浄人が奉った相手は大伴家持。
           (2017年3月17日記)
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