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万葉集読解・・・292(4440~4453番歌)

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     万葉集読解・・・292(4440~4453番歌)
 頭注に「上総國朝集使、大掾大原真人今城(いまき)が京に向かう時、郡司の妻女たちがはなむけにうたった歌二首」とある。上総國(かみつふさのくに)は千葉県中央部に相当する国。朝集使は行政の状況を記した朝集を持参して都に報告に行く使い。大掾(だいじょう)は大国の三等官。郡司は郡の長官。
4440  足柄の八重山越えていましなば誰れをか君と見つつ偲はむ
      (安之我良乃 夜敝也麻故要弖 伊麻之奈波 多礼乎可伎美等 弥都々志努波牟)
 足柄山は神奈川県南西部の山。「いましなば」は「行ってしまわれたら」という敬語表現。
 「足柄山の山並みをあなた様が越えて行ってしまわれたら、誰をあなた様と見たてて頼りにしたらよろしいのでしょう」という歌である。

4441  立ちしなふ君が姿を忘れずは世の限りにや恋ひわたりなむ
      (多知之奈布 伎美我須我多乎 和須礼受波 与能可藝里尓夜 故非和多里奈無)
 「立ちしなふ」は「優美な」。「世の限りにや」は「一生涯」という意味。「恋ひわたりなむ」は「恋続けるでしょう」という意味である。
 「優美なあなた様のお姿を忘れなければ、私は一生涯、あなた様を恋し続けることでしょう」という歌である。

 頭注に「五月九日、兵部少輔大伴宿祢家持の宅に集まって宴をした時の歌四首」とある。五月九日は天平勝宝7年(755年)。「兵部少輔」は兵部省次官。
4442  我が背子が宿のなでしこ日並べて雨は降れども色も変らず
      (和我勢故我 夜度乃奈弖之故 比奈良倍弖 安米波布礼杼母 伊呂毛可波良受)
 「我が背子」は通常女性が親しい相手の呼びかけに用いる。が、ここでは主人の大伴家持を指す。「日並(なら)べて」は「連日の」ということ。
 「あなたの家の庭のナデシコ、連日の雨に見舞われながら色変りしませんね」という歌である。
 左注に「右は大原真人今城(いまき)の歌」とある。今城は前々歌参照。

4443  ひさかたの雨は降りしくなでしこがいや初花に恋しき我が背
      (比佐可多<能> 安米波布里之久 奈弖之故我 伊夜波都波奈尓 故非之伎和我勢)
 「ひさかたの」はお馴染みの枕詞。「いや初花に」は「初々しい」という意味。
 「雨が降り続いている。ナデシコの花はいやが上にも初々しい。そんなナデシコのようにいとしいあなた」という歌である。
 左注に「右は大伴宿祢家持の歌」とある。

4444  我が背子が宿なる萩の花咲かむ秋の夕は我れを偲はせ
      (和我世故我 夜度奈流波疑乃 波奈佐可牟 安伎能由布敝波 和礼乎之努波世)
 「花咲かむ」は「花が咲くことでしょう」。平明歌。
 「あなたの家の庭に植えられている萩の花は秋にきっと花を咲かせるでしょう。そんな秋の夕べには私のことを思い出してください」という歌である。
 左注に「右は大原真人今城の歌」とある。

 頭注に「時に鴬が鳴くのを聞いて作った歌」とある。
4445  鴬の声は過ぎぬと思へども沁みにし心なほ恋ひにけり
      (宇具比須乃 許恵波須疑奴等 於毛倍杼母 之美尓之許己呂 奈保古非尓家里)
 「なほ恋ひにけり」は「依然として恋しい」という意味。本歌も平明歌。
 「ウグイスの鳴く季節は過ぎたとは思うが、心に染みこんだその声を聞くと、依然として恋しい」という歌である。
 左注に「右は大伴宿祢家持の歌」とある。

 頭注に「同月十一日、左大臣橘卿が右大弁丹比國人真人(たぢひのくにひとのまひと)の宅で開いた宴の時の歌三首」とある。同月十一日は五月十一日、天平勝宝7年(755年)。左大臣橘卿(たちばなのまへつきみ)は橘諸兄(たちばなのもろえ)。弁官は太政官に直属し、各省に上意下達を行った。左右の弁官が置かれていた。丹比國人真人は右弁の長官。
4446  我が宿に咲けるなでしこ賄はせむゆめ花散るないやをちに咲け
      (和我夜度尓 佐家流奈弖之故 麻比波勢牟 由米波奈知流奈 伊也乎知尓左家)
 「賄(まひ)はせむ」は各書とも「贈り物はしよう」という意味に解している。が、ナデシコに贈り物をするというのは妙である。「賄はせむ」は神に向かってお祈りする時の表現。また、「をちに咲け」は各書とも「若返って咲いておくれ」という意味に解している。が、ナデシコが若返る筈もない。「をち」を「変若」と解しているからである。「をち」は「遠く」で「彼方」である。こう解して初めて左大臣を寿ぐ歌になる。
 「我が家の庭に咲いているナデシコ。神様供え物はいかようにも致します。決して花を散らさないで下さい。いえいえ長らく長らく咲いていて下さい」という歌である。
 左注に「右は丹比國人真人が左大臣を寿った歌」とある。
4447  賄しつつ君が生ほせるなでしこが花のみ問はむ君ならなくに
      (麻比之都々 伎美我於保世流 奈弖之故我 波奈乃未等波無 伎美奈良奈久尓)
 これは左大臣が前歌に応えた歌。歌意を前歌のようにとれば、すんなり読解できよう。「賄(まひ)しつつ君が生(お)ほせる」は「神に願って育てている」という意味である。
 「神に願ってあなたが育てているナデシコの花。その花だけに問いかけているわけではないでしょう。ここにいる一同にも長らく栄えあれかしと願ってのこと」という歌である。
 さすがに左大臣である。単純な返歌ではなく、一同に対する寿ぎに変えている。
 左注に「右は左大臣が応えた歌」とある。

4448  紫陽花の八重咲くごとく八つ代にをいませ我が背子見つつ偲はむ
      (安治佐為能 夜敝佐久其等久 夜都与尓乎 伊麻世和我勢故 美都々思努波牟)
 上二句は「八つ代に」を導く序歌。「遠く久しく」という意味。
 「紫陽花が次々に多くの花を咲かせるように、遠く久しく元気でいて下さい、あなた方。活躍の様子を眺めています」という歌である。
 左注に「右は左大臣の歌。紫陽花にこと寄せて詠む」とある。

 頭注に「十八日、兵部卿橘奈良麻呂朝臣の宅での左大臣の宴の時の歌三首」とある。十八日は五月十八日、天平勝宝7年(755年)。兵部卿は兵部省長官。橘奈良麻呂は左大臣の子。左大臣は橘諸兄(たちばなのもろえ)。
4449  なでしこが花取り持ちてうつらうつら見まくの欲しき君にもあるかも
      (奈弖之故我 波奈等里母知弖 宇都良々々々 美麻久能富之伎 吉美尓母安流加母)
 「うつらうつら」は「しげしげと」という意味。
 「ナデシコの花を手に持ってしげしげと眺めてみたい、そんな殿でございます」という歌である。
 左注に「右は治部卿船王(ふねのおほきみ)の歌」とある。治部卿(ぢぶきゃう)は治部省長官。治部省は、姓氏を正し、高官の継嗣、婚姻、外交等を司った。

4450  我が背子が宿のなでしこ散らめやもいや初花に咲きは増すとも
      (和我勢故我 夜度能奈弖之故 知良米也母 伊夜波都波奈尓 佐伎波麻須等母)
 「散らめやも」は反語表現。「散ることなどありましょうか」という意味である。「初花」は「新しく咲いた花」すなわち「新鮮な花」のこと。
 あなたの家の庭のナデシコが散ることなどありましょうか。新しく咲いてくる初花に優って輝きを増すことがあっても」という歌である。

4451  うるはしみ我が思ふ君はなでしこが花になそへて見れど飽かぬかも
      (宇流波之美 安我毛布伎美波 奈弖之故我 波奈尓奈蘇倍弖 美礼杼安可奴香母)
 「うるはしみ」は「端正で立派」という意味。「なそへて」は「なぞらえて」。
 「端正で立派なお方だと思うあなた様は、たとえばナデシコの花になぞらえて見ても、けっして飽きることがございません」という歌である。
 左注に「右二首は兵部少輔大伴宿祢家持が追って作る」とある。「兵部少輔」は兵部省次官。
             
 頭注に「八月十三日、内(内裏)の南の安殿においでになって肆宴をなさった時の歌二首」とある。八月十三日は天平勝宝7年(755年)。内裏は皇居の生活の御殿。南の安殿は、おくつろぎの場か?。肆宴(とよのあかり)は宮中の宴会。
4452  娘子らが玉裳裾引くこの庭に秋風吹きて花は散りつつ
      (乎等賣良我 多麻毛須蘇婢久 許能尓波尓 安伎可是不吉弖 波奈波知里都々)
 「花」は通常桜を指すが、八月十三日は旧暦であるから九月下旬頃の秋。萩の花をいうのだろう。
 「娘子(をとめ)たちが美しい裳裾を引いて歩むこの庭に秋風が吹いて萩の花が散りつつあるよ」という歌である。
 左注に「右は内匠頭兼播磨守正四位下安宿王(あすかべのおほきみ)の歌」とある。内匠頭(たくみのかみ)は中務省内匠寮の長官。長屋王の子。内匠寮は宮中の調度や装飾などを司った。

4453  秋風の吹き扱き敷ける花の庭清き月夜に見れど飽かぬかも
      (安吉加是能 布伎古吉之家流 波奈能尓波 伎欲伎都久欲仁 美礼杼安賀奴香母)
 「秋風の吹き扱(こ)き」は「秋風が吹きしごいたように」という意味である。「敷ける花の庭」は「萩が一面に散り敷いた」状況。
 「秋風が吹きしごいたように萩が一面に散り敷いた庭を清らかな月夜に眺めると、興趣があって飽きない」という歌である。
 左注に「右は、兵部少輔従五位上大伴宿祢家持の歌」とあって、細注に「奏上せず」とある。「兵部少輔」は兵部省次官。
           (2017年4月16日記)
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