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わが人生も次第に終着駅が近くなってきた、が、ここに至るまで私は人生についてじっくり考えてみたことがなかった。「誰しも青少年期ないし老齢期に二度や三度は考えたことがあるだろう」と言われるのに、である。
その原因を考えてみると、一つは家が貧しかったせいである。少しでも家計の足しにならないかと内職やバイトに精を出していたので、考える余裕がなかった。二つ目に、貧しさに関連して窮乏生活はほとほと嫌だと思ったことだ。出来るだけ安定した職に就こうと思い、公務員になった。アルバイトは散々やったので、公務員生活に何ら不満はなかった。私にとって、収入の安定が第一で、それ以上の望みは何もなかった。
さて、少年期にいち早く決めた安定志向が、思い通り満たされたので、人生なんぞやと考える必要がなかった。公務員生活は現役時代には、それなりに種々様々なことがあった。けれども、一番肝心な安定感が満たされているので、辛いと思ったり、不満に感じたことはなかった。むしろ、愉快なことや楽しいと思えることが多く、周囲の人々に感謝しながらの生活だったと言っていい。
退職後は、退職したら好きなことをしよう、否、好きなことが出来ると思っていた。それを励みに働いていたので、私にとって退職は絶好の好機だった。いよいよ、私の人生がきたか、という思いだった。万葉集の読破と研究はその一つである。
つまり、私にとって、「誰しも青少年期ないし老齢期に二度や三度は考えたことがあるだろう」という人生ないし人生観は、じっくり考える必要がなかった、ということになる。ここまで必要性がなかったということは、今後もおそらく、「人生なんぞや」と考えることはないように思われる。私に特別な人生観はない。これがまさに「私の人生観」なのかもね。最後は呑気に出来ている私らしい結論(???)
(2017年5月7日)
わが人生も次第に終着駅が近くなってきた、が、ここに至るまで私は人生についてじっくり考えてみたことがなかった。「誰しも青少年期ないし老齢期に二度や三度は考えたことがあるだろう」と言われるのに、である。
その原因を考えてみると、一つは家が貧しかったせいである。少しでも家計の足しにならないかと内職やバイトに精を出していたので、考える余裕がなかった。二つ目に、貧しさに関連して窮乏生活はほとほと嫌だと思ったことだ。出来るだけ安定した職に就こうと思い、公務員になった。アルバイトは散々やったので、公務員生活に何ら不満はなかった。私にとって、収入の安定が第一で、それ以上の望みは何もなかった。
さて、少年期にいち早く決めた安定志向が、思い通り満たされたので、人生なんぞやと考える必要がなかった。公務員生活は現役時代には、それなりに種々様々なことがあった。けれども、一番肝心な安定感が満たされているので、辛いと思ったり、不満に感じたことはなかった。むしろ、愉快なことや楽しいと思えることが多く、周囲の人々に感謝しながらの生活だったと言っていい。
退職後は、退職したら好きなことをしよう、否、好きなことが出来ると思っていた。それを励みに働いていたので、私にとって退職は絶好の好機だった。いよいよ、私の人生がきたか、という思いだった。万葉集の読破と研究はその一つである。
つまり、私にとって、「誰しも青少年期ないし老齢期に二度や三度は考えたことがあるだろう」という人生ないし人生観は、じっくり考える必要がなかった、ということになる。ここまで必要性がなかったということは、今後もおそらく、「人生なんぞや」と考えることはないように思われる。私に特別な人生観はない。これがまさに「私の人生観」なのかもね。最後は呑気に出来ている私らしい結論(???)
(2017年5月7日)
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