万葉集読解・・・297(4502~4516歌)
4502 梅の花咲き散る春の長き日を見れども飽かぬ磯にもあるかも
(烏梅能波奈 左伎知流波流能 奈我伎比乎 美礼杼母安加奴 伊蘇尓母安流香母)
本歌は単独歌としては分かりづらい。前歌まで梅の花と磯の松が歌の主題として詠まれてきているので、それを踏まえた歌。磯は磯の松を長寿の象徴として暗示している。
「梅の花が咲いて散っていく春の長い一日、ずっと見ていても飽かない。同時に向こうに見える磯の松も長寿を祝っているようで、やはり見飽きない」という歌である。
左注に「右は大蔵大輔甘南備伊香真人(かむなびのいかごのまひと)の歌」とある。大蔵大輔(だいふ)は大蔵省次官。
4502 梅の花咲き散る春の長き日を見れども飽かぬ磯にもあるかも
(烏梅能波奈 左伎知流波流能 奈我伎比乎 美礼杼母安加奴 伊蘇尓母安流香母)
本歌は単独歌としては分かりづらい。前歌まで梅の花と磯の松が歌の主題として詠まれてきているので、それを踏まえた歌。磯は磯の松を長寿の象徴として暗示している。
「梅の花が咲いて散っていく春の長い一日、ずっと見ていても飽かない。同時に向こうに見える磯の松も長寿を祝っているようで、やはり見飽きない」という歌である。
左注に「右は大蔵大輔甘南備伊香真人(かむなびのいかごのまひと)の歌」とある。大蔵大輔(だいふ)は大蔵省次官。
4503 君が家の池の白波磯に寄せしばしば見とも飽かむ君かも
(伎美我伊敝能 伊氣乃之良奈美 伊蘇尓与世 之婆之婆美等母 安加無伎弥加毛)
「磯に寄せ」は比喩。「磯に寄せる白波のように」という意味である。
「あなた様の家の庭の池に白波が寄せていますが、磯の白波のように、繰り返し、見ていても、飽きがきません。そんな磯のようなあなた様です」という歌である。
左注に「右は右中辨大伴宿祢家持の歌」とある。弁官は太政官に直属し、各省に上意下達を行った。左右の弁官が置かれていた。右中弁は次官
(伎美我伊敝能 伊氣乃之良奈美 伊蘇尓与世 之婆之婆美等母 安加無伎弥加毛)
「磯に寄せ」は比喩。「磯に寄せる白波のように」という意味である。
「あなた様の家の庭の池に白波が寄せていますが、磯の白波のように、繰り返し、見ていても、飽きがきません。そんな磯のようなあなた様です」という歌である。
左注に「右は右中辨大伴宿祢家持の歌」とある。弁官は太政官に直属し、各省に上意下達を行った。左右の弁官が置かれていた。右中弁は次官
4504 うるはしと我が思ふ君はいや日異に来ませ我が背子絶ゆる日なしに
(宇流波之等 阿我毛布伎美波 伊也比家尓 伎末勢和我世<古> 多由流日奈之尓)
「うるはしと」は「美しく立派な」という意味。「日異(ひけ)に」は「日に異(け)に」で、「毎日のように」という意味である。
「美しく立派な方とお見受け出来るあなた、毎日のようにいらっしゃいな、あなた。決して足が途絶えることなく」という歌である。
左注に「右は主人中臣清麻呂朝臣の歌」とある。
(宇流波之等 阿我毛布伎美波 伊也比家尓 伎末勢和我世<古> 多由流日奈之尓)
「うるはしと」は「美しく立派な」という意味。「日異(ひけ)に」は「日に異(け)に」で、「毎日のように」という意味である。
「美しく立派な方とお見受け出来るあなた、毎日のようにいらっしゃいな、あなた。決して足が途絶えることなく」という歌である。
左注に「右は主人中臣清麻呂朝臣の歌」とある。
4505 磯の浦に常呼び来住む鴛鴦の惜しき我が身は君がまにまに
(伊蘇能宇良尓 都祢欲比伎須牟 乎之杼里能 乎之伎安我未波 伎美我末仁麻尓)
「磯の浦に」は「磯の辺に」。「惜しき我が身は」は「この大切な我が身も」という意味。
「磯の辺にいつも呼び合いながらやって来て住むオシドリ夫婦ではないが、この大切な我が身もあなた様の意のままです」という歌である。
左注に「右は治部少輔大原今城真人(いまきのまひと)の歌」とある。治部少輔(せうふ)は治部省次官。
(伊蘇能宇良尓 都祢欲比伎須牟 乎之杼里能 乎之伎安我未波 伎美我末仁麻尓)
「磯の浦に」は「磯の辺に」。「惜しき我が身は」は「この大切な我が身も」という意味。
「磯の辺にいつも呼び合いながらやって来て住むオシドリ夫婦ではないが、この大切な我が身もあなた様の意のままです」という歌である。
左注に「右は治部少輔大原今城真人(いまきのまひと)の歌」とある。治部少輔(せうふ)は治部省次官。
頭注に「興が赴くまま各人、高円の離宮を思って作った歌五首」とある。高円山(たかまどやま)は奈良市春日山の南方の山で、その麓にあったという聖武天皇の離宮。
4506 高円の野の上の宮は荒れにけり立たしし君の御代遠そけば
(多加麻刀能 努乃宇倍能美也波 安礼尓家里 多々志々伎美能 美与等保曽氣婆)
「遠そけば」(遠くなったので)とあるが、聖武天皇の崩御は天平勝宝七年(756年)五月のこと。本歌が詠まれたのは天平宝字二年(758年)二月。なので二年近く経つ。
「高円の野の上の宮は荒れてきた。ご在位であられた聖武天皇の御代から遠ざかってきたので」という歌である。
左注に「右は右中辨大伴宿祢家持の歌」とある。右中辨は4503番歌左注参照。
4506 高円の野の上の宮は荒れにけり立たしし君の御代遠そけば
(多加麻刀能 努乃宇倍能美也波 安礼尓家里 多々志々伎美能 美与等保曽氣婆)
「遠そけば」(遠くなったので)とあるが、聖武天皇の崩御は天平勝宝七年(756年)五月のこと。本歌が詠まれたのは天平宝字二年(758年)二月。なので二年近く経つ。
「高円の野の上の宮は荒れてきた。ご在位であられた聖武天皇の御代から遠ざかってきたので」という歌である。
左注に「右は右中辨大伴宿祢家持の歌」とある。右中辨は4503番歌左注参照。
4507 高円の峰の上の宮は荒れぬとも立たしし君の御名忘れめや
(多加麻刀能 乎能宇倍乃美也波 安礼奴等母 多々志々伎美能 美奈和須礼米也)
高円は前歌頭注参照。「君の御名」は「聖武天皇の御名」。
「高円の丘陵の上に構えられた宮は荒れても大君が在位されたその御名を忘れられるものでしょうか」という歌である。
左注に「右は治部少輔大原今城真人(いまきのまひと)の歌」とある。前々歌参照。
(多加麻刀能 乎能宇倍乃美也波 安礼奴等母 多々志々伎美能 美奈和須礼米也)
高円は前歌頭注参照。「君の御名」は「聖武天皇の御名」。
「高円の丘陵の上に構えられた宮は荒れても大君が在位されたその御名を忘れられるものでしょうか」という歌である。
左注に「右は治部少輔大原今城真人(いまきのまひと)の歌」とある。前々歌参照。
4508 高円の野辺延ふ葛の末つひに千代に忘れむ我が大君かも
(多可麻刀能 努敝波布久受乃 須恵都比尓 知与尓和須礼牟 和我於保伎美加母)
葛(くず)はマメ科の多年草。その蔓の長さは10メートル以上にもなる。「忘れむ我が大君かも」は反語表現。
「高円の野辺を延う葛の蔓はどこまでも延びてついには絶えることがあろうか。同様に、わが大君の御名は千代に忘れられるものでしょうか」という歌である。
左注に「右は主人中臣清麻呂朝臣の歌」とある。
(多可麻刀能 努敝波布久受乃 須恵都比尓 知与尓和須礼牟 和我於保伎美加母)
葛(くず)はマメ科の多年草。その蔓の長さは10メートル以上にもなる。「忘れむ我が大君かも」は反語表現。
「高円の野辺を延う葛の蔓はどこまでも延びてついには絶えることがあろうか。同様に、わが大君の御名は千代に忘れられるものでしょうか」という歌である。
左注に「右は主人中臣清麻呂朝臣の歌」とある。
4509 延ふ葛の絶えず偲はむ大君の見しし野辺には標結ふべしも
(波布久受能 多要受之努波牟 於保吉美乃 賣之思野邊尓波 之米由布倍之母)
葛は前歌参照。「標結(しめゆ)ふ」は「縄を結んだりして印しとする」こと。
「延びていく葛の蔓のように絶えることなく大君を偲ぼう。大君がご覧になった野辺には縄を張り巡らせて印しとすべきだろう」という歌である。
左注に「右は右中辨大伴宿祢家持の歌」とある。右中辨は4503番歌左注参照。
(波布久受能 多要受之努波牟 於保吉美乃 賣之思野邊尓波 之米由布倍之母)
葛は前歌参照。「標結(しめゆ)ふ」は「縄を結んだりして印しとする」こと。
「延びていく葛の蔓のように絶えることなく大君を偲ぼう。大君がご覧になった野辺には縄を張り巡らせて印しとすべきだろう」という歌である。
左注に「右は右中辨大伴宿祢家持の歌」とある。右中辨は4503番歌左注参照。
4510 大君の継ぎて見すらし高円の野辺見るごとに音のみし泣かゆ
(於保吉美乃 都藝弖賣須良之 多加麻刀能 努敝美流其等尓 祢能未之奈加由)
「高円(たかまど)」は4506番歌頭注参照。
「大君が今も続いてご覧になっていらっしゃるに相違ない高円の野辺を見るたびに泣けてきてしまう」という歌である。
左注に「右は大蔵大輔甘南備伊香真人(かむなびのいかごのまひと)の歌」とある。大蔵大輔(だいふ)は大蔵省次官。
(於保吉美乃 都藝弖賣須良之 多加麻刀能 努敝美流其等尓 祢能未之奈加由)
「高円(たかまど)」は4506番歌頭注参照。
「大君が今も続いてご覧になっていらっしゃるに相違ない高円の野辺を見るたびに泣けてきてしまう」という歌である。
左注に「右は大蔵大輔甘南備伊香真人(かむなびのいかごのまひと)の歌」とある。大蔵大輔(だいふ)は大蔵省次官。
頭注に「庭の築山を見て作った歌三首」とある。4496番歌の頭注に「清麻呂宅の宴の歌十五首」とある。これによれば前歌までの歌がその十五首となる。したがって、以下の三首は別の宴での歌か。
4511 鴛鴦の住む君がこの島今日見れば馬酔木の花も咲きにけるかも
(乎之能須牟 伎美我許乃之麻 家布美礼婆 安之婢乃波奈毛 左伎尓家流可母)
「鴛鴦(をし)の住む」は「オシドリがすんでいる」こと。「この島」は原文に「許乃之麻」とあるが、築山のこと。「馬酔木(あしび)の花」は「あせび」のことで、ツツジ科の常緑低木。
「オシドリが住んでいるあなたんちの庭のこの島、今日見たらアセビの花も咲いていますね」という歌である。
左注に「大監物三形王(みかたのおほきみ)の歌」とある。書(「岩波大系本」等)によっては4483番歌頭注の「三形王」が本歌では「御方王」とあってまぎらわしく「三形王」に統一。
4511 鴛鴦の住む君がこの島今日見れば馬酔木の花も咲きにけるかも
(乎之能須牟 伎美我許乃之麻 家布美礼婆 安之婢乃波奈毛 左伎尓家流可母)
「鴛鴦(をし)の住む」は「オシドリがすんでいる」こと。「この島」は原文に「許乃之麻」とあるが、築山のこと。「馬酔木(あしび)の花」は「あせび」のことで、ツツジ科の常緑低木。
「オシドリが住んでいるあなたんちの庭のこの島、今日見たらアセビの花も咲いていますね」という歌である。
左注に「大監物三形王(みかたのおほきみ)の歌」とある。書(「岩波大系本」等)によっては4483番歌頭注の「三形王」が本歌では「御方王」とあってまぎらわしく「三形王」に統一。
4512 池水に影さへ見えて咲きにほふ馬酔木の花を袖に扱入れな
(伊氣美豆尓 可氣左倍見要? 佐伎尓保布 安之婢乃波奈乎 蘇弖尓古伎礼奈)
馬酔木は前歌参照。「扱(こき)入れな」は「こじいれてみたいな」という意味。
「お庭の池面に姿を写して咲き誇っているアセビの花、この着物の袖にこじ入れてしまいたいな」という歌である。
左注に「右は右中辨大伴宿祢家持の歌」とある。右中辨は4503番歌左注参照。
(伊氣美豆尓 可氣左倍見要? 佐伎尓保布 安之婢乃波奈乎 蘇弖尓古伎礼奈)
馬酔木は前歌参照。「扱(こき)入れな」は「こじいれてみたいな」という意味。
「お庭の池面に姿を写して咲き誇っているアセビの花、この着物の袖にこじ入れてしまいたいな」という歌である。
左注に「右は右中辨大伴宿祢家持の歌」とある。右中辨は4503番歌左注参照。
4513 磯影の見ゆる池水照るまでに咲ける馬酔木の散らまく惜しも
(伊蘇可氣乃 美由流伊氣美豆 氐流麻埿尓 左家流安之婢乃 知良麻久乎思母)
「照るまでに」は「照り輝くほど」。馬酔木は前々歌参照。
「磯の姿が池面に写って照り輝くほど咲いている。そのアセビの花が散るのが惜しい」という歌である。
左注に「右は大蔵大輔甘南備伊香真人(かむなびのいかごのまひと)の歌」とある。大蔵大輔(だいふ)は大蔵省次官。
(伊蘇可氣乃 美由流伊氣美豆 氐流麻埿尓 左家流安之婢乃 知良麻久乎思母)
「照るまでに」は「照り輝くほど」。馬酔木は前々歌参照。
「磯の姿が池面に写って照り輝くほど咲いている。そのアセビの花が散るのが惜しい」という歌である。
左注に「右は大蔵大輔甘南備伊香真人(かむなびのいかごのまひと)の歌」とある。大蔵大輔(だいふ)は大蔵省次官。
頭注に「二月十日、内相の宅で渤海大使小野田守朝臣(をののたもりあそみ)たちに送別の宴を催した時の歌」とある。二月十日は天平宝字二年(758年)。内相(藤原仲麻呂)は紫微中台の長官。事実上、行政権一切を掌握。渤海国は朝鮮半島にあった国。
4514 青海原風波靡き行くさ来さ障むことなく船は速けむ
(阿乎宇奈波良 加是奈美奈妣伎 由久左久佐 都々牟許等奈久 布祢波々夜家無)
「行(ゆ)くさ来(く)さ」は「行きも帰りも」ということ。「障(つつ)むことなく」は「さし障りなく」という意味。
「青海原、風や波が凪いで、行きも帰りもつつがなく、船は速く進むでしょう」という歌である。
左注に「右は右中辨大伴宿祢家持の歌。未だに詠まず」とある。筆者注「詠んだ記録がない」という意味か?。
4514 青海原風波靡き行くさ来さ障むことなく船は速けむ
(阿乎宇奈波良 加是奈美奈妣伎 由久左久佐 都々牟許等奈久 布祢波々夜家無)
「行(ゆ)くさ来(く)さ」は「行きも帰りも」ということ。「障(つつ)むことなく」は「さし障りなく」という意味。
「青海原、風や波が凪いで、行きも帰りもつつがなく、船は速く進むでしょう」という歌である。
左注に「右は右中辨大伴宿祢家持の歌。未だに詠まず」とある。筆者注「詠んだ記録がない」という意味か?。
頭注に「七月五日、治部少輔大原今城真人(いまきまひと)の宅で催された送別の宴の際に詠んだ因幡守大伴宿祢家持の歌」とある。七月五日は天平宝字二年(758年)。治部少輔(せうふ)は治部省次官。因幡国(いなばのくに)は現在の鳥取県東部の国。守(かみ)は長官。『続日本紀』天平宝字二年(七五八)六月十六日の条に「從五位上大伴宿祢家持爲因幡守」とある。
4515 秋風の末吹き靡く萩の花ともにかざさず相か別れむ
(秋風乃 須恵布伎奈婢久 波疑能花 登毛尓加射左受 安比加和可礼牟)
「末(すゑ)吹き靡く」は「葉先までなびく」という意味。
「秋の風に葉先までなびかせて咲く萩の花、共にその萩の花をかざすことなく、相別れてゆくのだろうか」という歌である。
左注に「右は大伴宿祢家持の歌」とある。
4515 秋風の末吹き靡く萩の花ともにかざさず相か別れむ
(秋風乃 須恵布伎奈婢久 波疑能花 登毛尓加射左受 安比加和可礼牟)
「末(すゑ)吹き靡く」は「葉先までなびく」という意味。
「秋の風に葉先までなびかせて咲く萩の花、共にその萩の花をかざすことなく、相別れてゆくのだろうか」という歌である。
左注に「右は大伴宿祢家持の歌」とある。
頭注に「三年春正月一日、因幡國廳に國司、郡司等を集め、饗(あへ=ごちそう)を用意して宴を催した際の歌」とある。三年は天平宝字三年(759年)。因幡国丁は鳥取市に置かれた官務の役所。
4516 新しき年の初めの初春の今日降る雪のいや重け吉事
(新 年乃始乃 波都波流能 家布敷流由伎能 伊夜之家餘其騰)
「いや重(し)け吉事(よごと)」は「いよいよ重なってくれ、おめでたいことが」という意味。
「新しい歳の初め、この初春の今日雪が降っている。降り積もる雪のように、めでたいことがいよいよ積み重なって欲しいものだ」という歌である。
左注に「右は守大伴宿祢家持の歌」とある。
4516 新しき年の初めの初春の今日降る雪のいや重け吉事
(新 年乃始乃 波都波流能 家布敷流由伎能 伊夜之家餘其騰)
「いや重(し)け吉事(よごと)」は「いよいよ重なってくれ、おめでたいことが」という意味。
「新しい歳の初め、この初春の今日雪が降っている。降り積もる雪のように、めでたいことがいよいよ積み重なって欲しいものだ」という歌である。
左注に「右は守大伴宿祢家持の歌」とある。
以上で、万葉集の巻20が完了。万葉集読解の一応の終了である。一応というのは前半(巻1~巻10)の長歌が残っているからである。万葉集については思う所があるが、長歌を済ませてから「あとがき」を印したい。
(2017年5月11日記)
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(2017年5月11日記)