万葉集読解・・・16-2(199~204番歌)
頭注に「高市皇子尊、城上の殯宮の時、柿本朝臣人麻呂が作った歌と短歌」とある。高市皇子尊(たけちのみこのみこと)は四十代天武天皇の皇子。城上(きのへ)は奈良県北葛城郡広陵町。「殯宮(あらきのみや)」は本葬までの期間、棺を安置しておく宮(建物)
0199番 長歌
かけまくも ゆゆしきかも [一云 ゆゆしけれども] 言はまくも あやに畏き 明日香の 真神の原に ひさかたの 天つ御門を 畏くも 定めたまひて 神さぶと 磐隠ります やすみしし 我が大君の きこしめす 背面の国の 真木立つ 不破山超えて 高麗剣 和射見が原の 仮宮に 天降りいまして 天の下 治めたまひ [一云 掃ひたまひて] 食す国を 定めたまふと 鶏が鳴く 東の国の 御いくさを 召したまひて ちはやぶる 人を和せと 奉ろはぬ 国を治めと [一云 掃へと] 皇子ながら 任したまへば 大御身に 大刀取り佩かし 大御手に 弓取り持たし 御軍士を 率ひたまひ 整ふる 鼓の音は 雷の 声と聞くまで 吹き鳴せる 小角の音も [一云 笛の音は] 敵見たる 虎か吼ゆると 諸人の おびゆるまでに [一云 聞き惑ふまで] ささげたる 幡の靡きは 冬こもり 春さり来れば 野ごとに つきてある火の [一云 冬こもり 春野焼く火の] 風の共 靡くがごとく 取り持てる 弓弭の騒き み雪降る 冬の林に [一云 木綿の林] つむじかも い巻き渡ると 思ふまで 聞きの畏く [一云 諸人の 見惑ふまでに] 引き放つ 矢の繁けく 大雪の 乱れて来れ [一云 霰なす そちより来れば] まつろはず 立ち向ひしも 露霜の 消なば消ぬべく 行く鳥の 争ふはしに [一云 朝霜の 消なば消とふに うつせみと 争ふはしに] 渡会の 斎きの宮ゆ 神風に い吹き惑はし 天雲を 日の目も見せず 常闇に 覆ひ賜ひて 定めてし 瑞穂の国を 神ながら 太敷きまして やすみしし 我が大君の 天の下 申したまへば 万代に しかしもあらむと [一云 かくしもあらむと] 木綿花の 栄ゆる時に 我が大君 皇子の御門を [一云 刺す竹の 皇子の御門を] 神宮に 装ひまつりて 使はしし 御門の人も 白栲の 麻衣着て 埴安の 御門の原に あかねさす 日のことごと 獣じもの い匍ひ伏しつつ ぬばたまの 夕になれば 大殿を 振り放け見つつ 鶉なす い匍ひ廻り 侍へど 侍ひえねば 春鳥の さまよひぬれば 嘆きも いまだ過ぎぬに 思ひも いまだ尽きねば 言さへく 百済の原ゆ 神葬り 葬りいまして あさもよし 城上の宮を 常宮と 高く奉りて 神ながら 鎮まりましぬ しかれども 我が大君の 万代と 思ほしめして 作らしし 香具山の宮 万代に 過ぎむと思へや 天のごと 振り放け見つつ 玉たすき 懸けて偲はむ 畏かれども
(<挂>文 忌之伎鴨 [一云 由遊志計礼抒母] 言久母 綾尓畏伎 明日香乃 真神之原尓 久堅能 天都御門乎 懼母 定賜而 神佐扶跡 磐隠座 八隅知之 吾大王乃 所聞見為 背友乃國之 真木立 不破山越而 狛劔 和射見我原乃 行宮尓 安母理座而 天下 治賜 [一云 <掃>賜而] 食國乎 定賜等 鶏之鳴 吾妻乃國之 御軍士乎 喚賜而 千磐破 人乎和為跡 不奉仕 國乎治跡 [一云 掃部等] 皇子随 任賜者 大御身尓 大刀取帶之 大御手尓 弓取持之 御軍士乎 安騰毛比賜 齊流 鼓之音者 雷之 聲登聞麻悌 吹響流 小角乃音母 [一云 笛之音波] 敵見有 虎可(口+リ)吼登 諸人之 恊流麻悌尓 [一云 聞<或>麻悌] 指擧有 幡之靡者 冬木成 春去来者 野毎 著而有火之 [一云 冬木成 春野焼火乃] 風之共 靡如久 取持流 弓波受乃驟 三雪落 冬乃林尓 [一云 由布乃林] 飃可毛 伊巻渡等 念麻悌 聞之恐久 [一云 諸人 見<或>麻悌尓] 引放 箭<之>繁計久 大雪乃 乱而来礼 [一云 霰成 曽知余里久礼婆] 不奉仕 立向之毛 露霜之 消者消倍久 去鳥乃 相<競>端尓 [一云 朝霜之 消者消言尓 打蝉等 安良蘇布波之尓] 渡會乃 齊宮従 神風尓 伊吹<或>之 天雲乎 日之目毛不<令>見 常闇尓 覆賜而 定之 水穂之國乎 神随 太敷座而 八隅知之 吾大王之 天下 申賜者 萬代<尓> 然之毛将有登 [一云 如是毛安良無等] 木綿花乃 榮時尓 吾大王 皇子之御門乎 [一云 刺竹 皇子御門乎] 神宮尓 装束奉而 遣使 御門之人毛 白妙乃 麻衣著 <埴>安乃 門之原尓 赤根刺 日之盡 鹿自物 伊波比伏管 烏玉能 暮尓至者 大殿乎 振放見乍 鶉成 伊波比廻 雖侍候 佐母良比不得者 春鳥之 佐麻欲比奴礼者 嘆毛 未過尓 憶毛 未<不>盡者 言<左>敝久 百濟之原従 神葬 々伊座而 朝毛吉 木上宮乎 常宮等 高之奉而 神随 安定座奴 雖然 吾大王之 萬代跡 所念食而 作良志之 香<来>山之宮 萬代尓 過牟登念哉 天之如 振放見乍 玉手次 懸而将偲 恐有騰文)
頭注に「高市皇子尊、城上の殯宮の時、柿本朝臣人麻呂が作った歌と短歌」とある。高市皇子尊(たけちのみこのみこと)は四十代天武天皇の皇子。城上(きのへ)は奈良県北葛城郡広陵町。「殯宮(あらきのみや)」は本葬までの期間、棺を安置しておく宮(建物)
0199番 長歌
かけまくも ゆゆしきかも [一云 ゆゆしけれども] 言はまくも あやに畏き 明日香の 真神の原に ひさかたの 天つ御門を 畏くも 定めたまひて 神さぶと 磐隠ります やすみしし 我が大君の きこしめす 背面の国の 真木立つ 不破山超えて 高麗剣 和射見が原の 仮宮に 天降りいまして 天の下 治めたまひ [一云 掃ひたまひて] 食す国を 定めたまふと 鶏が鳴く 東の国の 御いくさを 召したまひて ちはやぶる 人を和せと 奉ろはぬ 国を治めと [一云 掃へと] 皇子ながら 任したまへば 大御身に 大刀取り佩かし 大御手に 弓取り持たし 御軍士を 率ひたまひ 整ふる 鼓の音は 雷の 声と聞くまで 吹き鳴せる 小角の音も [一云 笛の音は] 敵見たる 虎か吼ゆると 諸人の おびゆるまでに [一云 聞き惑ふまで] ささげたる 幡の靡きは 冬こもり 春さり来れば 野ごとに つきてある火の [一云 冬こもり 春野焼く火の] 風の共 靡くがごとく 取り持てる 弓弭の騒き み雪降る 冬の林に [一云 木綿の林] つむじかも い巻き渡ると 思ふまで 聞きの畏く [一云 諸人の 見惑ふまでに] 引き放つ 矢の繁けく 大雪の 乱れて来れ [一云 霰なす そちより来れば] まつろはず 立ち向ひしも 露霜の 消なば消ぬべく 行く鳥の 争ふはしに [一云 朝霜の 消なば消とふに うつせみと 争ふはしに] 渡会の 斎きの宮ゆ 神風に い吹き惑はし 天雲を 日の目も見せず 常闇に 覆ひ賜ひて 定めてし 瑞穂の国を 神ながら 太敷きまして やすみしし 我が大君の 天の下 申したまへば 万代に しかしもあらむと [一云 かくしもあらむと] 木綿花の 栄ゆる時に 我が大君 皇子の御門を [一云 刺す竹の 皇子の御門を] 神宮に 装ひまつりて 使はしし 御門の人も 白栲の 麻衣着て 埴安の 御門の原に あかねさす 日のことごと 獣じもの い匍ひ伏しつつ ぬばたまの 夕になれば 大殿を 振り放け見つつ 鶉なす い匍ひ廻り 侍へど 侍ひえねば 春鳥の さまよひぬれば 嘆きも いまだ過ぎぬに 思ひも いまだ尽きねば 言さへく 百済の原ゆ 神葬り 葬りいまして あさもよし 城上の宮を 常宮と 高く奉りて 神ながら 鎮まりましぬ しかれども 我が大君の 万代と 思ほしめして 作らしし 香具山の宮 万代に 過ぎむと思へや 天のごと 振り放け見つつ 玉たすき 懸けて偲はむ 畏かれども
(<挂>文 忌之伎鴨 [一云 由遊志計礼抒母] 言久母 綾尓畏伎 明日香乃 真神之原尓 久堅能 天都御門乎 懼母 定賜而 神佐扶跡 磐隠座 八隅知之 吾大王乃 所聞見為 背友乃國之 真木立 不破山越而 狛劔 和射見我原乃 行宮尓 安母理座而 天下 治賜 [一云 <掃>賜而] 食國乎 定賜等 鶏之鳴 吾妻乃國之 御軍士乎 喚賜而 千磐破 人乎和為跡 不奉仕 國乎治跡 [一云 掃部等] 皇子随 任賜者 大御身尓 大刀取帶之 大御手尓 弓取持之 御軍士乎 安騰毛比賜 齊流 鼓之音者 雷之 聲登聞麻悌 吹響流 小角乃音母 [一云 笛之音波] 敵見有 虎可(口+リ)吼登 諸人之 恊流麻悌尓 [一云 聞<或>麻悌] 指擧有 幡之靡者 冬木成 春去来者 野毎 著而有火之 [一云 冬木成 春野焼火乃] 風之共 靡如久 取持流 弓波受乃驟 三雪落 冬乃林尓 [一云 由布乃林] 飃可毛 伊巻渡等 念麻悌 聞之恐久 [一云 諸人 見<或>麻悌尓] 引放 箭<之>繁計久 大雪乃 乱而来礼 [一云 霰成 曽知余里久礼婆] 不奉仕 立向之毛 露霜之 消者消倍久 去鳥乃 相<競>端尓 [一云 朝霜之 消者消言尓 打蝉等 安良蘇布波之尓] 渡會乃 齊宮従 神風尓 伊吹<或>之 天雲乎 日之目毛不<令>見 常闇尓 覆賜而 定之 水穂之國乎 神随 太敷座而 八隅知之 吾大王之 天下 申賜者 萬代<尓> 然之毛将有登 [一云 如是毛安良無等] 木綿花乃 榮時尓 吾大王 皇子之御門乎 [一云 刺竹 皇子御門乎] 神宮尓 装束奉而 遣使 御門之人毛 白妙乃 麻衣著 <埴>安乃 門之原尓 赤根刺 日之盡 鹿自物 伊波比伏管 烏玉能 暮尓至者 大殿乎 振放見乍 鶉成 伊波比廻 雖侍候 佐母良比不得者 春鳥之 佐麻欲比奴礼者 嘆毛 未過尓 憶毛 未<不>盡者 言<左>敝久 百濟之原従 神葬 々伊座而 朝毛吉 木上宮乎 常宮等 高之奉而 神随 安定座奴 雖然 吾大王之 萬代跡 所念食而 作良志之 香<来>山之宮 萬代尓 過牟登念哉 天之如 振放見乍 玉手次 懸而将偲 恐有騰文)
長歌は用語の解説を最小限にとどめる。「かけまくも」は「心にかけるだけでも」、「言はまくも」は「言葉に出すのも」という意味である。「真神の原」は奈良県高市郡明日香村。「ひさかたの」、「やすみしし」、「高麗剣(こまつるぎ)」、「ちはやぶる」、「木綿花(ゆふばな)の」等は枕詞。「和射見(わざみ)が原」は関ヶ原のこと。「小角(くだ)の音も」は「軍事用のつのの音も」ということ。「弓弭(ゆはず)の騒き」は「弦を張った両端の音」である。「渡会の斎きの宮」は三重県伊勢市の伊勢神宮。伊勢神宮は、渡会郡内だったのでこう表現されている。「埴安の御門」は高市皇子の宮殿をさす。奈良県橿原市の天香具山の西ふもと。「百済(くだら)の原」は高市皇子の宮殿の近くの原か。
(口語訳)
心にかけるだけでももったいなく(一に云「もったいないけれど」)、言葉に出すのも恐れ多い。明日香の真神の原に御殿を、恐れ多くもお定めになって神として岩戸にお隠れになった我らが大君(天武天皇)、お治めになる背後の国は不破山を越えた所に天下って仮の御殿にお入りになり、天下を治めたもう。(一に云う払いたまわんとす)。諸国を平定すべく、東の国々の軍勢を召し集め、人々を和らげ、従わぬ国を平定せよ(一に云う「払いなさい」)と皇子に託された。
皇子は大君に成り代わって尊となり、太刀をはかれ、御手に弓をかざして軍勢を統率されんとされた。その叱咤に鳴らす鼓の音は、雷の声とまごうばかり。軍事用のつの笛の音も(一に云う「笛の音も」)敵に向かって虎が吠え、人々が恐れおののく咆哮と、まごうばかり(一に云う「聞き惑うばかり」)。兵士たちが捧げ持つ旗がなびく様子は、冬あけの春の野の火のように(一に云う「冬あけの春の野を焼く火のように」)、風にあおられて広がるかと、まごうばかり。また、兵士が取り持つ弓の弓弭(ゆはず)のガサガサいう騒音は、雪が降り注ぐ冬の林(一に云う「真っ白な木綿(ゆう)の林」)につむじ風が巻き込んだかと思うほど聞くも恐ろしく(一云う「誰もが惑うほど)。さらに、引き放つ矢のおびただしさは大雪が乱れ降り来たるので(一に云う「アラレをなしてふりそそいで来るので」)平服しない者は立ち向かう。露霜のように消えて無くなれば消えてよしと争う(一に云う「朝霜のように消えるなら消えろとばかりに命がけで争う」)。ときに、渡会の伊勢神宮から神風が吹いてきて、敵を惑わせ、天雲を呼び寄せて、敵に日の目も見せず、暗闇で覆い尽くした。
かくて平定した瑞穂の国(日本の国)を、神ながら統治なさろうと、我らが大君(高市皇子尊)が天下に向かって申し上げた(持統四年(690年)、高市皇子は実際には天皇になる前に持統10年(696年)に死去)。 そこで、そのようになるだろうと(一に云う「そうなるだろうと」)木綿花のように白く美しく栄えていらっしゃった。その折も折り。大君の御殿を(一に云う「刺す竹の皇子の御殿を」)御霊宮として飾り付けることになってしまった。皇子に仕えていた人々も白い麻の喪服を着て、埴安の御門(皇子の御殿)の原に集まって、昼は昼で、獣のように腹這いになって悲しんだ。夕方になればなったで、御殿を振り仰ぎ、ウズラのように這い回っておそばに仕える。けれどもそれではどうしようもなく、春鳥のようにさまよい嘆くばかり。その嘆きも静まらず、悲しみも尽きぬのに、言葉もうまく出てこない内に百済の原を通って神として葬り申し上げた。城上の宮を殯宮(あらきのみや)と高々と奉り申し、神のままお鎮まりになった。けれど、大君が万代にとおぼしめられ、作られた香具山の宮、そうならないなどと考えられようか。天を仰ぐように、振り仰ぎながら、タスキをかけてお偲びしよう。恐れ多いけれど。
短歌二首
0200 ひさかたの天知らしぬる君故に日月も知らず恋ひわたるかも
(久堅之 天所知流 君故尓 日月毛不知 戀渡鴨)
「ひさかたの」は枕詞。「天知らしぬる」は「天をお治めになる」すなわち「お亡くなりになった」の意。「日月も知らず」は現代語流に言えば「月日も知らず」。
「天をお治めになる筈だった大君。いつの間にか月日が流れていくが、私たち臣下はずっと皇子様をお慕いしています」という歌である。
心にかけるだけでももったいなく(一に云「もったいないけれど」)、言葉に出すのも恐れ多い。明日香の真神の原に御殿を、恐れ多くもお定めになって神として岩戸にお隠れになった我らが大君(天武天皇)、お治めになる背後の国は不破山を越えた所に天下って仮の御殿にお入りになり、天下を治めたもう。(一に云う払いたまわんとす)。諸国を平定すべく、東の国々の軍勢を召し集め、人々を和らげ、従わぬ国を平定せよ(一に云う「払いなさい」)と皇子に託された。
皇子は大君に成り代わって尊となり、太刀をはかれ、御手に弓をかざして軍勢を統率されんとされた。その叱咤に鳴らす鼓の音は、雷の声とまごうばかり。軍事用のつの笛の音も(一に云う「笛の音も」)敵に向かって虎が吠え、人々が恐れおののく咆哮と、まごうばかり(一に云う「聞き惑うばかり」)。兵士たちが捧げ持つ旗がなびく様子は、冬あけの春の野の火のように(一に云う「冬あけの春の野を焼く火のように」)、風にあおられて広がるかと、まごうばかり。また、兵士が取り持つ弓の弓弭(ゆはず)のガサガサいう騒音は、雪が降り注ぐ冬の林(一に云う「真っ白な木綿(ゆう)の林」)につむじ風が巻き込んだかと思うほど聞くも恐ろしく(一云う「誰もが惑うほど)。さらに、引き放つ矢のおびただしさは大雪が乱れ降り来たるので(一に云う「アラレをなしてふりそそいで来るので」)平服しない者は立ち向かう。露霜のように消えて無くなれば消えてよしと争う(一に云う「朝霜のように消えるなら消えろとばかりに命がけで争う」)。ときに、渡会の伊勢神宮から神風が吹いてきて、敵を惑わせ、天雲を呼び寄せて、敵に日の目も見せず、暗闇で覆い尽くした。
かくて平定した瑞穂の国(日本の国)を、神ながら統治なさろうと、我らが大君(高市皇子尊)が天下に向かって申し上げた(持統四年(690年)、高市皇子は実際には天皇になる前に持統10年(696年)に死去)。 そこで、そのようになるだろうと(一に云う「そうなるだろうと」)木綿花のように白く美しく栄えていらっしゃった。その折も折り。大君の御殿を(一に云う「刺す竹の皇子の御殿を」)御霊宮として飾り付けることになってしまった。皇子に仕えていた人々も白い麻の喪服を着て、埴安の御門(皇子の御殿)の原に集まって、昼は昼で、獣のように腹這いになって悲しんだ。夕方になればなったで、御殿を振り仰ぎ、ウズラのように這い回っておそばに仕える。けれどもそれではどうしようもなく、春鳥のようにさまよい嘆くばかり。その嘆きも静まらず、悲しみも尽きぬのに、言葉もうまく出てこない内に百済の原を通って神として葬り申し上げた。城上の宮を殯宮(あらきのみや)と高々と奉り申し、神のままお鎮まりになった。けれど、大君が万代にとおぼしめられ、作られた香具山の宮、そうならないなどと考えられようか。天を仰ぐように、振り仰ぎながら、タスキをかけてお偲びしよう。恐れ多いけれど。
短歌二首
0200 ひさかたの天知らしぬる君故に日月も知らず恋ひわたるかも
(久堅之 天所知流 君故尓 日月毛不知 戀渡鴨)
「ひさかたの」は枕詞。「天知らしぬる」は「天をお治めになる」すなわち「お亡くなりになった」の意。「日月も知らず」は現代語流に言えば「月日も知らず」。
「天をお治めになる筈だった大君。いつの間にか月日が流れていくが、私たち臣下はずっと皇子様をお慕いしています」という歌である。
0201 埴安の池の堤の隠り沼のゆくへを知らに舎人は惑ふ
(<埴>安乃 池之堤之 隠沼乃 去方乎不知 舎人者迷惑)
埴安(はにやす)は高市皇子の御殿があった場所。奈良県橿原市の天香具山の西ふもと。「隠り沼のゆくへを知らに」は「隠れた沼の水がどこへ流れていくか分からぬという比喩。また、舎人(とねり)は171番歌に記したように皇族に近侍し護衛を任務とした人々(一般に下級官人とされる)。
「埴安の池の堤の隠り沼どこへ流れていけばいいのか主君を失って惑(まど)うばかり」という歌である。
(<埴>安乃 池之堤之 隠沼乃 去方乎不知 舎人者迷惑)
埴安(はにやす)は高市皇子の御殿があった場所。奈良県橿原市の天香具山の西ふもと。「隠り沼のゆくへを知らに」は「隠れた沼の水がどこへ流れていくか分からぬという比喩。また、舎人(とねり)は171番歌に記したように皇族に近侍し護衛を任務とした人々(一般に下級官人とされる)。
「埴安の池の堤の隠り沼どこへ流れていけばいいのか主君を失って惑(まど)うばかり」という歌である。
或書の反歌一首
0202 哭沢の神社にみわ据ゑ祈れども我が大君は高日知らしぬ
(哭澤之 神社尓三輪須恵 雖祷祈 我王者 高日所知奴)
神社は「もり」と読む。泣沢神社は私も訪れたことがあるが、天香具山の麓に鎮座する神社。「みわ」は御神酒のこと。大君は高市皇子。
「泣沢の神社に御神酒を捧げて皇子のご無事を祈ったけれど皇子は天に上られて天を治めておられる」という歌である。
左注に「右は類聚歌林に、桧隈女王が泣沢神社を恨めしく思っての歌とある。日本紀には十年(丙申年)秋七月辛丑を朔(ついたち)として庚戌(持統十年七月十日)皇子尊薨去」とある。桧隈女王(ひのくまのおほきみ)は高市皇子の娘と目されている。
0202 哭沢の神社にみわ据ゑ祈れども我が大君は高日知らしぬ
(哭澤之 神社尓三輪須恵 雖祷祈 我王者 高日所知奴)
神社は「もり」と読む。泣沢神社は私も訪れたことがあるが、天香具山の麓に鎮座する神社。「みわ」は御神酒のこと。大君は高市皇子。
「泣沢の神社に御神酒を捧げて皇子のご無事を祈ったけれど皇子は天に上られて天を治めておられる」という歌である。
左注に「右は類聚歌林に、桧隈女王が泣沢神社を恨めしく思っての歌とある。日本紀には十年(丙申年)秋七月辛丑を朔(ついたち)として庚戌(持統十年七月十日)皇子尊薨去」とある。桧隈女王(ひのくまのおほきみ)は高市皇子の娘と目されている。
頭注に「但馬皇女が薨去した後、穂積皇子、雪降る冬日に御墓を遥望して涙を流して悲しんで作った歌」とある。但馬皇女(たじまのひめみこ)と穂積皇子(ほづみのみこ)は四十代天武天皇の子。異母姉弟。
0203 降る雪はあはにな降りそ吉隠の猪養の岡の寒からまくに
(零雪者 安播尓勿落 吉隠之 猪養乃岡之 塞為巻尓)
「あはにな降りそ」は「な~そ」の禁止形。「多く降らないでくれ」という意味。「吉隠(よなばり)の猪養(ゐかひ)の岡」は不明。
「雪よ多く降り注がないでおくれ。吉隠(よなばり)の猪養(ゐかひ)の岡の皇女が寒かろうに」という歌である。
0203 降る雪はあはにな降りそ吉隠の猪養の岡の寒からまくに
(零雪者 安播尓勿落 吉隠之 猪養乃岡之 塞為巻尓)
「あはにな降りそ」は「な~そ」の禁止形。「多く降らないでくれ」という意味。「吉隠(よなばり)の猪養(ゐかひ)の岡」は不明。
「雪よ多く降り注がないでおくれ。吉隠(よなばり)の猪養(ゐかひ)の岡の皇女が寒かろうに」という歌である。
頭注に「弓削皇子が薨去の時、置始東人が作った歌と短歌」とある。弓削皇子(ゆげのみこ)は四十代天武天皇の皇子。置始東人(おきそめのあづまひと)は未詳。
0204番 長歌
やすみしし 我が大君 高照らす 日の御子 ひさかたの 天つ宮に 神ながら 神といませば そこをしも あやに畏み 昼はも 日のことごと 夜はも 夜のことごと 伏し居嘆けど 飽き足らぬかも
(安見知之 吾王 高光 日之皇子 久堅乃 天宮尓 神随 神等座者 其乎霜 文尓恐美 晝波毛 日之盡 夜羽毛 夜之盡 臥居雖嘆 飽不足香裳)
0204番 長歌
やすみしし 我が大君 高照らす 日の御子 ひさかたの 天つ宮に 神ながら 神といませば そこをしも あやに畏み 昼はも 日のことごと 夜はも 夜のことごと 伏し居嘆けど 飽き足らぬかも
(安見知之 吾王 高光 日之皇子 久堅乃 天宮尓 神随 神等座者 其乎霜 文尓恐美 晝波毛 日之盡 夜羽毛 夜之盡 臥居雖嘆 飽不足香裳)
「やすみしし」と「ひさかたの」は枕詞。
(口語訳)
高照らす天皇の皇子でいらっしゃるわれらが皇子は天宮に恐れ多くも神のままおいでになられた。非常に悲しく、昼は昼中、夜は夜中、伏して嘆いているがいつまでたっても嘆き足りない
(2013年3月13日記、2017年7月23日)
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(口語訳)
高照らす天皇の皇子でいらっしゃるわれらが皇子は天宮に恐れ多くも神のままおいでになられた。非常に悲しく、昼は昼中、夜は夜中、伏して嘆いているがいつまでたっても嘆き足りない
(2013年3月13日記、2017年7月23日)