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万葉集読解・・・26(329~350番歌)

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     万葉集読解・・・26(329~350番歌)
 頭注に「防人司佑大伴四綱(おおとものよつな)の歌二首」とある。佑(すけ)が出てきたので、古代地方官制について簡単に述べると、地方官制では各国に国司が敷かれ、官職には守(かみ、長官)、介(すけ、次官)、掾(じょう、判官)、目(さかん、主典)の四等官が置かれるのが一般だった。従って、佑(すけ)は次官に当たるわけである。
0329   やすみしし我が大君の敷きませる国の中には都し思ほゆ
      (安見知之 吾王乃 敷座在 國中者 京師所念)
 「やすみしし」は枕詞。大部分(26例中23例)は長歌に使用されている。「敷きませる」は「お治めになっている」である。「都し」の「し」は強調の「し」。
 「天皇は様々な国々を治めていらっしゃるが、なんといっても奈良の都のことが思われる」という歌である。

0330   藤波の花は盛りになりにけり奈良の都を思ほすや君
      (藤浪之 花者盛尓 成来 平城京乎 御念八君)
 藤の花は奈良では桜よりすこし後に盛りとなるが、太宰府ではもう藤の季節を迎えている。「思ほすや君」の君は大伴旅人のこと。
 「波打つように咲きほこる藤の花は今こそ盛りを迎えています。(長官は)奈良の都を思い出されておられましょうか」という歌である。

 頭注に「帥大伴卿(おおとものまえつきみ)の歌五首」とある。大伴卿は大伴旅人のことで、帥(そち)は太宰府長官。前歌の作者大伴四綱の上司。
0331   我が盛りまたをちめやもほとほとに奈良の都を見ずかなりなむ
      (吾盛 復将變八方 殆 寧樂京乎 不見歟将成)
 「我が盛り」はむろん奈良の都で威勢を誇っていた時期のこと。「またをちめやも」は「復帰できるだろうか」という意味である。「ほとほとに」は「いやいや」ということ。
 「わが権勢を誇っていた頃にまた復帰できるだろうか。いやいや、このまま都を見ずじまいになりそうだ」という歌である。

0332   我が命も常にあらぬか昔見し象の小川を行きて見むため
      (吾命毛 常有奴可 昔見之 象<小>河乎 行見為)
 「我が命も常にあらぬか」は「私の命が続くなら」である。「象(きさ)の小川」は316番歌に詠われている吉野川に注ぐ小川のこと。旅人の父中納言安麻呂の歌で、明らかに本歌はそれを意識した歌。「昔見し」は青年期を父と共に過ごした飛鳥時代のこと。父は後年、大納言に昇進し没する。旅人の本歌は失意の淵に沈んだ歌だが、旅人も大納言を望んでいたのだろうか。旅人は、天平2年(730年)京に呼び戻され、大納言に任ぜられる。
 「私の命が続くなら、昔見た象の小川に行ってもう一度見てみたい」という歌である。

0333   浅茅原つばらつばらにもの思へば古りにし里し思ほゆるかも
      (淺茅原 曲曲二 物念者 故郷之 所念可聞)
 「浅茅原」は「丈の低い茅(ちがや)の原」のこと。茅(ちがや)はイネ科の多年草。「つばらつばらに」は「つくづくと」、「古りにし里」は「故郷」のことで、しは強意。
 「目前の浅茅原を前にしてつくづくと、もの思いにふけっていると昔過ごした故郷のことが思い起こされる」という歌である。

0334   忘れ草我が紐に付く香具山の古りにし里を忘れむがため
      (萱草 吾紐二付 香具山乃 故去之里乎 <忘>之為)
 忘れ草は茅(ちがや)等、萱(かや)草のこと。萱草を身に付けていると憂さも忘れると思われていたようである。
 「私は忘れ草を着物の紐に付けている。香具山のある故郷を忘れないため」という歌である。

0335   我が行きは久にはあらじ夢のわだ瀬にはならずて淵にありこそ
      (吾行者 久者不有 夢乃和太 湍者不成而 淵有<乞>)
 「我が行きは」は赴任を旅行と見立てた言い方。「夢のわだ」は吉野川宮滝の美しい淵。
 「私の旅行は長くはならないだろう。あの吉野川の淵、浅瀬にならないで淵のままであってほしい」という歌である。
 以上が旅人の五首だが、この五首に関する限り、奈良の都や飛鳥の地への思いばかりで、赴任地(太宰府)に対する思いがなく、酒を飲みながらくだくだと繰り出した繰り言を聞かされているような気分になる。

 頭注に「沙弥満誓(さみまんせい),、綿を詠む歌」とあり、細注に「造筑紫觀音寺別當、俗姓は笠朝臣麻呂」とある。別當は長官。
0336   しらぬひ筑紫の綿は身に付けていまだは着ねど暖かに見ゆ
      (白縫 筑紫乃綿者 身箸而 未者<伎>袮杼 暖所見)
 「しらぬひ」は全万葉集歌中3例しかなく、短歌は本歌一例のみ。「岩波大系本」と「伊藤本」は筑紫にかかる枕詞としている。3例が3例とも五音句の箇所に「しらぬひ」の四音が入っている。
   「しらぬひ 筑紫の綿は」(336番歌、本歌)
   「しらぬひ 筑紫の国に」(794番長歌)
   「しらぬひ 筑紫の国は」(4331番長歌)
 の3例である。五音句の所が全部四音は珍しい。あえて四音に読むのならその理由なり説明なりが必要であろう。一言注意を喚起しておきたい。「しらぬひ」は「燃えさかる」とか「輝ける」といった類の美称語と私は考えている。筑紫は太宰府を中心とする北九州。
 「筑紫の綿は着てみたことはないが暖かそうに見える」という歌である。

 頭注に「山上憶良臣が宴席から退出する時の歌」とある。
0337   憶良らは今は罷らむ子泣くらむそれその母も我を待つらむぞ
      (憶良等者 今者将罷 子将哭 其彼母毛 吾乎将待曽)
 この歌によって328番歌から始まる一連の歌が大伴旅人を囲んでの宴席上で詠われた歌らしいと分かる。大伴旅人が太宰府に赴任して、この宴がいつ開かれたのか確定できない。旅人の太宰府在任期間は神亀年間(724~729年)とされている。かりにこの宴が中ほどの726年に開かれたとすると、この時旅人は65歳前後。当時としては大変な高齢者。山上憶良はその旅人より2歳年長。旅人よりさらに高齢者。20年以上も寿命が延びている現代なら90歳前後だろう。その憶良が「子泣くらむ)」と表現しなければならない小さな子を抱えていたのだろうか?。哭はおいおい泣くさまをあらわしている。「その母も」と詠っているから「泣く子の母」すなわち若い妻ということになる。もっと不可解なのは90歳ほどの超高齢者が「子と妻が待っているのでこれで失礼します」などという歌を上司(旅人)に献上するだろうか。あり得ない!、これが私の直感だ。では何なのか。この疑問の解はたった一つしかない。ここに詠われている泣く子とは孫という解である。孫の話題なら旅人も高齢者、「おうおう、早く帰ってやりな」と応じるに相違ない。妹ではなく母と詠っている点にもあらわれている。他の憶良歌はさておいて、少なくとも本歌の「泣く子」は孫と解さざるを得ない。
 「憶良めはこれにて失礼します。孫とその母親も私を待っていましょうから」という歌である。

頭注に「大宰帥大伴卿(旅人)の酒を讃える歌十三首」とある。帥(そち)は長官。
0338   験なきものを思はずは一杯の濁れる酒を飲むべくあるらし
      (験無 物乎不念者 一坏乃 濁酒乎 可飲有良師)
 328番歌(小野老の歌)から始まった宴会歌はまだ続いていることが分かる。「験(しるし)なきものを思はずは」は「あてのない先行きのことなど思わずに」という意味である。
 「あてのない先行きのこと等思わずに、この一杯の濁れる酒を飲む方がよい」という歌である。

0339   酒の名を聖と負ほせしいにしへの大き聖の言の宣しさ
       (酒名乎 聖跡負師 古昔 大聖之 言乃宜左)
 「酒の名を聖と負ほせし」を「岩波大系本」は「魏の太祖が禁酒令を出したので酒呑みが清酒を聖人、濁酒を賢人と呼んだ故事」を引き合いに出し、補注まで設けて縷々説明している。が、故事云々はどうでもよかろう。
 「酒の名を聖(ひじり)と名付けた昔の聖人がいる。まさに至言だね」という歌である。

0340   いにしへの七の賢しき人たちも欲りせしものは酒にしあるらし
      (古之 七賢 人等毛 欲為物者 酒西有良師)
 本歌は前歌と異なって故事を述べた方が理解の助けになる。一般に七賢人といえば古代ギリシャの賢者をいう。が、ここは古代中国の故事で、酒を呑みながら清談(天下国家を談ずる)に耽った竹林の七賢人のこと。つまり、中国古代の七賢人として有名な人々も好んだのは「酒にしあるらし」というのが歌意である。
 「昔の中国の七賢人も欲したものはこの酒であるようだ」という歌である。

0341   賢しみと物言ふよりは酒飲みて酔ひ泣きするしまさりたるらし
      (賢跡 物言従者 酒飲而 酔哭為師 益有良之)
 「賢(さか)しみと物言ふよりは」は「訳知り顔で説き立てるよりは」の意。
 「訳知り顔で説き立てるよりは酒を飲んで酔い泣きする方がまし」という歌である。

0342   言はむすべ為むすべ知らず極まりて貴きものは酒にしあるらし
      (将言為便 将為便不知 極 貴物者 酒西有良之)
 平明歌。
 「言いようもなく、なすすべもないときなんといっても貴いのは酒だね」という歌である。

0343   なかなかに人とあらずは酒壷になりにてしかも酒に染みなむ
      (中々尓 人跡不有者 酒壷二 成而師鴨 酒二染甞)
 「なかなかに」は「なまじっか」。
 「なまじっか人ではなくて酒壷になって酒に浸っていたい」という歌である。

0344   あな醜賢しらをすと酒飲まぬ人をよく見ば猿にかも似る
      (痛醜 賢良乎為跡 酒不飲 人乎熟見<者> 猿二鴨似)
 「あな醜(みにく)」は「ああ見苦しい」、「賢しらをすと」は「利口ぶって」という意味。
 「ああ見苦しいことよ。利口ぶって酒を飲まない人をよく見ると猿に似ている」という歌である。

0345   価なき宝といふとも一杯の濁れる酒にあにまさめやも
      (價無 寳跡言十方 一坏乃 濁酒尓 豈益目八<方>)
 「価なき宝」は、値打ちのないという意味ではなく、「値のつけようがないほど高価な宝」という意味である。
 「どんなに貴重な宝といえど、一杯の濁れる酒にもかなわない」という歌である。

0346   夜光る玉といふとも酒飲みて心を遣るにあにしかめやも
      (夜光 玉跡言十方 酒飲而 情乎遣尓 豈若目八方)
 前歌と相似した歌。「夜光る玉」は「貴重な玉」、「心を遣る」は「憂さを晴らす」こと。
 「どんなに貴重な夜光玉でも、憂さを晴らすに酒にかなうものはない」という歌である。

0347   世のなかの遊びの道にすずしくは酔ひ泣きするにあるべくあるらし
      (世間之 遊道尓 怜者 酔泣為尓 可有良師)
 「遊びの道」とは当時の官人たちがたしなんだ歌舞音曲や狩猟等を指しているに相違ない。「すずしくは」は原文の「怜者」からして冷淡(無関心)の意。
 「官人たちがたしなんでいる歌舞音曲や狩猟等に無関心な荒涼たる気分の自分には酔いつぶれて泣き崩れるしかないではないか」という歌である。

0348   この世にし楽しくあらば来む世には虫に鳥にも我れはなりなむ
      (今代尓之 樂有者 来生者 蟲尓鳥尓毛 吾羽成奈武)
 「この世にし」は強意の「し」。平明歌。
 「この世が楽しいなら、来世は虫にも鳥にも私はなって構わない」という歌である。

0349   生ける者遂にも死ぬるものにあればこの世なる間は楽しくをあらな
      (生者 遂毛死 物尓有者 今生在間者 樂乎有名)
 「遂にも」は「結局は」の意。平明歌。
 「生ける者は結局死ぬのだからこの世にある間は楽しくありたい」という歌である。

0350   黙然をりて賢しらするは酒飲みて酔ひ泣きするになほしかずけり
      (黙然居而 賢良為者 飲酒而 酔泣為尓 尚不如来)
 244番歌や246番歌等と同工異曲。黙然は「もだ」と読む。
 「黙りこくって利口ぶるより酒に酔い泣きしている方がましではないか」という歌である。
          (2013年4月20日記、2017年9月1日記)
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