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万葉集読解・・・30(394~412番歌)

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     万葉集読解・・・30(394~412番歌)
 頭注に「余明軍(よのみやうぐん)の歌」とある。
0394   標結ひて我が定めてし住吉の浜の小松は後も我が松
      (印結而 我定義之 住吉乃 濱乃小松者 後毛吾松)
 「標結(しめゆ)ひて」は「標縄を張って目星をつける」という意味である。小松は少女の喩え。「妻にするまで待つ」を松にかけて「我が松」と結句している。
 「少女の頃から目星をつけている住吉の浜の小松。成長するまで私は待つ」という歌である。

 頭注に「笠女郎(かさのいらつめ)が大伴宿祢家持(おおとものすくねのやかもち)に贈った歌三首」とある。
0395   託馬野に生ふる紫草衣に染めいまだ着ずして色に出でにけり
      (託馬野尓 生流紫 衣染 未服而 色尓出来)
 託馬野(つくまの)は所在不明。紫草(むらさき)は                                                                                                 染料に使われる。恋心を紫の着物にたとえている。「色に出でにけり」は「ひとに知られてしまった」という意味。
 「託馬野(つくまの)に生えている紫草を着物に染めました。未だに着ていないのに、色に出てしまいました」という歌である。

0396   陸奥の真野の草原遠けども面影にして見ゆといふものを
      (陸奥之 真野乃草原 雖遠 面影為而 所見云物乎)
 陸奥(みちのく)の真野は福島県相馬郡内の地という。当時の人にとって陸奥の地は遙か異国の地。現実の家持はすぐ近くの都びと。なぜお会いできないのでしょう、の意がこもっている。
 「陸奥(みちのく)の真野の草原は遠い異国。でも面影には現れるというではありませんか」という歌である。

0397   奥山の岩本菅を根深めて結びし心忘れかねつも
      (奥山之 磐本菅乎 根深目手 結之情 忘不得裳)
 菅(すげ)はカヤツリグサ科スゲ属の草の総称。根深くしっかりと生える。
 「山奥の岩に根深く生えている菅草のように固く契り合ったあなたを忘れられようか」という歌である。

 頭注に「藤原朝臣八束(ふぢはらのあそみやつか)の梅の歌二首」とあり、細注に「八束の後の名を真楯(またて)といい、房前(ふささき)の第三子」とある。
0398   妹が家に咲きたる梅のいつもいつもなりなむ時に事は定めむ
      (妹家尓 開有梅之 何時毛々々々 将成時尓 事者将定)
 梅は少女の喩え。「事は定めむ」は「妻にしたい」という意味。
 「彼女の家に咲いている梅の花が、いつでも、いつなりと実をつける時に、妻にすることにしましょう」という歌である。

0399   妹が家に咲きたる花の梅の花実にしなりなばかもかくもせむ
      (妹家尓 開有花之 梅花 實之成名者 左右将為)
 前歌とほぼ同じ内容の歌。が、第四句の「実にしなりなば」が効いていてよりスマートな歌になっている。
 「彼女の家に咲いている梅の花。実になったなら、妻にすることにしましょう」という歌である。

 頭注に「大伴宿祢駿河麻呂(おおとものすくねするがまろ)の梅の歌」とある。系未詳。
0400   梅の花咲きて散りぬと人は言へど我が標結ひし枝にあらめやも
      (梅花 開而落去登 人者雖云 吾標結之 )
 梅は少女の喩え。「標結ひし」は394番歌参照。「目星をつけて」。
 「梅の花が咲いて散ったと人は言うけれど、まさか私が目星をつけた枝(その子)のことではあるまいな」という歌である。

 頭注に「大伴一族の宴席で大伴坂上郎女(おおとものさかのうえのいらつめ)が吟じた歌」とある。
0401   山守のありける知らにその山に標結ひ立てて結ひの恥しつ
      (山守之 有家留不知尓 其山尓 標結立而 結之辱為都)
 「山守のありける知らに」は「管理する山番がいるとも知らず」という意味である。女の側から働きかけた比喩歌とすると随分積極的な女性である。一つおいた先の403番歌にこの宴の主賓と目される大伴家持と坂上郎女の娘(大嬢)が登場する。とすると、本歌の寓意は作者本人ではなく、娘に成り代わって詠った歌ということになる。
 「山を管理する山番がいるとも知らず、その山に標杭を立てて縄を張るなんてまあ恥ずかしい」という歌である。

 頭注に「大伴宿祢駿河麻呂(おおとものすくねするがまろ)が応えた歌」とある。
0402   山守はけだしありとも我妹子が結ひけむ標を人解かめやも
      (山主者 盖雖有 吾妹子之 将結標乎 人将解八方)
 駿河麻呂は坂上郎女の次女(二嬢)の相手である。歌の内容から坂上郎女の権勢は相当強かったようだ。彼女は巫女であり、大伴本家の祭主だったのだから・・・。
 「たとえ山番があったところで、あなた様が結んだ標縄だもの、誰が解くというのでしょう」という歌である。

 頭注に「大伴宿祢家持(おおとものすくねやかもち)が大伴坂上家の大嬢(おおいらつめ)に贈った歌」とある。
0403   朝に日に見まく欲りするその玉をいかにせばかも手ゆ離れずあらむ
      (朝尓食尓 欲見 其玉乎 如何為鴨 従手不離有牟)
 大伴家持は柿本人麻呂とともに万葉集を代表する歌人で、万葉集の編纂者とも目される人物。旅人の子。大嬢は「一番上のお嬢様」のこと。401番歌の作者坂上郎女の娘。「朝に日に」(あさにけに)は「朝も昼も」である。この歌に至って家持と大嬢を結びつけたのは坂上郎女だったことが分かる。前二歌で「標結ひ」と詠ったその標結ひは家持と大嬢のことだったのである。三歌をまとめて解さないと分かりづらいとは、ホントしんどい。
 「朝も昼も眺めていたいその玉をどのようにしたら我が手中から離れないようにできるのでしょう」という歌である。

 頭注に「娘子(をとめ)が佐伯宿祢赤麻呂(さへきのすくねあかまろ)の贈った歌に応えた歌」とある。赤麻呂は伝未詳。
0404   ちはやぶる神の社しなかりせば春日の野辺に粟蒔かましを
      (千磐破 神之社四 無有世伐 春日之野邊 粟種益乎)
 404~406番歌も前三歌と同様まとめて解さないと分かりづらい。単独歌として解そうとするとてこづる。まとめて読めば平明歌。「ちはやぶる」は枕詞。
 「神聖な春日神社がなければ春日の野辺に粟を蒔きましょうに(お逢い出来ましょうに)」という歌である。

 頭注に「佐伯宿祢赤麻呂(さへきのすくねあかまろ)が更に贈った歌」とある。
0405   春日野に粟蒔けりせば鹿待ちに継ぎて行かましを社し恨めし
      (春日野尓 粟種有世伐 待鹿尓 継而行益乎 社師怨焉)
 更にとあるので前歌の前に赤麻呂が女(娘子)に歌を贈ったに相違ない。つまりちょっかいを出したのは赤麻呂の方だ。「鹿待ちに」は「鹿が相手が出てくるのを待つように」という意味。
 「あなたが春日野に粟を蒔くのでrしたら、鹿が相手が出てくるのを待つように続け様に待ちに行くのに。神社が恨めしい」という歌である。

 頭注に「娘子が再び返した歌」とある。
0406   我が祭る神にはあらず大夫に憑きたる神ぞよく祭るべし
      (吾祭 神者不有 大夫尓 認有神曽 好應祀)
 「憑きたる神」は「とりついた神」である。このやりとりで、私が微笑ましく感ずるのは、現代のサラリーマンと同じく男女のいわば「ラブゲーム」が行われていたことである。高級貴族といえども彼らも又宮仕えの身。サラリーマンそのものである。宴席上こうしたやりとりはあちこちの席で繰り返されていたに相違ない。1300年も前の古代と現代。人は変わっていないのだろうか。
 「私がお祭りしている神ではありませんわ。あなた様にとりついた神ではありませんか。よくお祭りあそばせ」という歌である。

 頭注に「大伴宿祢駿河麻呂(おおとものすくねするがまろ)が同じく坂上家の二嬢(おといらつめ)に求婚した歌」とある。
0407   春霞春日の里の植ゑ子水葱苗なりと言ひし枝はさしにけむ
      (春霞 春日里之 殖子水葱 苗有跡云師 柄者指尓家牟)
 坂上家の二嬢は家持の相手の大嬢の妹である。春霞は枕詞説もあるが、枕詞的に使われているのは本歌一例のみ。他に14例あるが、すべて「春霞たなびく時に」(789番歌)のように普通名詞。枕詞(?)。子水葱(こなぎ)は水葱の子。水葱(なぎ)は湿地等に生える水草。葉は食料になる。むろん、二嬢の喩え。
 「春霞たなびく春日の里に植えた水葱(なぎ)は苗だったのにもう今では枝が出てきて立派に成長されましたね」という歌である。

 頭注に「大伴宿祢家持(おおとものすくねやかもち)が同じく坂上家の大嬢(おほいらつめ)に贈った歌」とある。
0408   なでしこがその花にもが朝な朝な手に取り持ちて恋ひぬ日なけむ
      (石竹之 其花尓毛我 朝旦 手取持而 不戀日将無)
 なでしこはむろん大嬢のこと。「花にもが」は「花であったらいいのに」という意味。
 「あなたがなでしこの花なら毎朝毎朝手にとって愛(め)でない日はありませんのに」という歌である。

 頭注に「大伴宿祢駿河麻呂(おおとものすくねするがまろ)の歌」とある。
0409   一日には千重波しきに思へどもなぞその玉の手に巻きかたき
      (一日尓波 千重浪敷尓 雖念 奈何其玉之 手二巻難寸)
 二嬢を玉に喩えた歌。「しきに思へども」は「しきりに思っているのに」ということ。「玉を手に巻く」とは腕輪を巻くことで「わがものとする」の意。激しい求愛の歌である。
 「たった一日でも次々と押し寄せてくる波のように、しきりに思っているのにどうしてその玉を手中にするのが難しいのでしょう」という歌である。

 頭注に「大伴坂上郎女(おおとものさかのうへのいらつめ)の橘の歌」とある。
0410   橘を屋前に植ゑ生ほし立ちて居て後に悔ゆとも験あらめやも
      (橘乎 屋前尓殖生 立而居而 後雖悔 驗将有八方)
 橘(たちばな)は二嬢(おといらつめ)の喩え。「屋前に植ゑ生ほし」は「庭に植えて育てた」という意味。「立ちて居て」は「気もそぞろで心配でならず」、「後に悔ゆとも験(しるし)あらめやも」は「後で後悔するようなことになっては仕方がない」という意味である。
 「橘を庭に植えて育てるのに心配で居ても立ってもいられませんでした。後で後悔するようなことになっては仕方がありませんもの」という歌である。

 前歌に応えた歌。
0411   我妹子が屋前の橘いと近く植ゑてし故にならずはやまじ
      (吾妹兒之 屋前之橘 甚近 殖而師故二 不成者不止)
 前歌に対し応えた歌。「我妹子が屋前の橘」は「お嬢さんの家の庭の橘」ということである。
 「お嬢さんの家の庭の橘はすぐ近くに植えてありますもの。橘を実らせないことがあってはいけませんよ」という歌である。

 頭注に「市原王(いちはらおほきみ)の歌」とある。市原王は三十八代天智天皇の末裔。
0412   いなだきにきすめる玉は二つなしかにもかくにも君がまにまに
      (伊奈太吉尓 伎須賣流玉者 無二 此方彼方毛 君之随意)
 「いなだき」は「頂(いただき)」でみづらのこと。4377番歌に「母刀自も玉にもがもや戴きてみづらの中に合へ巻かまくも」とある。「きすめる」は「蔵(きす)める」のこと。市原王は男性だが、女性歌として詠っている。
 「みづらに隠した玉は二つとない貴重な玉です。あなた様の好きなようになさって下さい」という歌である。
          (2013年5月11日記、2017年9月14日記)
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