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万葉集読解・・・34-1(457~469番歌)

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     万葉集読解・・・34-1(457~469番歌)
0457   遠長く仕へむものと思へりし君しまさねば心どもなし
      (遠長 将仕物常 念有之 君師不座者 心神毛奈思)
 「遠長く」は「末長く」である。結句の「心どもなし」は「心の張りがなくなった」であるが、原文に「心神毛」とあるので「茫然自失」の方がより適切であろう。
 「末長くお仕えしようと思っておりました我が君がこの世においでにならないので、茫然自失の状態です」という歌である。

0458   みどり子の匍ひたもとほり朝夕に哭のみぞ我が泣く君なしにして
      (若子乃 匍匐多毛登保里 朝夕 哭耳曽吾泣 君無二四天)
 「みどり子」は幼児、「匍ひたもとほり」は「(幼児のように)這い回る」という意味である。
 「幼児のように這い回り、朝夕声をあげて泣くばかり、我が君がいなくて」という歌である。
 左注に「右の五首は資人余明軍(よのみやうぐん)犬馬の慕いを心中に抱いて作った歌」とある。資人は従者。

0459   見れど飽かずいましし君が黄葉のうつりい行けば悲しくもあるか
      (見礼杼不飽 伊座之君我 黄葉乃 移伊去者 悲喪有香)
 作者不明。中務省(なかつかさしょう)管轄の内礼司から届けられた歌。「い行けば」は強調のい。
 「見ても見ても見飽きることのない立派でいらした君が黄葉が散りゆくように去っていかれて悲しい」という歌である。
 左注に「内礼正縣犬養宿祢人上(あがたのいぬかひのすくねひとかみ)に勅を発し、卿(旅人)の病状に医薬を施させる。が、薬石効なく悲しんで作った歌」とある。内礼正(ないらいのかみ)は中務省内礼司長官。伝未詳。

 頭注に「七年乙亥、大伴坂上郎女(さかのうへのいらつめ)、尼理願(あまりがん))の死去を悲しんで作った歌と短歌」とある。七年は、天平七年(735年)。坂上郎女は大伴旅人の異母妹。万葉集の代表的歌人の一人。尼理願は461番歌左注参照。
0460番 長歌
   栲づのの 新羅の国ゆ 人言を よしと聞かして 問ひ放くる 親族兄弟 なき国に 渡り来まして 大君の 敷きます国に うち日さす 都しみみに 里家は さはにあれども いかさまに 思ひけめかも つれもなき 佐保の山辺に 泣く子なす 慕ひ来まして 敷栲の 家をも作り あらたまの 年の緒長く 住まひつつ いまししものを 生ける者 死ぬといふことに 免れぬ ものにしあれば 頼めりし 人のことごと 草枕 旅なる間に 佐保川を 朝川渡り 春日野を そがひに見つつ あしひきの 山辺をさして 夕闇と 隠りましぬれ 言はむすべ 為むすべ知らに たもとほり ただひとりして 白栲の 衣袖干さず 嘆きつつ 我が泣く涙 有間山 雲居たなびき 雨に降りきや
   (栲角乃 新羅國従 人事乎 吉跡所聞而 問放流 親族兄弟 無國尓 渡来座而 大皇之 敷座國尓 内日指 京思美弥尓 里家者 左波尓雖在 何方尓 念鷄目鴨 都礼毛奈吉 佐保乃山邊<尓> 哭兒成 慕来座而 布細乃 宅乎毛造 荒玉乃 年緒長久 住乍 座之物乎 生者 死云事尓 不免 物尓之有者 憑有之 人乃盡 草枕 客有間尓 佐保河乎 朝河渡 春日野乎 背向尓見乍 足氷木乃 山邊乎指而 晩闇跡 隠益去礼 将言為便 将為須敝不知尓 徘徊 直獨而 白細之 衣袖不干 嘆乍 吾泣涙 有間山 雲居軽引 雨尓零寸八)

  長歌は用語の解説を最小限にとどめる。「栲(たく)づのの」は枕詞(?)。「うち日さす」は枕詞。「都しみみに」は「都にぎっしり」という意味。佐保は奈良市平城京の近くの坂上郎女が居た所。「たもとほり」は「あちこちさまよい」。「有間山」は神戸市北区有間温泉付近。

 (口語訳)
   新羅の国から人づてによい所と聞いて、はるばると親族や兄弟もない国に渡って来られた。大君が治めておられる国の都にはぎっしりと里も家も多くあるのにどう思われたか、何のゆかりも知り合いもない佐保の山辺に泣く子が親を慕うようにやってこられた。家も佐保に構えられ、長年月住まわれていたのに。生ける人はいつかは死ぬのを免れない定め。頼りに思っていた人たちがことごとく旅に出ていた間に、春日野を背後にして、朝佐保川を渡り、山辺の向こうに夕闇に隠れるように、お亡くなりになってしまった。何とも言いようがなく、為す術もわからず、ただひとりあちこちさまよい、真っ白な着物が涙で乾くひまがないほど、私は嘆き、悲しんだ。有間山には雲がたなびき、雨となって降ったことでしょうか。

 反 歌
0461   留めえぬ命にしあれば敷栲の家ゆは出でて雲隠りにき
      (留不得 壽尓之在者 敷細乃 家従者出而 雲隠去寸)
 前歌の内容から尼理願は新羅国からやってきて佐保川(奈良市)に住みついたことが分かる。
 「留めえぬ命にしあれば」は「死は免れない」の意。「敷栲(しきたへ)の」は枕詞。
 「死は免れないことゆえ、住み慣れた家から旅立って雲の向こうにお隠れになった」という歌である。
 左注に「新羅國の尼、名を理願という者が遠くから、ここ大君の聖なる国に渡ってきて、大納言大将軍大伴卿(安麿)家に寄住することになった。以来数十年を過ごした後、天平七年(735年)運命の病に沈み、たちまち、泉界(死者の国)の人となった。家の主婦の石川命婦は治療のために有馬温泉に行っていて、尼理願の葬儀に間に合わなかった。そこで坂上郎女がこの歌を作って温泉に贈った」とある。石川命婦は安麿の妻であり、坂上郎女の母。

 頭注に「天平十一年己丑(739年)、大伴家持、妾(をみなめ)の死去を悲しんで作った歌」とある。大伴家持は柿本人麻呂とともに万葉集を代表する歌人で、万葉集の編纂者とも目される人物。旅人の子。妾は実質的な前妻。
0462   今よりは秋風寒く吹きなむをいかにかひとり長き夜を寝む
      (従今者 秋風寒 将吹焉 如何獨 長夜乎将宿)
 平明歌。
 「これから秋風が寒く吹く時節を迎えるのにどのようにしてひとり長い夜を寝たらよかろう」という歌である。

頭注に「弟大伴宿祢書持(ふみもち)の応えた歌」とある。
0463   長き夜をひとりや寝むと君が言へば過ぎにし人の思ほゆらくに
      (長夜乎 獨哉将宿跡 君之云者 過去人之 所念久尓)
 「過ぎにし人」はいうまでもなく死んだ女性のこと。 
 「長い夜をひとりで寝なければならないとお兄さんがいうのを聞くと、お姉さんのことがあらためて思い出されます」という歌である。

  頭注に「家持が軒下の瞿麦花(なでしこ)を見て作った歌」とある。
0464   秋さらば見つつ偲へと妹が植ゑしやどのなでしこ咲きにけるかも
      (秋去者 見乍思跡 妹之殖之 屋前乃石竹 開家流香聞)
 「秋さらば見つつ偲へと」は死去した妻の言葉。「秋さらば」は「秋になったら」のこと。「偲(しの)へと」は「思い出してご鑑賞あそばせと」という意味。そして一転「やどのなでしこ咲きにけるかも」は現実のやど(庭)の風景。いい歌である。
 「秋になったらごらんになって下さいと彼女が植えた庭のナデシコの花が咲いてきたよ」という歌である。

 頭注に「一日(七月)になってから秋風を悲しんで家持が作った歌」とある。
0465   うつせみの世は常なしと知るものを秋風寒み偲ひつるかも
      (虚蝉之 代者無常跡 知物乎 秋風寒 思努妣都流可聞)
 「うつせみの」は「虚蝉之」、「空蝉之」、「打蝉之」などと書かれる。現世、空虚といった意味だが、ここは現世の意味。上三句は「この世は無常と分かってはいるが」という意味である。「秋風寒み」は「~ので」のみ。
 「この世は無常と分かってはいるが寒い秋風を受けると、妻のことが思い出される」という歌である。

 頭注に「家持が作った歌と短歌」とある。
0466番 長歌
   我がやどに 花ぞ咲きたる そを見れど 心もゆかず はしきやし 妹がありせば 水鴨なす ふたり並び居 手折りても 見せましものを うつせみの 借れる身なれば 露霜の 消ぬるがごとく あしひきの 山道をさして 入日なす 隠りにしかば そこ思ふに 胸こそ痛き 言ひもえず 名づけも知らず 跡もなき 世間にあれば 為むすべもなし
   (吾屋前尓 花曽咲有 其乎見杼 情毛不行 愛八師 妹之有世婆 水鴨成 二人雙居 手折而毛 令見麻思物乎 打蝉乃 借有身在者 <露>霜乃 消去之如久 足日木乃 山道乎指而 入日成 隠去可婆 曽許念尓 胸己所痛 言毛不得 名付毛不知 跡無 世間尓有者 将為須辨毛奈思)

  「名づけも知らず」は「名状のしようがない」という意味。「跡もなき」は「跡形もない」である。

 (口語訳)
   庭先にナデシコの花が咲いた。それを見ても心なごまず。あの愛してやまなかったあの子が生きていてくれたら、水に浮かぶ鴨のようにふたりで並んで立ち、ナデシコの花を手折って見せられたのに。われわれはこの世の仮の身。露や霜のように消えて行く。山路の向こうに消えて行く夕日のように隠れていく。それを思うと、胸が痛み、言いようもなく、名付けようのない気持になる。消えて跡形もないこの世であれば為す術がない。

 反 歌
0467   時はしもいつもあらむを心痛くい行く我妹かみどり子を置きて
      (時者霜 何時毛将有乎 情哀 伊去吾妹可 <若>子乎置而)
 「い行く」は強意のい。「みどり子」は幼児。
 「死ぬ時はいつであってもいいだろうに、幼児を置いてなぜ今の今旅立ってしまったんだ」という歌である。

0468   出でて行く道知らませばあらかじめ妹を留めむ関も置かましを
      (出行 道知末世波 豫 妹乎将留 塞毛置末思乎)
 「知らませば」は「知っていれば」である。
 「旅立って行く道さえあらかじめ知っていれば、彼女を留める関を作っておいたのに」という歌である。

0469   妹が見しやどに花咲き時は経ぬ我が泣く涙いまだ干なくに
      (妹之見師 屋前尓花咲 時者經去 吾泣涙 未干尓)
 464番歌と並べて読むといっそう心情の理解が深まる。
 「妻が植えたナデシコの花も咲き、月日は過ぎた。けれども、私が泣く涙はいまだに乾かない」という歌である。
          (2013年6月1日記、2017年9月28日記)
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