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万葉集読解・・・35(484~495番歌)

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     万葉集読解・・・35(484~495番歌)
 相 聞
 巻4はすべて相聞歌(そうもんか)である。相聞歌は個人間のやりとりを歌に盛り込んだものだが、恋愛歌がメインである。このため、相聞歌といえば一部では恋愛歌を指すほどである。

 頭注に「難波天皇の妹、大和においでになる兄の天皇に贈った歌」とある。難波天皇は十六代仁徳天皇。その異母妹は八田皇女(やたのひめみこ)で後に仁徳の皇后になる。前皇后は磐之媛(いわのひめ)。なお、第三十六代孝徳天皇も難波天皇と呼ばれる。
0484   一日こそ人も待ちよき長き日をかくのみ待たば有りかつましじ
      (一日社 人母待<吉> 長氣乎 如此<耳>待者 有不得勝)
 「一日こそ人も待ちよき」は「一日なら待たされてもよろしいけれど」である。「有りかつましじ」は「あってよいのでしょうか」。幾日も待ってじりじりしている女性の心情がよく表現されている。
 「一日なら待たされてもよろしいけれど、幾日も長く待たされてよいものでしょうか」という歌である。

 頭注に「崗本(おかもとの)天皇御製の歌と短歌」とある。崗本天皇は未詳(487番歌左注参照)。
0485番 長歌
   神代より 生れ継ぎ来れば 人さはに 国には満ちて あぢ群の 通ひは行けど 我が恋ふる 君にしあらねば 昼は 日の暮るるまで 夜は 夜の明くる極み 思ひつつ 寐も寝かてにと 明かしつらくも 長きこの夜を
   (神代従 生継来者 人多 國尓波満而 味村乃 去来者行跡 吾戀流 君尓之不有者 晝波 日乃久流留麻弖 夜者 夜之明流寸食 念乍 寐宿難尓登 阿可思通良久茂 長此夜乎)

  長歌は用語の解説を最小限にとどめる。「あぢ群の」はトモエガモの群れのことで、「騒がしい」という意味。

 (口語訳)
   神代の昔から次々と生まれてきて人が多くなり、国は人で満ちあふれている。まるで小鴨の群れのように騒がしく往来している。けれどもどの人も私が恋い焦がれてやまない人ではない。日中は日が暮れるまで、夜は夜で明け方まであなたを恋い続け、寝るに寝られず、長い夜を明かしくらしてしまいました。

 反 歌
0486   山の端にあぢ群騒き行くなれど我れは寂しゑ君にしあらねば
      (山羽尓 味村驂 去奈礼騰 吾者左夫思恵 君二四不<在>者)
 「山の端に」は「山際に」ということ。「あぢ群」は前歌参照。
 「「山際に小鴨の群れが騒がしく飛んで行くけれど、私は寂しくてならない。あなたではないので」という歌である。

0487   近江道の鳥篭の山なる不知哉川日のころごろは恋ひつつもあらむ
      (淡海路乃 鳥篭之山有 不知哉川 氣乃己呂其侶波 戀乍裳将有)
 この歌は結句の「恋ひつつもあらむ」がポイントである。その読解の前に上三句までを見ておこう。「鳥篭(とこ)の山」は滋賀県彦根市の正法寺山のこととされている。大切なことはこの歌の作者(天皇)と岡本宮の彼女との位置関係である。天皇は舒明か斉明か決しがたいが、いずれも岡本宮に在位した天皇である。岡本宮は彦根市からずっと南下した飛鳥(現明日香村)にあり、そこで彼女は待っていることになる。鳥篭の山がある琵琶湖東岸から岡本宮まで相当の距離がある。徒歩で行けばおそらく数日を要する。普通に読めば、天皇は鳥篭の山の麓を流れる不知哉川(いざやがわ)の側を通って近江道(あふみじ)を岡本宮に向かう途中ということになる。「日(け)のころごろ」は「数日」の意なので、結句につながり、「その間、ずっと君を恋いつつ行くだろう」という意味の歌となる。
 ところが、上三句は単に「不知(分からない)」を導く序歌とも読める。となると難解。天皇は不知哉川になど出かけてはいなく、単に下二句を言いたかっただけの歌となる。下二句は「日のころごろは恋ひつつもあらむ」である。だが、「数日、あなたを恋いする」では奇妙。歌にならない。私は本歌の上三句は決して序歌なんかではないと思う。
 「私は鳥篭(とこ)の山の麓の不知哉川(いざやがわ)の近江道をそちらに向かっている。その数日間もあなたが恋しくてならない」という歌である。
 左注に「右は今考えるに高市崗本宮と後の崗本宮の二代、二帝あって、各々異っている。ただ、崗本天皇と言った場合どの天皇か未詳」とある。前者三十四代舒明天皇、後者三十七代斉明天皇。

 頭注に「額田王が近江天皇を思って作った歌」とある。近江天皇は三十八代天智天皇。額田王ははその后で万葉集を代表する歌人の一人。四十代天武天皇の寵愛を受けたことで有名。
0488   君待つと我が恋ひ居れば我が宿の簾動かし秋の風吹く
      (君待登 吾戀居者 我屋戸之 簾動之 秋風吹)
 下二句jの「簾(すだれ)動かし秋の風吹く」は心憎いばかりの感性。この表現、どこか清少納言や紫式部に見られる平安文学に通じている。あるいは古今和歌集の匂いがすると言ってもいい。つまり、額田王は清少納言や紫式部に先行する才女であり、その何気ない表現の中に万人の胸に届く普遍的な感性には「うーむ」と唸らずにいられない。この歌及び次歌は、巻8の1606番歌及び1607番歌と重複している。
 「あなた様を待って恋い焦がれていると、私のいる部屋の簾(すだれ)を動かして秋の風が吹いている」という歌である。

 頭注に「鏡王女(かがみのおほきみ)が作った歌」とある。鏡王女は未詳。
0489   風をだに恋ふるは羨し風をだに来むとし待たば何か嘆かむ
      (風乎太尓 戀流波乏之 風小谷 将来登時待者 何香将嘆)
 鏡王女(かがみのおほきみ)の歌。鏡王女は額田王の姉とも言われるがはっきりしない。前歌を受けて詠んだ歌で、即興歌か?。
 「受けた風にさえ、もしやと反応するお方がおられるとは羨ましい。待つのがどうして嘆かわしいのかしら」という歌である。

 頭注に「吹芡刀自(ふふきのとじ)の歌二首」とある。刀自は女性の敬称。女将(おかみ)。
0490   真野の浦の淀の継橋心ゆも思へや妹が夢にし見ゆる
      (真野之浦乃 与騰乃継橋 情由毛 思哉妹之 伊目尓之所見)
 「真野の浦」は神戸市長田区の海岸という。「淀の継橋」は「切れ目がない」という意味で序歌。
 「真野の浦の継橋のように切れ目なく思っているからだろうか。夢にも彼女が現れる」という歌である。

0491   川上のいつ藻の花のいつもいつも来ませ我が背子時じけめやも
      (河上乃 伊都藻之花乃 何時々々 来益我背子 時自異目八方)
 前歌を受けての応答歌で上二句は「いつも」を導く序歌。「時じけめやも」は「時を選ばず」で、「いつでもいらして下さい」が歌意。作者は女性の刀自だが、一人で、男性側の歌(前歌)と女性側の歌(本歌)を詠んでいる。余興で示された歌なのであろうか。
 「川上からいつもの花が流れてきますが、どうかあなた、時を選ばず、いつでもいらして下さい」という歌である。

 頭注に「は田部忌寸櫟子(たべのいみきいちひこ)が太宰府に赴任する際の歌四首」とある。忌寸櫟子は伝未詳。
0492   衣手に取りとどこほり泣く児にもまされる我れを置きていかにせむ [舎人吉年]       (衣手尓 取等騰己保里 哭兒尓毛 益有吾乎 置而如何将為  [舎人吉年] )
 この歌は櫟子(いちひこ)を見送った舎人吉年(とねりのえとし)の歌。女官。
 「衣手に取りとどこほり」は「着物の袖にとりすがって」という意味。
 「着物の袖にとりすがって泣く子以上に泣かんばかりの私を置いて行くなんて、私はどうしたらいいのでしょう」という歌である。

0493   置きていなば妹恋ひむかも敷栲の黒髪敷きて長きこの夜を
      (置而行者 妹将戀可聞 敷細乃 黒髪布而 長此夜乎
 前歌の吉年の歌に対する櫟子(いちひこ)の返歌。「敷栲(しきたへ)の」は枕詞。この歌は両様にとれる。第二句の「妹恋ひむかも」である。先ず「あなたは(私を)恋しく思うだろうな」という取り方。「岩波大系本」以下諸本は一様にこう解している。「黒髪を敷いて長いこの夜の間中」と解している。が、こんな歌を受け取った吉年はどう思うだろうか。「何よあなたの方は恋しくないの」と言いたくなってしまう。いや、第三者の私でも「あなたは恋しく思うだろうな」では「何さ」と言いたくなる。少なくとも遠い太宰府に出立する際に詠われるような内容の歌ではなくなってしまう。やはり、「妹恋ひむかも」の主語は作者自身なのである。
 「あなたを置いて出立したならあなたをさぞかし恋しく思うだろうな。黒髪を敷いて寝ながら今夜の長い夜を」という歌である。

0494   我妹子を相知らしめし人をこそ恋のまされば恨めしみ思へ
      (吾妹兒乎 相令知 人乎許曽 戀之益者 恨三念  [舎人吉年])
 有名な百人一首歌、権中納言敦忠の「逢ひ見てののちの心にくらぶれば昔はものを思はざりけり」を想起させるような歌である。
 「置いてきた彼女に対する恋心が募り、いっそ彼女を知らなければよかった。彼女に引き合わせた人が恨めしく思える」という歌である。

0495   朝日影にほへる山に照る月の飽かざる君を山越しに置きて [舎人吉年]
      (朝日影 尓保敝流山尓 照月乃 不厭君乎 山越尓置手 [舎人吉年])
 本歌は舎人吉年(とねりのえとし)の歌。「朝日影にほへる山に照る月の」は「名残の月光のように」という意味である。ここまでが序歌。
 「朝日が射してきて明るくなってきた山。が、月はまだ残っていて明るく輝いている。その名残の月光のように輝いているあなた。あなたは山の向こうに去ってしまって、ああ」という歌である。
          (2013年6月8日記、 2017年10月7日記)
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