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万葉集読解・・・37(511~521番歌)

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     万葉集読解・・・37(511~521番歌)
 頭注に「當麻真人麻呂大夫(たぎまのまひとまろまへつきみ)が伊勢国(三重県)に出かけた時、その妻が作った歌」とある。
0511   我が背子はいづく行くらむ沖つ藻の名張の山を今日か越ゆらむ
      (吾背子者 何處将行 己津物 隠之山乎 今日歟超良<武>)
 作者も歌も43番歌と全く同一。重出歌。
 「私の夫はどのあたりを旅しているのだろう。今日あたり名張の山を越えているだろうか」という歌である。

 頭注に「草嬢(くさのをとめ)の歌」とある。
0512   秋の田の穂田の刈りばかか(秋田の穂刈り場に加香・・筆者訓)寄りあはばそこもか人の我を言成さむ
      (秋田之 穂田乃苅婆加 香縁相者 彼所毛加人之 吾乎事将成)
 草嬢を田舎娘の意に解する論者もいるようだが、もしもそう解することができれば私には願ってもない実例になる。私は短歌は貴族や高級官人の専有物ではなく、一部にしろ、農民などにも広まっていたのではないかと考えているからである。が、「草」一字を取りあげて「田舎娘」に直結させるのは疑問である。人名なら「草嬢」は草氏の娘を指すからである。
 それはさておき、原文を標記のように区切って読むと歌意が通じない。第一句「秋田之」を「秋の田の」と訓んでいるが、どうか。普通なら「秋乃田之」と書かれている。たとえば3533番歌の第一句は「比登乃兒乃」と書かれている。第二句の「穂田の刈りばかか」は「刈場かか」の「か」が不明。さらに第三句「か寄りあはば」、5音句では珍しい字余りの上、「か寄り」の「か」は何?。「岩波大系本」は意味不明としている。大きな疑問は「秋田の~あはば」の意味が不可解。
 そこで私の訓だが、「秋田之 穂田乃苅婆加 香縁相者」三句を「秋田之穂 田乃苅婆加香 縁相者」と区切り、「秋田の穂刈り場に加香寄りあはば」と訓じてみたい。「秋田之穂」と続けた例は1567番歌にあって、「秋田之穂立」と記されている。これで準備は整った。
 「秋田穂を刈る場に穂の香りが加わる。そうしてそこで共に刈り取る作業を行うと、それだけで私は噂を立てられるでしょうか」という歌である。

 頭注に「志貴皇子(しきのみこ)の御歌」とある。志貴皇子は三十八代天智天皇の皇子。
0513   大原のこのいつ柴のいつしかと我が思ふ妹に今夜逢へるかも
      (大原之 此市柴乃 何時鹿跡 吾念妹尓 今夜相有香裳)
 「大原のこのいつ柴の」は「いつしか」を導く序歌。大原は奈良県明日香村。
 「大原のこの柴の木のようにいつしか逢えると思っていた彼女にいよいよ今宵逢うことになった」という歌である。

 頭注に「阿倍女郎(あべのいらつめ)の歌」とある。阿倍女郎は伝未詳。
0514   我が背子が着せる衣の針目おちず入りにけらしも我が心さへ
      (吾背子之 盖世流衣之 針目不落 入尓家良之 我情副)
 「着せる」は「お召しになる」で、「せる」は敬語。「針目おちず」は「針目に欠かさず」という意味。
 「あの人がお召しになる、この着物の縫い目に欠かさず、針目はもとより私の心も閉じ込めました」という歌である。

 頭注に「中臣朝臣東人(なかとみのあそみあづまひと)が阿倍女郎に贈った歌」とある。中臣氏は朝廷の祭祀を司った。中臣鎌足は後に藤原の姓を賜り、藤原鎌足となる。
0515   ひとり寝て絶えにし紐をゆゆしみと為むすべ知らに音のみしぞ泣く
      (獨宿而 絶西紐緒 忌見跡 世武為便不知 哭耳之曽泣)
 「絶えにし紐」は「切れてしまった着物の紐」、「ゆゆしみと」は「縁起でもないと」という意味。また「為(せ)むすべ知らに」は「どうしていいか分からずに」である。「音(ね)のみしぞ泣く」は「声に出して泣く」である。女性の同情をかい、あわよくばものにしようという、今も昔も変わらない男の下心である。
 「独り寝をしていたら(貴女がいないのに)紐が切れ、縁起でもないと、どうしていいか分からずおいおい声を出して泣いている」という歌である。

  頭注に「阿倍女郎が答えた歌」とある。
0516   我が持てる三相に搓れる糸もちて付けてましもの今ぞ悔しき
      (吾以在 三相二搓流 絲用而 附手益物 今曽悔寸)
 「三相(みつあひ)に搓(よ)れる糸」は三本の糸を縒り合わせた丈夫な糸。ラブゲームのような見事な女性側の返歌である。
 「この丈夫な三つ搓(よ)りの糸であなたを結びつけておくんだったのに、今ごろなんでしょう」という歌である。

 頭注に「大納言兼大将軍大伴卿(おほとものまへつきみ)の歌」とある。大伴安麻呂のことで、いわば大伴旅人の父。
0517   神木にも手は触るといふをうつたへに人妻といへば触れぬものかも
      (神樹尓毛 手者觸云乎 打細丹 人妻跡云者 不觸物可聞)
 神聖な神木(かみき)に手を触れてはいけないとされていた。「うつたへに」は「決して」である。
 「触れれば罰せられるという神木(しんぼく)にさえ触れることがあるというのに、人妻といえば決して触れてはいけないのだろうか」という歌である。

 頭注に「石川郎女(いらつめ)の歌」とあり、「すなわち、佐保の大伴大家の郎女」とある。石川郎女は大津皇子や草壁皇子と恋のやりとりをした女性として有名だが、ここは「佐保の郎女」とわざわざ断り書きがされている。つまり、大伴安麻呂の妻。
0518   春日野の山辺の道を恐りなく通ひし君が見えぬころかも
      (春日野之 山邊道乎 於曽理無 通之君我 不所見許呂香聞)
 
 「春日野の山辺の道を恐りなく」とあるから春日野神社の山辺の道は聖道ないし険しい危険道として恐れられていたようだ。
 「春日野の山辺の道をものともせずあなたは通っておいでだったのに、このごろお姿がみえないですね」という歌である。

 頭注に「大伴女郎(おおとものいらつめ)の歌」とあり、「(彼女は)今城王(いまきのおほきみ)の母なり。今城王は後に大原真人(まひと)を賜った氏(うぢ)なり」とある。
0519   雨障み常する君はひさかたの昨夜の夜の雨に懲りにけむかも
      (雨障 常為公者 久堅乃 昨夜雨尓 将懲鴨)
 大伴女郎は大伴旅人の妻。前歌といいこの歌といい、大伴一族の歌には詳しい情報を登載している。大伴旅人や大伴家持等々万葉集には大伴一族の歌が多いことを勘案すると万葉集の成立は大伴一族の意志が強く働いていると感じざるを得ない。
 さて、「雨障(あまつつ)み常(つね)する君は」は「いつも雨を口実になさるあなたは」という意味である。
 「いつも雨を口実になさるあなたは、久しぶりにいらしゃった昨夜、折悪しく雨が降り、もう私のところへ来るのに懲りてしまわれたのでしょうか」という歌である。

 頭注に「後の人が答えた歌」とある。
0520   ひさかたの雨も降らぬか雨障み君にたぐひてこの日暮らさむ
      (久堅乃 雨毛落粳 雨乍見 於君副而 此日令晩)
  「雨も降らぬか」は「雨よ降ってくれないか」である。「雨障(あまつつ)み」は前歌参照。「たぐひて」は「寄り添って」という意味である。
 「雨を口実に今度はあなたに寄り添って一日暮らしたいものですね」という歌である。

 頭注に「藤原宇合大夫(うまかひのまえつきみ)が京に復帰して上京するとき、常陸(茨城県)の娘子(をとめ)が贈った歌」とある。
0521   庭に立つ(立ち・・筆者訓)麻手刈り干し布さらす東女を忘れたまふな
      (庭立 麻手苅干 布暴 東女乎 忘賜名)
 第二句の「麻手(あさで)刈り干し」は何だろう。各書とも(庭に立つ麻手)と解している。発句の「庭立」(原文)を本当に「庭に立つ」と訓じていいのだろうか。万葉集では植物が立っている状態は「生ふる」と表現している。「生ふる紫草」(395番歌)、「生ふる菅」(791番歌)、「生ふる白つつじ」(1905番歌)等々実に多くの実例がある。これに対し、「立つ」は、立つ波、立つ雲、立つ霧などと使われ、具体的な植物には使われていない。立つを後ろにした例でも、波立つ、雲立つ、霧立つ等だ。「真木立つ」という例があるがこれは麻が生えるなどという次元の言葉ではなく、うっそうとそそり立つ樹木の形容だ。
 このように、麻が生えている状態を表現するために「庭立」と表現する筈はない。「庭
尓生」(庭に生ふ)とでも表記する筈なのである。
 結論。「庭立」は「庭に立ち」と訓ずるのが正しく、作者の女性が庭に立って麻を手で刈り取っている情景なのである。こういう奇妙な読解が生じた原因はおそらく「佐々木本」にあるのではなかろうか。「庭立」を「庭に立つ」と訓じており、各書がこれにならったのでこうなったのではないかと思う。
 そのことより、この歌で私が一番興味を引かれたのは作者は自身のことを東女(あづまをんな)と表現していることである。つまり彼女は東国常陸の国の女性なのである。その女性が万葉仮名を駆使して歌作しているのである。歌は当時でも貴族や高級官人の占有ではなく、かなり大きく広がっていたのではないかと思われることである。
 さて、「庭に立つ」が「庭に生える」という意味でないとすると歌意はこうなる。「布さらす」は「布にしてさらす」という意味。
 「庭に立って、麻を手で刈り取ったり、干したり、布にしてさらす、この東国女を忘れめさるな」という歌である。
          (2013年6月15日記、 2017年10月15日記)
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