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万葉集読解・・・45(618~630番歌)

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     万葉集読解・・・45(618~630番歌)
 頭注に「大神女郎(おほみわのいらつめ)が家持に贈った歌一首」とある。大神女郎は伝未詳。
0618   さ夜中に友呼ぶ千鳥物思ふとわびをる時に鳴きつつもとな
      (狭夜中尓 友喚千鳥 物念跡 和備居時二 鳴乍本名)
 「もとな」は「むしょうに」の意。「友呼ぶ千鳥」の「友」は仲間のことだが、ここでは恋しい相手、すなわち家持のことである。
 「一人っきりで寂しい思いをしている夜中に、相手を求めてしきりに千鳥が鳴き交わす」という歌である。 

 頭注に「大伴坂上郎女(さかのうへのいらつめ)の怨恨歌と短歌」とある。
0619番 長歌
   おしてる 難波の菅の ねもころに 君が聞こして 年深く 長くし言へば まそ鏡 磨ぎし心を ゆるしてし その日の極み 波の共 靡く玉藻の かにかくに 心は持たず 大船の 頼める時に ちはやぶる 神か離くらむ うつせみの 人か障ふらむ 通はしし 君も来まさず 玉梓の 使も見えず なりぬれば いたもすべなみ ぬばたまの 夜はすがらに 赤らひく 日も暮るるまで 嘆けども 験をなみ 思へども たづきを知らに たわや女と 言はくもしるく たわらはの 音のみ泣きつつ た廻り 君が使を 待ちやかねてむ
   (押照 難波乃菅之 根毛許呂尓 君之聞四<手> 年深 長四云者 真十鏡 磨師情乎 縦手師 其日之極 浪之共 靡珠藻乃 云々 意者不持 大船乃 憑有時丹 千磐破 神哉将離 空蝉乃 人歟禁良武 通為 君毛不来座 玉梓之 使母不所見 成奴礼婆 痛毛為便無三 夜干玉乃 夜者須我良尓 赤羅引 日母至闇 雖嘆 知師乎無三 雖念 田付乎白二 幼婦常 言雲知久 手小童之 哭耳泣管 俳徊 君之使乎 待八兼手六)

  長歌は用語の解説を最小限にとどめる。「おしてる」、「まそ鏡」、「ちはやぶる」、「玉梓の」、「ぬばたまの」、「赤らひく」は枕詞。「君が聞こして」は「あなたが声をかけてくれ」という意味である。「障(さ)ふらむ」は「邪魔だてするのか」という意味。「たわらはの」は「子供のように」である。

 (口語訳)
  難波の菅の根のようにねんごろにあなたが声をかけてくれて、何年も末永く一緒にと言うので、心をとぎすましてなびくまいとしていたのですが、いったん気を許したら最後、波とともに揺れ靡く藻のように揺れる心も、大船に乗ったような気持になりました。
 けれど、神様が二人の仲を割くのか、あるいは世の人々が邪魔だてするのか、しげしげと通っていたあなたも来なくなり、便りを持ってくる使いも来なくなりました。私はどうしようもなく、夜は夜中じゅう、昼は日が暮れるまで嘆きました。けれども、その甲斐もなく、思い悩むばかり。どうしていいか術もなく、「たわやめ」という名の通り、子供のように声をあげて泣き、あたりを行きつ戻りつして、あなたからの使いでも来ないかと待ちあぐねています。

 反 歌
0620   初めより長く言ひつつ頼めずはかかる思ひに逢はましものか
      (従元 長謂管 不令恃者 如是念二 相益物歟)
 長歌の表現を借りた歌。「長く言ひつつ」は「末永く一緒にと言いながら」という意味である。長歌の内容を把握した人には平明歌。
 「そもそも、末永く一緒になどと言わなければ、あなたを頼ることなく、こんな苦しい思いに会わなかったでしょうに」という歌である。

 坂上郎女(さかのうへのいらつめ)は家持の妻大嬢(おほいらつめ)の母であり、父大伴旅人の義理の妹、つまり家持の叔母にも当たっている。かつ、旅人の妻、つまり家持の母は大伴郎女と表記されている。大伴坂上郎女と大伴郎女。要領の得ない私などはまぎらわしくて混乱しそうである。
 587番歌から618番歌に至る女性(笠女郎、山口女王及び大神女郎)の歌はすべて家持に宛てた歌と明記されているのに、本歌には宛先が記されていない。流れからすると、この歌も家持宛ということになる。まさかとは思われるが、流れからすると、彼女は甥の家持と男女関係にあったことになる。とすると、家持は母を手に入れ、後に娘をも手にしたことになる。

 頭注に「西海道節度使判官佐伯宿祢東人(さへきのすくねあづまひと)の妻が夫に贈った歌」とある。西海道(さいかいどう)は律令制下の九州各国。節度使判官は軍事を司る官職。
0621   間なく恋ふれにかあらむ草枕旅なる君が夢にし見ゆる
      (無間 戀尓可有牟 草枕 客有公之 夢尓之所見)
 「草枕」は枕詞。「夢にし」は強意のし。
 「いつもずっとあなたのことを思っているからでしょうか。旅にいて、遠く離れているあなたを夢に見ます」という歌である。

 頭注に「佐伯宿祢東人が妻に応えた歌」とある。
0622   草枕旅に久しくなりぬれば汝をこそ思へな恋ひそ我妹
      (草枕 客尓久 成宿者 汝乎社念 莫戀吾妹)
 前歌の返歌。「草枕」は枕詞。「な恋ひそ」は「な~そ」の禁止形。
 「任地に就いて長くなったせいかしきりにお前のことが思われてならない。心配しないでおくれ、いとしい妻よ」という歌である。

 頭注に「池邊王(いけへのおほきみ)が宴席で詠った歌」とある。池邊王は三十九代弘文天皇の孫。
0623   松の葉に月は移りぬ黄葉の過ぐれや君が逢はぬ夜ぞ多き
      (松之葉尓 月者由移去 黄葉乃 過哉君之 不相夜多焉)
 「松の葉に」は「待つ」をかけている。「月は移りぬ」は「松の葉に月の光が日ごとに変わっていく」と「いつのまにか月日が経ってしまった」をかけている。「黄葉(もみぢば)の」は枕詞。
 「松の葉に月光が日ごとに変わっていくが、いつのまにか月が変わってしまった。あなたに逢えない夜が多くなりましたね」という歌である。

 頭注に「「天皇、酒人女王(さかひとのおほきみ)をお思いになっての御製歌」とあり、細注に「女王は穂積皇子の孫女なり」とある。天皇は四十五代聖武天皇。穂積皇子は四十代天武天皇の皇子。
0624   道に逢ひて笑まししからに降る雪の消なば消ぬがに恋ふといふ我妹
      (道相而 咲之柄尓 零雪乃 消者消香二 戀云君妹)
 「笑まししからに」は「ほほえみかけたら」の意味である。
 「道で逢って、ほほえみかけ、降る雪が消え入りそうな様子で、お慕いしています、と応えてくれたね。いとしいそなたよ」という歌である。

 頭注に「高安王(たかやすのおほきみ)鮒(ふな)を包んで娘子(をとめ)に贈る歌」とあり、細注に「高安王は後に大原真人の姓氏を賜る」とある。高安王は四十代天武天皇の孫王。
0625   沖辺行き辺を行き今や妹がため我が漁れる藻臥し束鮒
      (奥弊徃 邊去伊麻夜 為妹 吾漁有 藻臥束鮒)
 「沖辺行き辺を行き」は船ではなく、徒歩で、「沖の方へ出たり岸に戻ったりして」という意味である。「漁(すなど)れる」は「捕まえた」という意味。「束鮒(つかふな)」は一握りほどの小さな鮒。
 「沖に向かって歩いたり、岸に戻ったりしてあなたのために、ほらみてごらん、藻草の中から私が捕まえてきた小鮒だよ」という歌である。

 頭注に「八代女王(やしろのおほきみ)が聖武天皇に獻った歌」と ある。女王の系譜不詳。
0626   君により言の繁きを故郷の明日香の川にみそぎしに行く [ある書の後半句に云う。「龍田越え御津の浜辺にみそぎしに行く」]
      (君尓因 言之繁乎 古郷之 明日香乃河尓 潔身為尓去 [一尾
云龍田超 三津之濱邊尓 潔身四二由久])
 「言の繁きを」は「噂が激しいので」という意味。「みそぎ」は「清め」。
  「あなた様のことで噂が激しいので故郷の明日香の川に清めに参ります」という歌である。 異伝歌は「~激しいので、龍田を越えて御津の浜辺に清めに参ります」という歌である。
 本歌の方は「明日香の川に」、異伝歌は「御津の浜辺に」と詠われている。「御津の浜辺」と言えば、大伴氏の根拠の難波の浜、または住吉の浜を指すと考えられるから、奈良の明日香とは大きく異なる。いったい女王の故郷はどこなのであろう。

 頭注に「娘子(をとめ)が佐伯宿祢赤麻呂(さへきのすくねあかまろ)に応えて贈った歌」とある。が、赤麻呂の歌は不記載でどんな歌に応えたのか分からない。赤麻呂は伝未詳。
0627   我がたもとまかむと思はむ大夫は変若水求め白髪生ひにたり
      (吾手本 将巻跡念牟 大夫者 變水求 白髪生二有)
 「我がたもとまかむと」は「私と共寝したいと」である。「変若水(おちみず)求め」は「月にあるという若返りの水を探しに行きなさい」である。
「私の袖を枕にしたい(共寝したい)と思う殿方は月にあるという若返りの水を探しに行きなさい。白髪が生えているじゃありませんか」という歌である。

 頭注に「佐伯宿祢赤麻呂が応えた歌」とある。
0628   白髪生ふることは思はず変若水はかにもかくにも求めて行かむ
      (白髪生流 事者不念 變水者 鹿煮藻闕二毛 求而将行)
 前歌に応えた歌。
 遊女と赤麻呂の歌のやりとりは404番歌~406番歌にかけてもある。本歌も同様、宴席でやりとりされたラブゲームか?。
 「白髪が生えているとは思いませんでした。が、若返りの水は探しにいくことにしましょう」という歌である。

 頭注に「大伴四綱(おほとものよつな)が宴席で詠った歌」とある。四綱は旅人が太宰府の長官だった頃の防人佑(さきもりのすけ)(次官)。
0629   何すとか使の来つる君をこそかにもかくにも待ちかてにすれ
      (奈何鹿 使之来流 君乎社 左右裳 待難為礼)
 「何すとか」は「どうして」という意味で、使いが来る前に本人が先にきてしまって驚いている光景。使いの内容は遅れるとか欠席とかという類だったのだろう。
 「どうして使いがやってきたのだろう。まあまあ、君が顔を出すのを待ちかねていたよ」という歌である。

 頭注に「佐伯宿祢赤麻呂(さへきのすくねあかまろ)の歌」とある。
0630   初花の散るべきものを人言の繁きによりてよどむころかも
      (初花之 可散物乎 人事乃 繁尓因而 止息比者鴨)
 「初花の散るべきものを」は少女を花にたとえている。
 「初めて咲く花はすぐに散るだろうから気が気でありません。人の口がうるさいので逢いに行くのをためらっている」という歌である。
           (2013年8月4日記、2017年11月11日)
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