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Channel: 古代史の道
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紫陽花通り

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 昨日、古代史の会の例会にでかけた。その帰途、名古屋城外堀の内側(大津橋近辺)に立ち寄った。愛知県庁にお世話になっていた当時、まるでわが庭のようになじみの場所だった。通勤で毎日大津橋を渡って帰途についていた。6月になると紫陽花が咲きそろい、しばしば立ち寄って目の保養をしたものだ。
 実は昨年の6月にも立ち寄り、一文を弄している。なので紫陽花といえばここを思い起こすのが私の条件反射になっている。昨年は5首の短歌をお目にかけている。
 私は車を一時停車し、紫陽花の前に下り立った。まだ最盛期にはやや早かったが、十分に開花していて、一年ぶりに恋人に出会ったようななつかしさを覚えた。今回は俳句をお目にかけよう。
     雨乞いを急(せ)くかに紫陽花花開く   (桐山芳夫)
     官庁街似合う紫陽花人あふれ       (桐山芳夫)
     紫陽花のとりどりに咲く退庁時      (桐山芳夫)
     不意にパト声音高し紫陽震う       (桐山芳夫)
     共に傘紫陽花の前行く幻想        (桐山芳夫)
     紫陽花の夕暮れ待ちて咲きよるか     (桐山芳夫)
 作句しだすととどまりそうにない。短歌をお目にかけた時もそうだったが、紫陽花は晴天時はもとより、雨下でも色々咲いて親しみやすい。とりたてて派手でも豪華でもない草花。牡丹の花を思い浮かべれば分かるが、紫陽花は身近にあって、人との相性がいい。野にも山にも水際にも咲くが、なんと言っても、人影が似合う。豪華でないが、さりとて地味な花ではない。要するに親しみやすい花、私たち人に近い花。短歌も俳句もいくつも作れそうに思える花なのである。
            (2018年6月4日)
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