万葉集読解・・・103(1498~1510番歌)
夏相聞 (1498~1510番歌13首)
頭注に「大伴坂上郎女(さかのうえのいらつめ)の歌」とある。
1498 暇なみ来まさぬ君に霍公鳥我れかく恋ふと行きて告げこそ
(無暇 不来之君尓 霍公鳥 吾如此戀常 徃而告社)
「暇(いとま)なみ」は「~なので」の「み」。「告げこそ」は「告げておくれ」という意味。
「暇がないからとおいでにならないあの人に、ホトトギスよ、この私がこれほど恋焦がれていると、どうか伝えておくれ」という歌である。
夏相聞 (1498~1510番歌13首)
頭注に「大伴坂上郎女(さかのうえのいらつめ)の歌」とある。
1498 暇なみ来まさぬ君に霍公鳥我れかく恋ふと行きて告げこそ
(無暇 不来之君尓 霍公鳥 吾如此戀常 徃而告社)
「暇(いとま)なみ」は「~なので」の「み」。「告げこそ」は「告げておくれ」という意味。
「暇がないからとおいでにならないあの人に、ホトトギスよ、この私がこれほど恋焦がれていると、どうか伝えておくれ」という歌である。
頭注に「大伴四縄(おほとものよつな)が宴席で吟じた歌」とある。 四縄は太宰府の佑(すけ)で、次官。329番番頭注参照。
1499 言繁み君は来まさず霍公鳥汝れだに来鳴け朝戸開かむ
(事繁 君者不来益 霍公鳥 汝太尓来鳴 朝戸将開)
「言(こと)繁み」は「人の口がうるさいので」という意味である。「繁み」は「~なので」の「み」。「汝(な)れだに」は「お前だけでも」である。
「人の口がうるさいからとあの方はいらっしゃらない。ホトトギスよ、お前だけでもやって来て鳴いておくれ。朝戸を開けて待っているから」という歌である。
1499 言繁み君は来まさず霍公鳥汝れだに来鳴け朝戸開かむ
(事繁 君者不来益 霍公鳥 汝太尓来鳴 朝戸将開)
「言(こと)繁み」は「人の口がうるさいので」という意味である。「繁み」は「~なので」の「み」。「汝(な)れだに」は「お前だけでも」である。
「人の口がうるさいからとあの方はいらっしゃらない。ホトトギスよ、お前だけでもやって来て鳴いておくれ。朝戸を開けて待っているから」という歌である。
頭注に「大伴坂上郎女の歌」とある。
1500 夏の野の茂みに咲ける姫百合の知らえぬ恋は苦しきものぞ
(夏野<之> 繁見丹開有 姫由理乃 不所知戀者 苦物曽)
「知らえぬ」は「人に知られない」という意味。平明歌。
「夏の野の茂みに咲いている姫百合のようにひっそりと密かに思いを寄せる恋は苦しいものですね」という歌である。
1500 夏の野の茂みに咲ける姫百合の知らえぬ恋は苦しきものぞ
(夏野<之> 繁見丹開有 姫由理乃 不所知戀者 苦物曽)
「知らえぬ」は「人に知られない」という意味。平明歌。
「夏の野の茂みに咲いている姫百合のようにひっそりと密かに思いを寄せる恋は苦しいものですね」という歌である。
頭注に「小治田朝臣廣耳(おはりだのあそみひろみみ)の歌」とある。廣耳は伝未詳。
1501 霍公鳥鳴く峰の上の卯の花の憂きことあれや君が来まさぬ
(霍公鳥 鳴峯乃上能 宇乃花之 猒事有哉 君之不来益)
「霍公鳥鳴く峰(を)の上の卯の花の」は序歌。「憂(う)き」を導く。
「山の頂上にはホトトギスが来て鳴くという卯の花が咲いている。その卯の花ではないが、私のことをうっとうしいと思っておいでなのかあの方はいらっしゃらない」という歌である。
1501 霍公鳥鳴く峰の上の卯の花の憂きことあれや君が来まさぬ
(霍公鳥 鳴峯乃上能 宇乃花之 猒事有哉 君之不来益)
「霍公鳥鳴く峰(を)の上の卯の花の」は序歌。「憂(う)き」を導く。
「山の頂上にはホトトギスが来て鳴くという卯の花が咲いている。その卯の花ではないが、私のことをうっとうしいと思っておいでなのかあの方はいらっしゃらない」という歌である。
頭注に「大伴坂上郎女の歌」とある。
1502 五月の花橘を君がため玉にこそ貫け散らまく惜しみ
(五月之 花橘乎 為君 珠尓社貫 零巻惜美)
「五月の」は「さつきの」としか読めないが、字足らずでどこか座りが悪い。本来四音以下の「淡雪」を「あはゆきの」、「梅花」を「うめのはな」、「妹手」を「いもがてを」と五音に訓じている例は実に多い。極端なのは「古」で、この一字だけで「いにしへの」とよませている。1684番歌の第四句などは「未含」でなんと「いまだふふめり」と七音によませている。なので「五月之」もなんとか五音によめないかと知恵を絞っていたら「五月いの」が浮かんだ。五月(さつき)を強調する語で、「さつきいの」を私の訓としておきたい。
橘を玉に貫(ぬ)くとは、1489番歌に「我が宿の花橘は散り過ぎて玉に貫くべく実になりにけり」と詠われていたように、成った実を緒(ひも)に通して薬玉として飾っていた。花橘はむろん橘の花のこと。が、本歌を表面的に読むと、花そのものを玉にして緒を通すように見える。「岩波大系本」以下各書ともそう解している。が、妙である。五月は端午の節句。先掲の1489番歌にあるように、通常はその頃には橘は実になっていて実を緒に通していた筈である。花を玉と詠む筈はなく、「玉にこそ貫(ぬ)け」はやはり実のことを指している。「花を貫け」などという筈はない。では「花橘」は何かというと結句の「散らまく惜しみ」にかけているのである。
「五月になって花橘は散っている。玉(実)こそ大事。あの方のために実を緒に通して薬玉にしよう。花が散った橘をそのままにしておくのが惜しいので」という歌である。
1502 五月の花橘を君がため玉にこそ貫け散らまく惜しみ
(五月之 花橘乎 為君 珠尓社貫 零巻惜美)
「五月の」は「さつきの」としか読めないが、字足らずでどこか座りが悪い。本来四音以下の「淡雪」を「あはゆきの」、「梅花」を「うめのはな」、「妹手」を「いもがてを」と五音に訓じている例は実に多い。極端なのは「古」で、この一字だけで「いにしへの」とよませている。1684番歌の第四句などは「未含」でなんと「いまだふふめり」と七音によませている。なので「五月之」もなんとか五音によめないかと知恵を絞っていたら「五月いの」が浮かんだ。五月(さつき)を強調する語で、「さつきいの」を私の訓としておきたい。
橘を玉に貫(ぬ)くとは、1489番歌に「我が宿の花橘は散り過ぎて玉に貫くべく実になりにけり」と詠われていたように、成った実を緒(ひも)に通して薬玉として飾っていた。花橘はむろん橘の花のこと。が、本歌を表面的に読むと、花そのものを玉にして緒を通すように見える。「岩波大系本」以下各書ともそう解している。が、妙である。五月は端午の節句。先掲の1489番歌にあるように、通常はその頃には橘は実になっていて実を緒に通していた筈である。花を玉と詠む筈はなく、「玉にこそ貫(ぬ)け」はやはり実のことを指している。「花を貫け」などという筈はない。では「花橘」は何かというと結句の「散らまく惜しみ」にかけているのである。
「五月になって花橘は散っている。玉(実)こそ大事。あの方のために実を緒に通して薬玉にしよう。花が散った橘をそのままにしておくのが惜しいので」という歌である。
頭注に「紀朝臣豊河(きのあそみとよかは)の歌」とある。豊河は高級官僚。
1503 我妹子が家の垣内のさ百合花ゆりと言へるはいなと言ふに似る
(吾妹兒之 家乃垣内乃 佐由理花 由利登云者 不<欲>云二似)
「我妹子(わぎもこ)が家の垣内(かきつ)のさ百合花」は序歌。次句の「ゆり」を導く。「ゆり」は4087番歌や4114番歌に例がある。ここでは4114番歌の「さ百合花ゆりも逢はむと下延ふる心しなくは今日も経めやも」を紹介しておこう。「後でね」という意味である。
「彼女の家の垣根の中の百合の花、その百合ではないが、ゆり(後でね)というのは、駄目なのと言っているようなもの」という歌である。
1503 我妹子が家の垣内のさ百合花ゆりと言へるはいなと言ふに似る
(吾妹兒之 家乃垣内乃 佐由理花 由利登云者 不<欲>云二似)
「我妹子(わぎもこ)が家の垣内(かきつ)のさ百合花」は序歌。次句の「ゆり」を導く。「ゆり」は4087番歌や4114番歌に例がある。ここでは4114番歌の「さ百合花ゆりも逢はむと下延ふる心しなくは今日も経めやも」を紹介しておこう。「後でね」という意味である。
「彼女の家の垣根の中の百合の花、その百合ではないが、ゆり(後でね)というのは、駄目なのと言っているようなもの」という歌である。
頭注に「高安の歌」とある。高安は高安王のことで、四十代天武天皇の孫王。
1504 暇なみ五月をすらに我妹子が花橘を見ずか過ぎなむ
(暇無 五月乎尚尓 吾妹兒我 花橘乎 不見可将過)
「暇(いとま)なみ」は「暇がなくて(忙しくて)」という意味である。「五月(さつき)をすらに」は「花橘の見頃の五月さえ」という意味である。
「忙しくて花橘の見頃の五月でさえ、彼女の家の花橘も見ずじまいになってしまいそうだよ」という歌である。
1504 暇なみ五月をすらに我妹子が花橘を見ずか過ぎなむ
(暇無 五月乎尚尓 吾妹兒我 花橘乎 不見可将過)
「暇(いとま)なみ」は「暇がなくて(忙しくて)」という意味である。「五月(さつき)をすらに」は「花橘の見頃の五月さえ」という意味である。
「忙しくて花橘の見頃の五月でさえ、彼女の家の花橘も見ずじまいになってしまいそうだよ」という歌である。
頭注に「大神女郎(おほみわのいらつめ)が大伴家持に贈った歌」とある。大神女郎は伝未詳。
1505 霍公鳥鳴きしすなはち君が家に行けと追ひしは至りけむかも
(霍公鳥 鳴之登時 君之家尓 徃跡追者 将至鴨)
「鳴きしすなはち」は「鳴いたとたん」という意味。表面的には日頃から「ホトトギスの鳴き声が気に入っている」と家持から聞かされていた彼女が、その鳴き声を聞いたので「ホトトギスの鳴く季節になりましたね」と時節の到来を告げた形の歌になっている。が、本歌は夏の相聞歌の一つで「恋の歌」だとすれば、挨拶歌という解釈では釈然としない。彼女にはもう一首万葉集に採録された歌がある。618番歌の「さ夜中に友呼ぶ千鳥物思ふとわびをる時に鳴きつつもとな」という歌で、この歌も家持に贈った歌である。ごらんのように一人暮らしの寂しさを強く訴える歌である。ホトトギスは思いを伝える鳥と考えられていたようだ。
「ホトトギスが鳴いたのですぐにあなたの家に飛んでいけと追い立てましたが、そちらに着いたでしょうか」という歌である。
1505 霍公鳥鳴きしすなはち君が家に行けと追ひしは至りけむかも
(霍公鳥 鳴之登時 君之家尓 徃跡追者 将至鴨)
「鳴きしすなはち」は「鳴いたとたん」という意味。表面的には日頃から「ホトトギスの鳴き声が気に入っている」と家持から聞かされていた彼女が、その鳴き声を聞いたので「ホトトギスの鳴く季節になりましたね」と時節の到来を告げた形の歌になっている。が、本歌は夏の相聞歌の一つで「恋の歌」だとすれば、挨拶歌という解釈では釈然としない。彼女にはもう一首万葉集に採録された歌がある。618番歌の「さ夜中に友呼ぶ千鳥物思ふとわびをる時に鳴きつつもとな」という歌で、この歌も家持に贈った歌である。ごらんのように一人暮らしの寂しさを強く訴える歌である。ホトトギスは思いを伝える鳥と考えられていたようだ。
「ホトトギスが鳴いたのですぐにあなたの家に飛んでいけと追い立てましたが、そちらに着いたでしょうか」という歌である。
頭注に「大伴田村大嬢(たむらのおほいらつめ)が妹の坂上大嬢(さかのうへのおほいらつめ)に与えた歌」とある。田村大嬢は坂上大嬢の異母姉。
1506 故郷の奈良思の岡の霍公鳥言告げ遣りしいかに告げきや
(古郷之 奈良思乃岳能 霍公鳥 言告遣之 何如告寸八)
「奈良思(ならし)の岡」は未詳。「言(こと)告げ」は伝言のこと。前歌につづいて本歌を読むと、ホトトギスは思いを伝える鳥だったようだ。
「故郷の奈良思の岡のホトトギスに伝言を委ねたら、そちらに飛んでいったけれど何と告げたでしょうね」という歌である。
1506 故郷の奈良思の岡の霍公鳥言告げ遣りしいかに告げきや
(古郷之 奈良思乃岳能 霍公鳥 言告遣之 何如告寸八)
「奈良思(ならし)の岡」は未詳。「言(こと)告げ」は伝言のこと。前歌につづいて本歌を読むと、ホトトギスは思いを伝える鳥だったようだ。
「故郷の奈良思の岡のホトトギスに伝言を委ねたら、そちらに飛んでいったけれど何と告げたでしょうね」という歌である。
頭注に「大伴家持、橘の花をよじとって坂上大嬢に贈った歌と短歌」とある。
1507番 長歌
いかといかと ある我が宿に 百枝さし 生ふる橘 玉に貫く 五月を近み あえぬがに 花咲きにけり 朝に日に 出で見るごとに 息の緒に 我が思ふ妹に まそ鏡 清き月夜に ただ一目 見するまでには 散りこすな ゆめと言ひつつ ここだくも 我が守るものを うれたきや 醜霍公鳥 暁の うら悲しきに 追へど追へど なほし来鳴きて いたづらに 地に散らせば すべをなみ 攀ぢて手折りつ 見ませ我妹子
(伊加登伊可等 有吾屋前尓 百枝刺 於布流橘 玉尓貫 五月乎近美 安要奴我尓 花咲尓家里 朝尓食尓 出見毎 氣緒尓 吾念妹尓 銅鏡 清月夜尓 直一眼 令覩麻而尓波 落許須奈 由<米>登云管 幾許 吾守物乎 宇礼多伎也 志許霍公鳥 暁之 裏悲尓 雖追雖追 尚来鳴而 徒 地尓令散者 為便乎奈美 <攀>而手折都 見末世吾妹兒)
1507番 長歌
いかといかと ある我が宿に 百枝さし 生ふる橘 玉に貫く 五月を近み あえぬがに 花咲きにけり 朝に日に 出で見るごとに 息の緒に 我が思ふ妹に まそ鏡 清き月夜に ただ一目 見するまでには 散りこすな ゆめと言ひつつ ここだくも 我が守るものを うれたきや 醜霍公鳥 暁の うら悲しきに 追へど追へど なほし来鳴きて いたづらに 地に散らせば すべをなみ 攀ぢて手折りつ 見ませ我妹子
(伊加登伊可等 有吾屋前尓 百枝刺 於布流橘 玉尓貫 五月乎近美 安要奴我尓 花咲尓家里 朝尓食尓 出見毎 氣緒尓 吾念妹尓 銅鏡 清月夜尓 直一眼 令覩麻而尓波 落許須奈 由<米>登云管 幾許 吾守物乎 宇礼多伎也 志許霍公鳥 暁之 裏悲尓 雖追雖追 尚来鳴而 徒 地尓令散者 為便乎奈美 <攀>而手折都 見末世吾妹兒)
長歌は用語の解説を最小限にとどめる。「いかといかと」は「如何と如何と」という意味。「あえぬがに」は「堪えられなくなり」という、「息の緒に」及び「ここだくも」は「懸命に」という意味である。「まそ鏡」は枕詞。「うれたきや」は「いまいましいことに」という意味である。
(口語訳)
どんな具合か、どんな具合かと我が家の庭に立つ橘が、枝をいっぱい伸ばして成長する。その実を貫く五月が近くなり、堪えられなくなって、とうとう花を咲かせました。毎朝、毎日庭に出て見ていると、懸命に思いを寄せるあなたに、清らかな月夜に一目なりと見せたいからと、散るなよと夢に願い、懸命に見守ってきた。が、いまいましいことに、ホトトギスが暁どきにやってきて、悲しいことに、追っても追ってもやって来て鳴き、いたずらに花を散らせてしまいます。どうしようもないので、木の枝をよじ取り、あなたに見せようと贈ります。
どんな具合か、どんな具合かと我が家の庭に立つ橘が、枝をいっぱい伸ばして成長する。その実を貫く五月が近くなり、堪えられなくなって、とうとう花を咲かせました。毎朝、毎日庭に出て見ていると、懸命に思いを寄せるあなたに、清らかな月夜に一目なりと見せたいからと、散るなよと夢に願い、懸命に見守ってきた。が、いまいましいことに、ホトトギスが暁どきにやってきて、悲しいことに、追っても追ってもやって来て鳴き、いたずらに花を散らせてしまいます。どうしようもないので、木の枝をよじ取り、あなたに見せようと贈ります。
反 歌
1508 望ぐたち清き月夜に我妹子に見せむと思ひしやどの橘
(望降 清月夜尓 吾妹兒尓 令覩常念之 屋前之橘)
「望(もち)ぐたち」は「十五夜が過ぎた月夜、すなわち十六夜(いざよひ)のこと」である。
「十六夜の清らかな月夜にあなたにぜひ見て欲しいと思って手折った我が家の庭の橘です」という歌である。
1508 望ぐたち清き月夜に我妹子に見せむと思ひしやどの橘
(望降 清月夜尓 吾妹兒尓 令覩常念之 屋前之橘)
「望(もち)ぐたち」は「十五夜が過ぎた月夜、すなわち十六夜(いざよひ)のこと」である。
「十六夜の清らかな月夜にあなたにぜひ見て欲しいと思って手折った我が家の庭の橘です」という歌である。
1509 妹が見て後も鳴かなむ霍公鳥花橘を地に散らしつ
(妹之見而 後毛将鳴 霍公鳥 花橘乎 地尓落津)
前歌からお分かりのように彼女の方は、まだ実物の橘の花を見ていない。それを踏まえて本歌を読めば歌意は明快。
「見せたいあなたが見てからならいいが、もう今ホトトギスがやってきて鳴いている。橘の花を散らしている。残念」という歌である。
(妹之見而 後毛将鳴 霍公鳥 花橘乎 地尓落津)
前歌からお分かりのように彼女の方は、まだ実物の橘の花を見ていない。それを踏まえて本歌を読めば歌意は明快。
「見せたいあなたが見てからならいいが、もう今ホトトギスがやってきて鳴いている。橘の花を散らしている。残念」という歌である。
頭注に「大伴家持が紀女郎(きのいらつめ)に贈った歌」とある。紀女郎は1452番歌の頭注に「名を小鹿というなり」とある。
1510 なでしこは咲きて散りぬと人は言へど我が標めし野の花にあらめやも
(瞿麥者 咲而落去常 人者雖言 吾標之野乃 花尓有目八方)
本歌は相聞歌には相違ないが、かなりきつい歌である。キーワードは「我が標(し)めし野の花」にある。「標めし」は縄を張って囲い込むことで、「私のものとした女」のことだと即座に分かる。が、ここまではっきりした歌を当の女性紀女郎に送りつけるのであるから、手にいれられなかった相手への恨み節と言わざるを得ない。
「なでしこの花は咲いて散ったともっぱらの噂だが、縄を張って私のものとしたあの野に咲くなでしこの花のことではないでしょうね」という歌である。
以上で夏の相聞歌は終了である。秋の雜歌は次歌から始まる。
(2014年9月3日記、2018年6月8日記)
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1510 なでしこは咲きて散りぬと人は言へど我が標めし野の花にあらめやも
(瞿麥者 咲而落去常 人者雖言 吾標之野乃 花尓有目八方)
本歌は相聞歌には相違ないが、かなりきつい歌である。キーワードは「我が標(し)めし野の花」にある。「標めし」は縄を張って囲い込むことで、「私のものとした女」のことだと即座に分かる。が、ここまではっきりした歌を当の女性紀女郎に送りつけるのであるから、手にいれられなかった相手への恨み節と言わざるを得ない。
「なでしこの花は咲いて散ったともっぱらの噂だが、縄を張って私のものとしたあの野に咲くなでしこの花のことではないでしょうね」という歌である。
以上で夏の相聞歌は終了である。秋の雜歌は次歌から始まる。
(2014年9月3日記、2018年6月8日記)