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愛知県青年会館が閉館になって、英会話クラブNIFS(名古屋国際友好協会)の閉鎖の危機が迫っていることを知って、一週間が過ぎた。その際、私は次のような歌を掲げた。
人と人意を通じ合う集まりのNIFSがありて私の半生 (桐山芳夫)
私が再入会した頃のNIFSは会のピ-クだった。四十代、五十代の男性が中心で、女性会員も多く、三十代前後の女性が随分多かった。私のような六十代を越す老齢者も多く、全体として、様々な年齢層で構成されていた。ピーク時会員数はおそらく150人には達していた。3年前にNIFSは50周年記念式典を行ったが、その出席者だけで131人を数えていた。加えて、フランス人、英国人、米国人等々様々な外国人の参加が折に触れてあり、実にバラエチィに富んでいた。
私が特に印象に残ったのは、会員数の多さや外国人の参加があったこともさりながら、その徹底した平等性だった。一言でいえば、老若男女、何の遠慮もなく、一人一人が全く対等という集まりという点だった。
英会話という性格上、知らない人同士であっても、直接顔を見ながら話す、その分け隔てのなさが鍵になる。初めて会った人に誘われて、数人ないし五六人で飲みに行き、時の経つのも忘れて色々話し合ったことは数知れない。そうして、別れた後も、私がよたよた歩きなのをおもんばかってなのか、わざわざバス停まで同行してくれた人もいる。全く利害関係のない人々だからこそ通い合う心があった。
私が、「人と人意を通じ合う~」と詠った歌意は、まさに、このようなNIFSに集まってきた人々の雰囲気を伝えている。むろん、外国人の人とも飲みに行ったことがある。こんなNIFSの集まりだったからこそ、私はその集まりに参加し続けてきたのである。これがNIFSに対する忘れられない第一の印象である。
どの顔もどの国人も忘れ得ぬ記憶となりて我に残れり (桐山芳夫)
(2018年9月3日)
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愛知県青年会館が閉館になって、英会話クラブNIFS(名古屋国際友好協会)の閉鎖の危機が迫っていることを知って、一週間が過ぎた。その際、私は次のような歌を掲げた。
人と人意を通じ合う集まりのNIFSがありて私の半生 (桐山芳夫)
私が再入会した頃のNIFSは会のピ-クだった。四十代、五十代の男性が中心で、女性会員も多く、三十代前後の女性が随分多かった。私のような六十代を越す老齢者も多く、全体として、様々な年齢層で構成されていた。ピーク時会員数はおそらく150人には達していた。3年前にNIFSは50周年記念式典を行ったが、その出席者だけで131人を数えていた。加えて、フランス人、英国人、米国人等々様々な外国人の参加が折に触れてあり、実にバラエチィに富んでいた。
私が特に印象に残ったのは、会員数の多さや外国人の参加があったこともさりながら、その徹底した平等性だった。一言でいえば、老若男女、何の遠慮もなく、一人一人が全く対等という集まりという点だった。
英会話という性格上、知らない人同士であっても、直接顔を見ながら話す、その分け隔てのなさが鍵になる。初めて会った人に誘われて、数人ないし五六人で飲みに行き、時の経つのも忘れて色々話し合ったことは数知れない。そうして、別れた後も、私がよたよた歩きなのをおもんばかってなのか、わざわざバス停まで同行してくれた人もいる。全く利害関係のない人々だからこそ通い合う心があった。
私が、「人と人意を通じ合う~」と詠った歌意は、まさに、このようなNIFSに集まってきた人々の雰囲気を伝えている。むろん、外国人の人とも飲みに行ったことがある。こんなNIFSの集まりだったからこそ、私はその集まりに参加し続けてきたのである。これがNIFSに対する忘れられない第一の印象である。
どの顔もどの国人も忘れ得ぬ記憶となりて我に残れり (桐山芳夫)
(2018年9月3日)